硝子とルージュ

眠る乃符時個

第一章 かたわら路傍の活ける花

第1話息継ぎ

 屋上にはごうごうと風が強く吹き付けていた。風に舞う私の髪がバサバサと揺れる。日陰から日向に移り歩くと半袖の手の甲に陽が落ち暖かく握りしめた。

 前へ前へ歩いていくとやがて陽は全身に眩しげに当たり漸く人心地がつく。

 ビルの屋上にいる私は涙の中心にいる幽霊、或いは魂のようだ。私はその塊を吐き出すようにため息をつく。

 くちびるがやけに乾く、紙パックのカフェオレをコンビニの袋から出し、ストローを差し込み、口に加える。それをちゅーちゅー吸い込み、若干口に含み、唇を舌で舐めると口紅の香りがした。口紅は薔薇の匂いがしていた。

 しばらくカフェオレを吸い込んでいると空には雲が流れてきた。曇っていく。

 どうやら一雨来そうだ。

 私は雨が来る前に昼食を摂ってしまおうと、またコンビニ袋から食べ物を出す。

 今日はカツサンドにした。カツサンドに包まれてあるビニールを剥ぎ取り口に運ぶ。パンはパサパサにしているが肉はジューシーで中々美味しい。はむはむと無性に食べていく。満たしていく空腹、空に雲が満ちていく。私がカツサンドを食べ終わる前にやがて空は灰色がかった雲で満ち、今にも雨が降りそうな状態になった。

 私は外気に寒気を感じ屋内へと戻ることにした。屋上から室内へと続く金属のドアノブに手を触れると、途端に雨が降り始めた。

 私は中へと入っていった。

 室内は黄色がかった白の、ベージュの肌着のような色調で、落ち着きのある蛍光灯の光が煌々と照らしていた。

 階段を下りていく内に目が光に落ち着く。私は手洗いに向かうことにした。右手にコンビニの袋をつる下げてカクカクとした動きで階段を下りていく。

 雨の音が強くしだした。その時スーツの上着を脱いである白いシャツの男がちょうど屋上の一つ下の階にいて丸めたポスターとダンボールを抱え通りかかった。

「雨が降ってきたようですね。俺、傘持ってきてないや」その男はそう言った。

「ええ、屋上にさっきまでいたのだけど、急に曇ってきて雨が降ってきちゃって。嫌になっちゃうわね」私はそう言うとまた階段を下りた。

しかし私はふと、男の名前を知らないことを思い男に名前を聞いてみることにした。

「あなた、名前は?」

「神崎稔です。あなたの名前は?」彼は答え、尋ねる。

「私は順子」私はハッキリとした声でそう言った。廊下の壁に声が反響するのが分かった。少しだけ、ほんの少しだけ声を大きく出し過ぎたのだ。

「順子さんですか、よろしくお願いします」彼はそう言って会釈すると廊下の奥へと歩いていった。

 私はそれをポツリと一人、見上げると胸元に落ちてきて染み渡る雨粒のように見送るとまた階段を下り始めた。

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