第34話ラベンダーの香水
「ここから一番近いコンビニに到着するまではどのくらいかかるの?」前を進む薫風に私はそう尋ねる。
「大体五~六分ですね」十メートル先の道を通勤中らしき女性が歩いていた。服装は肌色の上下であった。「この世界の人達もやっぱり普通の人なんですね」薫風がその後姿を見ながらそう言う。
そんな会話をしながら歩いていると前からこちらにまた別の女性が歩いてきた。
薫風が立ち止まる。
「どうしたの?」
「順子さん、あの女の人・・・」
その女性は上が黄色のノースリーブの服を着て、スカートが黒色のまるで毒蜂のようなシャープなファッションだった。
スムースな歩き方でするすると歩いてくるがよく見ると体の関節部が球体で出来ていた。それらはよく目を凝らさないと気づかないが確かに球体になっていた。
ふと、その女性はポケットからハンカチを取り出しおでこにパタパタと押し付けた。汗を拭っているようだ。音もなく球体な関節部が動く。
人形なのか人間なのか、不気味さはなかったがそれは活動していた。
さらにその女性が私たちに近づき、通り越していった。
通り過ぎる時、微かにラベンダーの香水の香りがした。
私達は立ち止まったままお互いしばらく、無言だった。
先に口を開いたのは薫風だった。
「今の人、関節の辺りが球体でしたね。首も肩も肘も手首も...」
「球体関節人形がこの世界には呼吸をして生きている。きっと神崎稔の意識が出てきているのだわ」
「この町は元の町の影、お互いを行き来する通り道を壊さないといけないんですよね?」
「そう、その、通り道は私と神崎稔の中にある」
「神崎さんの中にあるのは分かるんですが、なぜ順子さんの中にもあるんですか?」
「分からないわ」私の心の中に開かれた硝子細工の扉は今でも開いたままである。
「不思議です」
「さあ、コンビニに行くわよ」
「はい、もうそろそろ着きますよ」
初めに会った女性と人形のような女性は互いに薄着だった。人形のような女性は汗が出ていた。今は暖かい時期なのだろう。しかしなぜ葡萄の皮の色をした雪が降っていたのだろう。今は夏なのだろうか、それとも冬なのか。
そのとき、私は自分の口紅の色を思い浮かべた。
私の意識もこの世界に息づいているのだと漸く気付いた。
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