第4話 造園
「私と話していて楽しいか? 全て過去というのもおこがましいくらい、極めて昔の事だぞ?」
この遺跡に繋がれる前、私はよく空を飛んだものだ。たまにうっかり人間の街に接近しすぎてしまい、ありったけの武器で迎撃されたものである。
何もかも懐かしい昔話をアンナに聞かせるのが、薬草の手入れと並ぶ私の日課となった。
「もちろん楽しい。これこそ、アルテミスに会いに来た甲斐があるってものよ。これが真のお宝なのに、みんな分かってないなぁ」
ちなみに、用意のいいことに、人数分の小さなテントが薬草園の近くに設置されていて、ここで人間ご一行は寝起きしている。
「お宝か……そんなにいいものではない。特に、この遺跡に繋がれてからはな……」
私はため息をついた。ドラゴンが吐くものはブレスだけではない、愚痴やため息も出る。たまにはな。
「ふーん……色々あったんだね。ああ、召還魔法か。それで……」
こら、勝手に心を読むな!!
「怒らない怒らない。誰だって口にしたくないことはあるでしょ?」
アンナが小さく笑う。
「だからといって、勝手に覗いていいものではないと思うが……まあ、いい。薬草たちの手入れをせねばな……」
私は腰を上げ、もはや林すら通り越えて、森にでもなろうかという薬草園に向かった。
「あっ、手伝う!!」
アンナの手を借りるまでもない。余分な枝葉をそっと間引くだけだ。いつだったか、知り合った人間に教わった植物の育て方の知識が役立つとはな。もうアイツは土の中か。
「あっ、違う違う、この子はこうして……」
……妙に手際がいいな。
「王宮で暇だったから土いじりしていたのよ。あなたもその巨体にしては器用だけど、これは私の勝ちね。あっ、高いところに手が届かないから、ちょっと頭を借りるよ」
アンナは器用に私の体を登り、頭の上に立つと「木」と呼べる程まで成長した薬草の手入れを始めた。私は作業しやすいように、頭の高さを微調整するだけだ。つくづく、よく分からない人間である。
「ふぅ、これは1日かかるね。今は……あっ、時計忘れちゃった。ここじゃ分からないよねぇ……」
常に闇に包まれた迷宮に昼も夜もない。時間経過は分からない。
それにしても、アンナの護衛は無口だ。いつも何も喋らない。疲れないのか心配である。
「ああ、それ。私が作った戦闘ゴーレム。自信作なんだ。下手な剣士より強いし便利よ」
また私の心を読んだか……。なるほど、それなら何の生気も感じないわけだ。ゴーレムというのは、言ってみれば魔法で作った人形だ。まあ、必ずしも人型とは限らないが、何か作業させるために魔法使いが好んで使う。ということは、アンナは魔法使いということになるわけだが……。
「正解。そこそこ腕利きの魔法使いなのよ、これでもね」
だから、勝手に……いい。諦めよう。
「そうそう、諦めが肝心。私の悪癖と好奇心に終わりはないよ」
……はぁ。困ったものだ。なにせ、ゴーレムのテントまで持ってくるくらいだし、もはや私の常識など通じない。何だろう、この敗北感は……。
「えっ、今さら気が付いたの? アルテミスは負けたの。この私に!!」
……なんて返せばいい。私の語彙で返せる言葉がない。えっと……このあんぽんたん!!
「アハハ、あんぽんたんなんて久々に聞いたわ。ドラゴンが言う言葉じゃないよ!!」
「言ってない」から「聞いてない」……屁理屈だな。かなり強引な。
「はいはい、素直に負けを認めなさい。なんで勝とうとするかなぁ」
……それがドラゴンの本性だ。負けず嫌いしかいないのがドラゴンだ。
「あっ、少し前進……そう、そこでストップ!!」
……結局、またこうして使われるのか。まあ、悪い気はしない。
それにしても、今日は静かである。久々に「お客様ご一行」も来ない。いつも来なければいいのに……。
「うーん、それは無理かな。一応、この迷宮は最高危険度に指定されているし、あんまりヘボは来ないと思うけど、迷宮があれば挑みたくなるのが人間の性だしね」
……分からんな。こんなところの何がいいのか。
「あなたの命を取って武勲を上げるか、そのお宝を狙っているか、そのどちらもか……まあ、ロクな連中じゃないわよ」
ちょっと怒り口調でアンナが言った。嫌いなんだろうな。きっと……。
「嫌いなんてものじゃないわよ。連中を片付ける時はね、何も感じないの。強盗と変わりないしね」
強盗とまで……。それにしても、やたらとはっちゃけた人間だ。もはや、変人と呼んでいいだろう。
「変人か。私にとっては褒め言葉よ。さて、頑張って作業続けましょう!!」
こうして平和な1日は過ぎていく。アンナが変な人間である事は分かっているが、まだ謎も多い。私に密かな楽しみが出来た。マッドな脳みそを持つ、アンナの「皮」を剥いていくという。
「ちょっと、皮なんて剥かれたら死んじゃうじゃないの!!」
……ああもう、違う!!
