第3話 珍客
毎度暇で申し訳ないが、私は薬草の生長具合を見ていた。この迷宮最奥部の部屋には、緑というものがない。私にとっては、そこにあるガラクタよりよほど宝だ。
「緑など、外にいた頃は飽きるほど見ていたのにな……」
私はそっとため息をついた……つもりが間違って危なくブレスを吐きそうになった。どうやら、疲れているようだ。
「まぁ、疲れもするか……」
なにしろ、ここから生きて出る事は望めない。呪いにより、生涯をここで終える事だけは確定しているのだ。人間というのは、全く魔物より悪魔的な事をする。
「うん?」
私は部屋の入り口を見た。多数の足音が接近中だが、その数はどんどん減っていく。そう、この迷宮には様々な罠や凶悪な魔物が放たれている。この部屋まで辿り付いただけでも自慢していいと思う。
そして、足音は消えた。言うまでもなく、目的は私かこのガラクタの山だったのだろうが、どうやら全滅したようだ。実は、私にはこの迷宮に起きた事が分かるという、いわば「管理者」の能力も付与されている。私をここに縛り付けた遠い昔の誰かは、この迷宮の全てを託したようだが、ならば破壊する能力も欲しかった。部屋から出てもいいようにして欲しかった。迷わず残らず叩き壊しているのに……。
「また侵入者……」
迷宮の入り口からまた誰かが入ってきた。今日は多い。
「5人か……。ああ、3人……1人……全滅」
まあ、大体はこんなものだ。浅い階層なら誰かが助けてくれるはず。価値がわからないが、金になるとかならないとかでな。
「ふぅ、やっぱり気が滅入るな。出る時は死体だと分かっていても、外に出たいものだな……」
これが私の本音だ。気を違えないのは、私がドラゴンだからだ。人間ならひとたまりもないだろう。自分で嫌な事はやるなって教わらなかったのだろうか……。
「さて『庭』の手入れでもするか……」
庭とは薬草の事だ。あまりに成長しすぎて、もはや草むらどころか小さな林にさえなりつつある。水も土もないのに……。
「これは凄いな。よく育ったものだ」
爪で薬草たちを剪定しながら、私はちょっとホッとする。ドラゴンがせっせとガーデニングしていると笑うなよ? これが唯一の楽しみなのだから。
全てを綺麗に整え終え、私は満足した。やはり、戦いは好きではない。武闘派の気持ちが全く理解出来ない。これは、私が女だからか? いや待て、暴れん坊の姐さんもたくさんいるな……。
「全く、暴れ者がいるからドラゴンは悪者に……」
愚痴っても詮ない事だがな。
「あのぉ、おくつろぎのところ申し訳ないですが、ちょっとよろしいでしょうか?」
「のわぁ!?」
声を掛けられそちらを振り向くと、ロングヘアを一束にしたまだ若い人間の女性が立っていた。あと3人。武装をしているところを見ると護衛なのだろうが、剣を抜いてはいない。
「ちょ、ちょ、早く逃げないと私はあなたに……!?」
とりあえず、ガラクタの山にダイブして、何とか逃げようとしてみたが、女性が力強く尻尾の先を掴んで放さない。
「大丈夫。あなたがマッタリしている間に調べたけど、この呪いはあなたに敵意を向けるか、このお宝の山に興味を持った存在に対してのみ発動するの。私はあなたを殺しに来たわけでもないし、このお宝にも興味はないわ。噂の『魔竜』に会うためにきただけよ」
優しく笑顔を浮かべながら、女性が尻尾の先にくっついている。私はとりあえず逃げるのはやめた。そして、再びガラクタを押しのけながら元に戻って座った。何者だろうか?
「あの薬草園、あなたが作ったの? 激レアばかりだしここから見えるだけで国が5つくらいは買えるわね」
女性は小さく笑った。
「あ、ああ、暇だったものでな」
なにか調子が狂う。こんな危険な場所に来て、私に会う? おかしな人間もいるものだ。
「あっ、ゴメン。私はアンナ。こっちの護衛たちは気にしないで。実はこの国の王女なんだけど、興味本位で何でも動いちゃうのよね」
明るく笑うアンナだが、王女とは確か国を治める人間の血筋だったな。それがどうしたといえばそうなのだが、地上はついにおかしくなったか?
