第18話 アンナのカミングアウト

 ドラゴンに睡眠はあまり必要ない。前に言ったかもしれないが、数百が数千年のサイクルだ。1度寝ると今度は数百年寝る。寝ているドラゴンは起こさない方がいい。凄まじく寝起きが悪いので、容赦ない攻撃をされることになる。

 それはさておき、アンナは決まって部屋を出る。そして、なにかコソコソ話のようなものが聞こえるのだ。トイレかとも思ったのだが、それにしては様子が変だ。

 ある程度「呪い」が解けた今、私の聴力も上がっている。


『はい、分かっていますが……一応、一部解除されました。もう戻って……えっ? ダメ? そんなぁ。あんな強固な呪い無理です!! えっ……はい。任務を続行します』


 しばらくして、アンナが戻ってきた。

「待て。誰と話していたんだ?」

「ひゃい!?」

 私の一言に、分かりやすく反応したアンナ。

「私の聴力もよくなってな。なにか聞こえてしまったのだ。別に言えないのなら構わん。誰にも秘め事はある」

 大した事のような気もするが、私はあえてそう言った。無理に押しても固くなるだけだ。引くのが肝要なのである。

「ううう、また失敗しちゃった……」

 頭を抱えながら、アンナがつぶやく。

「何の失敗なのだ? 私は不思議な事を聞いただけだが……」

 私は穏やかに聞いた。こんなアンナを見るのは初めてだ。

「い、いえ、あまり深いことは言えないのですが、王女というのは嘘です。この世の生き物ですらありません。アルテミスは『天界』を信じますか?」

 なにかの勧誘か?

「悪い事は言わぬ。いったん迷宮の外に出て毒気を抜いてこい。だから、長居するなと……」

「ああ、やっぱり信じてもらえなかったぁ!!」

 いつものアンナはどこへいったのか、完全に性格が崩壊した彼女がわめく」

「その話し方で信じろという方が無理だろう。変な勧誘だぞ?」

 実はこの迷宮にもたまに妙な勧誘が来る。ドラゴン相手にだぞ? 商魂たくましいというか何というか。

「よし、仮に『天界』とやらを信じよう。お前は何者なのだ?」

 話しが進まないので、私はそう言った。欠片も信じていないが。

「ひゃい、そこで女神やってます。これ、名刺なんですけど……」


『天界管理省 希少生物保護部 第1保護課 補欠


 その辺の石に付いたコケの神 アン』


 ……どうしろと?

「アルテミスに近づいたのは、実は任務なんです。人間界で虐待されている希少生物を保護するのが仕事でして……。上司からバレないようにって、すっごく言われていたのに……」

 床に手を付き、思い切りヘコむアンナ。

「コケの神ってなんだ? そんなものにまで神がいるとは思えないが……」

 さすがに無理がある。まあ、アンナが王女というよりは分かるが……。

「どんな物にも神がいるんです!! 私だって、頑張れば!!」

 部屋中がコケで満ちあふれた。ほぅ、地味だが奇っ怪な力を待っている事は分かった。

「分かった、仮に神だと信じよう。任務というのは私の保護。間違いないか?」

 私はため息をついた。

「はい、そうなんですが……。バレちゃったので、外されるかも……」

 アンナはオロオロしている。なるほど、これが本性か。

「なぜバレてはいけないのだ。むしろ、正体を明かした方がやりやすいと思うが……」

 抹殺するわけではなし、その逆なのだから、最初から正体を明かした方がやりやすいはずだが……。

「天界の規則なんです。人間界にその存在を見せてはならないっていう項目がありまして……」

 ほぅ、それは面倒だな。

「気づいていないようだから言うが、お前は自爆したんだぞ。私は「誰と話していたのか」を聞いただけだ。あとは自分でベラベラと……。いくらでも誤魔化しようはあっただろうに。だから『補欠』なのだ」

「はぐぉ!?」

 アンナは弓で射られたように体を仰け反らせ、そのまま背中から倒れる。ゴツッという音が聞こえた。大丈夫か?

