第2話 神竜
「さて、こんなものか……」
他にやる事もないので、ぞんざいに積まれた財宝の整理をしていた。お金、美術品、工芸品、各種希少金属で作られた彫像……本当に色々とある。その中には、貴重な薬草の種もあったが、こんな石作りの床では撒く場所も……あっ。
うっかり手を動かしてしまい、盛大に薬草の種をぶちまけてしまった。すると、どうだろう。石なのにしっかりと根を張り、みるみる緑の絨毯が広がった。
「ほう、これは凄いな。成長も早いようだし、1つ育ててみるか……」
全く暇な人……ドラゴンで申し訳なくすら思うが、ここから出る事すら叶わないのだ。このくらいの楽しみがあってもいいだろう。
「さて、一通り終わったところで……「客」か」
部屋の入り口を振り向くと、底には妖しく輝く剣を携えた少女が立っていた。ドラゴンスレイヤー。ドラゴンを倒すためだけに打たれた、特殊な魔力剣だ。連れはいないらしい。
「逃げろ、もう自我が……」
「この迷宮に単身乗り込み、ここまで辿り付くとは大したものだな」
私は少女に静かに声を掛けた。
「嗜む程度に鍛えているので。それより、あなたにはいい加減死んでもらいます!!」
少女はドラゴンスレイヤーを構えた。型は様になっているが、バランスが悪い。剣が長すぎる。これでは、まともに振れないだろう。
そして、戦いは始まった。やはり、太刀筋が甘い。簡単に避けられる。武器が良ければいいというものではない。
「どうした? その剣は私を一太刀で倒すためのものだぞ!!」
さて、行きますか……。巨体のドラゴンだが、その俊敏性を甘く見てはいけない。
素早く跳ね回る少女を右手で叩き、床に落ちたところで思い切り踏みつける!!
「くっ……あっ……」
私としたことが、少し狙いがずれた。即死とはいかなかった。
「苦しませるのは流儀に反する。今すぐとどめを……」
「し、神竜……バハムート!!」
瀕死の体で少女はとんでもない事をやってくれた。まさか、召喚魔法とは……。
彼女が召喚したのは、よりによって神とまで言われる最強のドラゴンだ。これはまた面倒な事に……。
部屋を覆うように描かれた召喚円の真ん中からプラチナ色の体を持つ、巨大なドラゴンが現れた。
「くっ、これは……」
ドラゴン対ドラゴン。しかも、相手は神とまでされる存在だ。そこにいるだけで、全ての者を畏怖させる。
バハムートの口がゆっくり開かれ、いきなり青白い光が放たれる。容赦なく全てのものを蒸発させる最強のブレス。バハムートが持つ最大の攻撃だ。私はそれを何とか避けた。背後で数千年も壊れなかった石壁に穴が空いた。バハムートのブレスは、こんなものではない。この迷宮ごと吹き飛ばすくらい朝飯前。完全に手加減されている。1割の力も出していないだろう。
お返しに最大級のブレスを吐いたが、全く効き目はなかった。当たり前だ。あんなものを相手に勝てるわけがない!!
再びブレスを吐かれる前に、私は一気に間合いを詰めて接近戦に持ち込んだ。しかし、勝ち目があるわけない。今回ばかりは、私も死を覚悟しなければならないだろう。
単純な殴り合いでも膂力が違いすぎる。しかし、吹っ飛ばされるわけにはいかない。それこそブレスで1発だ。
叶わぬ最後の願いに、最高にノリのいい格好いい音楽を……。せめて、それに乗せて死なせて欲しい。かび臭く湿っぽいのはここの空気だけでいい。
こちらの攻撃は全く効いている様子はなく、逆に相手の攻撃は強烈な衝撃を内臓に送ってくる。私の攻撃は鱗1枚剥がす事さえ出来ない。ダメだ、全然相手にならない。分かってはいたが……。しかし、やめるわけにはいかない。やらなければやられるだけだ。
バハムートはそろそろ決めたかったのだろう。こちらの隙を突いて、強烈な一撃を叩き込んできた。耐えきれず、私は派手に吹っ飛ぶ。バハムートの口が青光りしながら開いた。だめか……。最初から全く格が違うのだ。
本気で諦めかけたとき、ちょうど床に叩き付けられた場所から手の届くところに、少女のドラゴンスレイヤーが転がっているのが見えた。
……やるか?