「信じられないことする……。好奇心は猫をも殺すという諺を送っておこう」
こうして久々に「外」と繋がった事が、これほど嬉しい事とは思わなかった。ここに来る人間は戦いに来る連中ばかりだしな。状況が許せば、思い切り泣いているところだ。
「ふーん、なるほど……。ちょっと頭を床近くまで下げて!!」
なんだ? とりあえず言われるままにすると、いきなり私の巨大な頭に手を当てた。
「……これ生まれつきなんだけど、私は人でも何でも相手の心が読めるの。気味悪がられた事もあったけど、今は役に立ったかな。泣きなよ。受け止めるから……」
……変な事を言うな。泣けと言われて泣けるか!!
「フフフ、意地っ張りね。あなたの名は、そうねぇ……アルテミスかな。女の子だしね。名無しじゃ呼べないしさ」
アルテミス……。ついに私の名が……。
「ほら泣いた。よしよし、アルテミス。思い切り大洪水を起こしちゃえ!!」
この瞬間、無敗だった私の記録がついに破られた。剣でも魔法でもない「気持ち」という武器で……。
「あら、味なこと言うわね。褒められるとお姉さん嬉しくなるわ」
……心がまた読まれた。なんだか、こう、なんだか。
「さてと、仲良くなれたところで、ここに少し滞在するわ。王宮にいても暇だしね」
アンナの声に耳を疑った? 涙が一瞬にして引っ込む。馬鹿者!!
「早く地上に帰れ。ここは危険過ぎる場所だ。もし次に誰か来たら……!?」
こんな場所にいるメリットなど何もない。最悪な事に、次の『客』が凄まじい勢いで侵攻してきている。早く帰さなくては!!
「あっ、来てるんだ。大丈夫、あなたと一緒に戦えば、私も護衛も呪いに引っかからないから安全よ」
……なにを言ってる!?
「はいはい、だからその宝を狙ってくる連中を、片っ端からちゃっちゃっと倒せばいいんでしょ? あなたと一緒に」
「はぃ?」
コホン。変な声が出てしまった。何を考えているのだ!!
「得体の知れない状況になる。やめろ!!」
叫んでも効かない。護衛が長剣を抜きアンナが短剣を抜いた。私は……どうすればいい?
その間にも「お客様一行」は接近してくる。そして、ついに来た。
「ほぅ、これは……がっ!!」
現れた5人組の1人をアンナの護衛が素早く斬り捨てる。当たり前だが、迷宮の侵攻の早さからして、本来はかなりの強敵であるはずのお客様ご一行は、見事に総崩れになった。
「な、なんだお前らは!!」
「なんであいつの味方…ぐっ!?」
なぜか、「もう1人の自分」が出てこない。単純に頭が付いていかないのか、なにか別の要因なのか……。
考えながら、私は放たれたクロスボウの矢を避けた。瞬間、遅まきながら「もう1人の自分」が目を開けた。
……ほぅ、面白い人間もいるものだ。脅威と見なせない者には、私も攻撃できない。では、残りをいこうか。
残り3人。ちょうど纏まっている。
「離れろ!!」
アンナたちが瞬時に引き下がり、私は特大ブレスを見舞った。瞬時にして骨すら残さず焼き尽くす。私の出番で戦闘も呼べない戦闘は終わった。ふむ、これから面白くなりそうだ……。
「アンナ!!」
「元」に戻った私は、間髪入れず彼女の名を叫んだ。今回は侵食が浅いので記憶もはっきり残っている。あれほど大きなブレスだ。そばにいただけで火傷では済まない!!
「はーい、大丈夫よ。ああああ、やっぱり生で見るブレスは格別だわ。初めてだけど!!」
子供のように目を輝かせながら、私の背後にいたアンナが出てきた。護衛も無事。一様にため息をついている。
「というわけで、しばらくよろしくね。アルテミス!!」
片目を閉じるアンナに、私はなにも言えなかった。言えるはずもなかった。
こうして、とんでもない珍客が迷宮の闇に住み着いたのだった……。
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