「さて、ちょうど良く倒れたところで1つ試験だ。本当に神なら、この程度どうということはないだろう……」

 私は床でピクピクしているアンナに向かって、最大出力でブレスを放った。

「も、もう、何するんですか!?」

 私の隣に宙に浮く女性が現れた。見たことのない服装で、目には涙が浮かんでいる。人間の歳なら20前後だろうか。

「……信じるしかないようだな」

 私はまたため息をついた。ほら、ロクでもない奴だった。

「擬態用の体なくなっちゃいましたよ。なんで、いきなりブレスなんですか!!」

「いやなに、神ならあのくらい平気だろうと思ってな。まずかったか?」

 私はアンナに聞いた。

「擬態用の体がないので、私ずっとこのままですよ? 絶対みんなビビりますよ??」

「誰が補欠などにビビるか。神ならこんな「呪い」くらい簡単に解けるだろう。補欠」

 この際だから、少し弄ってみよう。まあ、退屈しのぎだ。

「補欠、補欠、って……。泣きますよ?」

 すでに半泣きでアンナが言った。本名? はアンのようだが、今まで呼んできた方が馴染みがある。

「何度でも言ってやるぞ補欠。せめて、ここに来るなら一人前になれ。『呪い』を解けないから往生しているのであろう。これだから補欠は……あっ、泣いた」

「ヒック、本当は上司が来る予定だったのに……ヒック。別件で忙しいとか……ヒック」

 神の世界も大変だな。

「思うに、お前に実戦経験を積ませたかったのではないか? その体たらくでは、いつまでも補欠だからな」

 しかしまあ、驚いたの事実だ。どんなヘボでも神は神。コケを生やすだけではないはずだ。

「また補欠って……。いいです、お仕置きです!!」

 いきなり強烈な電撃が体を駆け抜けたが、ほぼ本来の力を取り戻して今は、ちょっとピリッときた程度だ。主従逆転というやつか。

「えええ、効かなくなってる!?」

 切り札であるはずの使い魔契約は生きているが、それがもたらす「お仕置き」用の電撃は蚊に刺されたようなものだ。もっとも、私の鱗を通して血管まで突き通す蚊がいるか知らんが……。

「悪いな。これでもドラゴンでな。それで、これからどうするのだ。正体が分かってしまった以上、ここにはいられないと思うが?」

「それが、上司と掛け合ったのですが、最終的に開放されるまではここにいろと……。私の手には余る『呪い』なので、正直天界に帰りたいです!!」

 一応戦った事は認める。まあ、専門家まで呼んだのだから、良くやった方だと思う。帰りたいなら帰ればいい。

「別に引き留めないぞ。帰りたい者に無理に居ろとは言わぬ」

「うっ、欠片でもいいので引き留めて欲しかったです……」

 この補欠はどちらなのだ。全く……。

「分かった、好きなようにしていろ。無茶しない程度にな」

 私はため息をついた。とんだポンコツが来たもんだ。

「ポンコツって……」

 そういえば、心が読めるのだったのだな。このドでカボチャ、オタンコナスの脳足りん、お前のかーちゃん出べそ!!

「ち、陳腐過ぎて逆に泣けます!!」

 アンナは思い切りヘコんだ。狙いは当たったようだ。

「それにしても、お前は『神』モードになってから、急に弱体化していないか?」

 私に言い負かされて素庫邦題弄られたり、やたらと泣くはヘコむは……以前のアンナなら考えられない。

「えっ、そんな事ないですよ。むしろ、セーブしていた『力』が使えるのでやりやすいくらいです!!」

「『コケの神』の力か……。まあ、期待しないでおこう」

「酷い……これでも神です。それなりの力は使えるんです!!」


 やれれやれ……。

 この時は馬鹿にしていた。アンナの『真の力』を。


 その日の戦闘は、私の方がかなり押されていた。きっちりアンナには姿を消すよういってある。私の隠し球だ。

「なかなかやるな」

 私はパーティー一同に敬意を込めて言った。まるでこちらの動きを呼んだかの動きで、魔力が込められた武器で攻撃してくる。魔法攻撃もなかなかだ。

「こっちも、さすがは『魔竜』と言わせておう。俺たちがここまで苦労したのは。お前が初めてだ!!」

 振られた剣が、装甲板のような鱗を穿つ。これはいよいよ……。

「アンナ、出番だ!!」

 このままでは勝てない。そう見込んだ私は、苦し紛れにアンナを呼んだ。待ってましたとばかりに姿を見せ、剣を抜いたアンナが早速斬り合いを始める。なんと、アンナでいた時より数段強い。

「アンナ、無理するな!!」

 しかし、これで戦いやすくなった。アンナの登場で相手の陣形が大きく乱れた。それはそうだ。いきなりこんな者が出現したのだから。

「な、なんだ!?」

「お、おい、宙に浮いてなかったか?」

 まあ、こんな感じで私に対する攻撃がほとんど止み、新規参入したアンナに攻撃が集中し始めた。先に邪魔者を排除しようという所だろう。お陰で、ブレスを吐く時間が出来た。

「面倒なので一気に行きます。神罰・裁きの雷!!」

 そんなアンナの声が聞こえ、迷宮の奥深くだというのに強烈な雷の嵐が吹き荒れた。

 熟練冒険者たちの悲鳴が聞こえ、そして、静かになった……。凄いな。

「これが神の力の一端です。少しはやるでしょ?」

 アンナは小さく笑ってみせた。

「あまり無茶するな。これで、補欠なのか?」

 正直に言おう。ビビった。

「私の上司なら、死体も残さず消滅しています。神としては、私の力は鼻くそみたいなものです」

 自嘲気味に笑うアンナだったが……まあ、いい。あとは「本来の自分」に任せよう。


「いきなりバトンを渡されてもな。どう対処したものか……」

 アンナが凄いのは分かった。怒らせるのはやめておこう。

「フフフ、アルテミスがビビるなんて。これで、万年補欠なコケの神も捨てたものじゃないって分かりました?」

 満面の笑みを浮かべるアンナに、私はうなづくしかなかった。

「ちなみにだが、まだ魔法とか召還術は使えるのか?」

 これだけの力だ。必要なかろう。

「はい、手加減用に使えますよ。今回はデモンストレーション的に『力』を使いましたが……この程度なら、バハムートくらいでちょうど良かったかな……」

 バハムートを手加減扱いか……。シャレにならないな。

「というわけで、私が神だと信じて頂けました? コケを生やすだけが能じゃないんですよ?」

「ああ、信じるしかなさそうだな……」


 こうして、私は神を従えるある意味最強のドラゴンとなったのであった。


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