第27話インターホンの音、風鈴の音

 異界が開く、今日中に。私の中に生まれた(突然現れた)硝子細工の扉も今は静かに息を潜めているが、私の心臓の鼓動に応じ扉の内側から世界の呼吸が無音で「スーハー」としているように感じた。

 私は念のため一度家に帰り、化粧台にある魔法のルージュをポーチの中に入れた。

 再び外に出ると薫風とのデートに遅れないように早歩きで進んでいく。

 待ち合わせは薫風の家でだ。もう何度かそこには訪れているが、私はその小狭い瀟洒な家が割りと好きになっていた。

 夏の朝色に染まったその家に着くとインターホンを鳴らす。

 ピンポーンと軽い電子音で出来たその音は子供の頃よく耳にした風鈴の音のように懐かしかった。

「はい、順子さん。今出ます」薫風がインターホンから声を出し答えた。

 私は軽く深呼吸をすると一度目を閉じそれから少しだけ目を大きく開きまた軽く息を吐いた。

 薫風が出てきた。今日は肩が見え、色彩が薄く見える桜色のワンピースに縦に群青色の海の細波の模様が入った服を着ていた(波しぶきはワンピースの裾で描かれていた)。帽子はかぶっておらず可愛らしい未だ少女である耳が見えた。

「おはようございます。順子さん」

「おはよう」私はそう朝の始めの挨拶を返した。

「じゃあ、どこに行きます?実は場所決めてないんです。ごめんなさい」と薫風は言い両手のひらを合わせると目をぎゅっと閉じた。

「そう固くならなくても良いのよ。始めてのデートなんだし」

「そうですよね、デートですよね」薫風は手を後ろにすると右手の人差指を左手で軽く握りデレデレとした表情でそう言う。

「歩いて駅まで行きましょうか。その後ショッピングでも映画でも、あなたの好きなレストランでも付き合うわ」

「そうですね、そうしましょう。私、順子さんと一緒にいられるだけで楽しいです」その薫風の発言はとても真っ直ぐで、高速道路を走るオープンカーでかかっているキラーチューンのサビのように透明に夏の朝の水色の空に溶け込んだ。

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