私は素早く身を起こし、ドラゴンスレイヤーを構えた。なんと滑稽な光景だろう。ドラゴンがドラゴン殺しの剣を持ち、ドラゴンに対峙している。笑い話にもならない。
そこにやってきた青白いブレスを渾身の力を振り絞って避けると、ドラゴンスレイヤーを手にバハムートめがけて突撃した。これ以上はもう動けない。最後の攻撃だ。
その切っ先がバハムートの硬すぎる竜鱗すら切り裂き、刀身が深々とその体内にめり込んだ。……今さらながら、凄い剣だな。
しかし、大したダメージではなかったらしい。バハムートの素早い尻尾の一振りで、私はまた吹き飛ばされた。もうダメだ……切り札は全て切った。大人しく死を待とう……というか、もうさすがに動けない……。
来るべきその時を待っていたが、何も起きない。ふと見ると、いきなりバハムートが消滅していた。跡には体に突き刺したままだった、あのドラゴンスレイヤーが転がっているだけ。
「ん?」
受けたダメージはかなりのものだったが、私は重たい足を引きずるようにしてドラゴンスレイヤーを拾うと、ピクリとも動かない少女に近づく。……絶命していた。召還契約は術者が生きている間だけ有効である。死ねば強制解除される……。
「……いい戦いだったぞ」
柄にもない言葉を少女に贈り、私は少女の体の上にドラゴンスレイヤーを置き、再び眠りについた……。
「うぐっ!? いたたた……」
私の意思が元に戻った時、いきなり全身を強烈な痛みが襲った。
「まったく……!?」
そこには、まだ年端もいかない少女の亡骸が1体あった。ま、まさか……。
他に死体はない。彼女1人で……なんていう無茶を。そのわりには、ダメージが大きい。壁に大穴が空いているし一体何が……。
……いや、うっすら記憶はある。忌まわしい記憶が。今回はかなり深く「もう1人の私」に侵食されたらしく、色々な事がかなり靄の中だ。
「私がやったわけじゃない……なんて言い訳は通用しないな。とりあえず、この少女を弔おう……」
私は少女をいつもより丁寧に焼いた。このところ麻痺していた神経が一瞬だけ戻る。少し泣いた。本当に少しだが。
そして、私は少女を焼く前に床に置いておいた剣を見る。ドラゴンスレイヤー……ドラゴン殺しの剣だ。これならば……。
私は剣を手に取り、切っ先を自分の喉元に突きつけた。もうたくさんだ。こんな事を続けるなんてごめんだ。私は剣を思いきり喉に突き刺した……はずなのだが。
「……死ぬことも許されないのか」
ドラゴンスレイヤーは私の手の中で粉々になった。当然、傷1つない。
「やはり、私はこの迷宮の守り人か……。まあ、人じゃなくてドラゴンだがな」
苦笑いするしかなかった。他に何が出来る。
こうして、私はまた孤独に戻った。迷宮の闇は深い……。
「生育が早いな。もう立派な薬草だ」
部屋の片隅に生えた薬草の生長が極めて早い。この部屋全体に満ちた魔力のせいだろうか……。
「ささやかな楽しみといったところか。他に何かないものか……」
私は整理したばかりの財宝をあさってみた。私から見たら、どれもガラクタだ。必要ないからな。
しかし、人間には重要なようだ。やって来る者は絶えない。主な狙いはこのガラクタで、私は邪魔だから退けようとするという感じだ。ただ、例外は存在するもので、私の命だけ狙いに来る者がいる。それが「勇者」という存在だ。
「リーゼ、早く魔法を!!」
「回復で手一杯。アルス、時間を稼いで!!」
それは4人のパーティーだった。「勇者」を筆頭に、戦士、魔法使い、司祭。攻守ともにバランスは極めていい。
しかし、私の敵ではなかった。剣を振るって果敢に挑んでくる「勇者」だが、その武器では私を倒せない。通常の武器はドラゴンの鱗に傷すら与えられないのだ。それを知っているか知らないが……。
「くっ、何がドラゴンも倒せる魔力剣だ。欺された!!」
何があったかは預かり知らないが、確かに魔力剣ではあるが大したものではない。私の鱗1枚剥がす事すら出来ないだろう。残念だったな。
私は容赦なく最大のブレスを吐いた。ここまでする事はなかったのだが、これは私なりの敬意だ。
4人のうち3人が消し炭になったが、さすが勇者というだけあって、身のこなしがいい。1人生き残った。
「くっそ、みんなを!!」
狂ったように剣撃を繰り返してくるが、悲しいくらいに効き目はない。
「うぉぉぉ、フレア!!」
大爆発が私を包む。ほぅ、これは……。
世界に流れる5大精霊力を全て集めて大爆発を起こす、人間が使う魔法では最強といわれる攻撃魔法だ。このくらいの芸がなければ、「勇者」とは呼ばれないだろう。しかし……。
「……なぜだ、効いていない?」
部屋が再び平静を取り戻したとき、そこには間抜けな顔をした「勇者」と平然と立つ私が残された。
「魔力不足だ。残念だったな」
隙しかない「勇者」を、私は踏みつぶした。……そう、同じ魔法でも術者の魔力で威力や効果が全く異なる。そういう意味では、同じ魔法はこの世界に2つとない。
「さて、「変わる」頃合いだな。あとの処理は任せよう」
「私」は静かに目を閉じた……。
こうして、「魔竜」は「普通のドラゴン」へと変わっていったのだった。
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