はぁ、疲れる。全く……。これは、完敗だな。
「ん?」
誰かが迷宮に入ってきた。それも……なんだ、この人数は。100以上だ。数が多ければいいというものではない。かえって身動きが……。
「ああ、私が迷宮に入る前に手配した行商人部隊よ。食料とか水とか……色々必要だから、定期的にここに来るよ」
テントで寝ていたはずのアンナが、目を擦りながら起きだしてきた。
「……おい、まさか住むつもりか!? いや、それ以前だ。商人などこの迷宮に入れば、イチコロでやられるぞ!!」
私がいなくても、この迷宮は超難解かつ危険な場所だ。危険な魔物も多い。これでは死ねと言っているようなものでは……。
「アルテミスぅ~、私が厳選した1番信用出来る行商人軍団を甘く見ないでね。人いる所に商人あり。そこらのヘボな「勇者」なんて目じゃないって!!」
アンナの言葉は本当だった。今まで見たどの冒険者や勇者のパーティーより、遙かに速い速度で迷宮を蹂躙していく。
「恐ろしいな。商人という職業は……」
この時、生まれて初めて私は背筋が寒くなった。
「商人ではなく旅をする行商人です。彼らを敵に回したら、3時間くらいでこの世から抹消されます」
なにか……黒い集団か?
「アハハ、ドラゴンが驚いていたっていったら、連中喜ぶと思うよ。そういう武勇伝が好きだからね」
……なにも言えない。もう、言う事はない。
100人以上の集団はあっという間に最難関であるはずの第9層をあっさり抜け、階段をドドドド……と下りてくる足音まで聞こえてきた。そして、部屋の入り口1歩手前でピタリと音がやんだ。ん? 入ってこないのか?
「ああ、ごめん。信頼はしているんだけど、やっぱり根が商人だからそのお宝にどうしても目移りしちゃうって言うんで、見えないところで1人づつ物資を渡してもらうことにしたの。これなら平気でしょ?」
なんという段取りの良さ。驚いてばかりだな……。
「というわけで、荷物運び手伝ってね。この部屋には私が入れるから、それを奥まで持っていって!!」
こうして、私の了承もなく、一方的な大輸送作戦は開始されたのだった。
アンナが1人分の荷物を受け取っては部屋に入れ、それを私がテント前まで運ぶ。手の空いた行商人は階段を上り9層で待機。そして、次の行商人の荷物をアンナが……それをひたすら繰り返す。
とうに時間の感覚などないが、かなり疲れたところを見ると、相当な時間が掛かっているはずだ。しかし、荷物は待ってくれない。つくづく、人間とは恐ろしい事をする生き物だ。
最後の荷物をテント前に降ろした時、私はその場に倒れ込んでしまった。うつ伏せではなく仰向けにだ。しかも、大の字だ。全く、こんな情けない姿あるか? これではドラゴンとしての威厳が……。
「せっせとガーデニングしているドラゴンに、威厳を求めている人はいないわよ。お疲れさま」
額の汗を拭いながら、アンナが私の腹に乗って笑う。
そ、それを言われると……。しかし、動けん。先だってのバハムート戦以来の……いや、体力面ではそれ以上の消耗だ。たかが荷運びと油断していた……不覚。
「あー、分かった。分かった。それで、その膨大な物資はどうするのだ」
全身の筋肉に活を入れ、私はゆっくり起き上がった。もちろん、腹のアンナを落とさないようにそっとな。
「まあ、最初から分かってはいたけど、ここで市場が開けそうね」
この空間は恐ろしく広い。場所に困る事はないが、こんなに何を持ち込んだんだ?
「ほとんどが食料と水よ。あとは着替えとかそんな感じかな。さすがにキングサイズのベッドは諦めた」
ケラケラと笑うアンナだったが、私は笑えなかった。ここは危険の最前線だぞ? おおよそ半年以上は住めそうな物資を持ち込んでいい場所ではない。
「……アルテミス。私もあなたと同じなんだ。あなたはこの迷宮、私は王宮。ただそれだけの違い。理由は言わないけど、ちょっと『鎖』が切れるまで場所を貸してね」
また心を読んだか。アンナがいきなりトーンを落とした声で、静かに言った。その目はどこか遠い物でも見るかのようだった。
『鎖』か。色々あるものだな。……いや、ちょっと待て!!
「つまり、私は単純に『家出姫』を匿っている事に……?」
シリアスになっている場合ではない。物事の本質はそこだ!!
「あれっ、シリアス攻撃は効かなかった? あはは、そういうこと。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
その言葉、使うタイミングと場所を間違えている!!
「あはは、固いこと言わない言わない!!」
いや、「言って」はいない。もう、好きなだけ私の心を読め!!
「アハハ、怒ってる。まあまあ、これしか特技のない女の子なので」
……嘘つけ!!
「嘘でーす。その時が来たら、色々見せてあげる」
……はぁ。
まあ、単独よりはいいか。いい暇つぶしになるしな。
「ハーイ、暇つぶしさんで~す!!」
……やかましい!!
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