第5話 拘束
「お前の話しによれば、今は滅多にドラゴンを見なくなったという事だが、私がまだ迷宮に繋がれる前は、空を覆い尽くすほど同胞がいてな。時たま誰が申し合わせたわけでもなく、特定の地点を決めて空のレースをやったものだ。こう見えても、飛ぶのは自信があるのだ」
私は両翼を開いてアンナに見せる。この空間は飛び上がれる程度の高さはあるが、飛び回る事が出来るほど広くはない。もう、この翼が風を切ることはないのは残念だ。
「乗せて!!」
アンナが目を輝かせて私に言った。
「ん?」
意味が分からず、私は聞き返した。
「飛び上がれるんでしょ? だったら私を乗せてって言ったの。死ぬまでに1度でいいから、ドラゴンに乗って飛びたかったんだよ~」
……余計な事を話してしまったか。
「その通り。聞いたからには離しませんぜ、姐さん!!」
コイツの好奇心は、本当に底抜けらしい。このところの付き合いで、言い出したら聞かない事は分かっている。私は出来るだけ身を低くした。
「気を付けろ。この高さでも落ちれば骨折くらいはあり得る」
私が注意するまでもなかった。アンナはスルスルと私の背に乗った。
「いいよ~」
はいはい……。
私は1度翼を空打ちすると、羽ばたきながらゆっくりと床を離れた。20メートルも上がれば限界だが、久々に飛び上がり気分が高揚してきた私は、ゆっくりと許される範囲で旋回してみせた。……なんだか、遊園地にある流行っていない遊具のようだな。
「ひょー、風になるー」
ご機嫌なアンナである。ふん、風になるというのはこういうことだ!!
私は旋回速度を少しだけ上げた。かなり危険なのは分かっているが、まだ許容範囲だ。
「とまあ、こんな感じだ。どうだ、私の背中は?」
これで満足しただろうか。してくれないと困るが……。
「うん、固いけど最高!! 今度クッション敷いていい?」
……1度では満足しないか。まあ、アンナらしいが。
「ん? ……残念ながら、遊興の時間は終わりだ。迷宮に侵入者。5名か」
このところ来なかった「お客さん」だ。もはや完全に森になった薬草園で採った薬草で、温かいハーブティーでも出してやりたいところだが、それは叶わぬ事だろう。侵入者の一団は早くも第1階層を抜けようとしている。手練れだ。私は急いで着地した。
「アンナ、無茶するな。相手は必ずここに来る。……強敵だ」
戦いは大嫌いだが、今の私には守るべき物が1つ増えてしまった。ガラクタや私の命などどうでもいいが、間借り人を守るのが大家の仕事だ。
「……命を大事に。確かにこんなお宝なんてガラクタだけど、あなたは1人しかいない」
そんな事をささやき、アンナは背中から下りて『護衛ゴーレム』の起動を開始した。
……フン、命などとっくにない。この遺跡に繋がれてからはな。
「あっ、そうだ。あなたの呪いが解けないか、こっそり研究しているんだ。これ結構なものよ。極悪過ぎて手に負えないかな。長い年月を経ても、完全に飲まれないあなたは凄いわ。自慢していいわよ」
アンナはそう言うが、飲まれてしまった方が楽なのだがな。何も思わなくて済む。
「そういうこと言わないの!!」
……
「3階層に入った。大休止もなく一気に攻める作戦か。また、無茶をするな……」
侵入者のパターンは大きく2つ。休息を挟んでじっくりジワジワ接近してくる場合と、一気に突撃してくる者。前者は突撃するだけの力がなく、途中で回復しながら進んでいるか学術研究的に入って来る場合。後者は、ずばり私かこのガラクタ狙いか……。いずれにせよ、戦闘となってしまうのは変わらないないが、突撃パターンはかなり腕が立つと相場が決まっている。
そして、その時が来た。静かに「もう1人の自分」が目を覚ます。
「お前か、噂の『魔竜』は……」
全部で5人。1人も欠けてはいない。長剣を持ち語りかけてきたのがリーダか。あとは魔法薬士、司祭、魔法使いが2人……防御と回復重視の手堅い布陣だ。
「ああ、そうだ。なかなか腕が立つな。では、始めようか……」
そして、戦いの幕が上がる。最初に動いたのは青年だった、魔法使いが2人で防御の結界を張り、青く輝く青年が長剣を振るってきた!!
通常の武器であれば、あっさり跳ね返す私の鱗が盛大に弾け飛ぶ。
「ほう、面白いオモチャを持っているな……」
欲をかかず、一太刀で間合いを空けた青年に私は静かに言った。
「ああ、コイツはアダマンタイト製。さすがに、ドラゴンスレイヤーほどの威力はないが、ドラゴン相手でもそこそこ楽しめると思うぜ……って、何だお前!?」
おいおい、そこで飛び込むかアンナよ。唐突に青年対アンナが開始された。護衛ゴーレムたちも、一斉に後衛陣に飛び込む。そして、現場は希に見る大混戦となった。私はというと……混乱しすぎて、何をどう手を付けたらいいか分からない。この私を困らせるとは、なかなかやりおる。そして、もう少しわびさびが欲しい……。
仕方ないので、私はガラクタの山の上で、ちょこんと座っているだけだ。目の前では私の心さえ動かす、かなり熱い戦いが繰り広げられている。で、主役は私なのでは?
ああ、暇なので説明しておこうか。アダマンタイトというのは特殊な金属で、それで打たれた武器はドラゴンの骨さえ砕き、盾を仕立ててればほぼ最強の防御力を持つという、かなり強力なものだ。
掘れば出るというほど、私が地上にいた頃はふんだんにアダマンタイトはあったものだが、今はどうか知らない。
まあ、そんなものと張り合っているアンナの剣も生半可なものではないだろう。しかも、凄腕だ。青年と互角以上に斬り合っている。本当に王女か?
視線を他の面子に向ければ、素早く剣戟を繰り出す護衛ゴーレム3体にかなり苦戦しているようだ。私の相手どころではない様子である。
さて、どうしたものか……ん?
私は気が付いた。乱戦状態は徐々に終息しつつあり、青年たちは私の正面に追い立てられるように集結してしまっていた。なるほど……。
「アルテミス!!」
鋭いアンナの声が響き、護衛ゴーレム共々素早く引っ込む。その瞬間に、私はブレスを吐いた。チェックメイト。これは、ある人間から教わった言葉。ゲームは終了だ。
さて、私の出番はここまでだ。あとは任せよう……。
「なにも覚えていないのだが、これは私なんだろうな……」
今までにないほど深く「侵食」されたため、戦闘時の記憶は全く残っていないのだが……5人の丸焦げ死体を見れば、何が起きたかは見当が付く。こうやって、業を重ねていくのだ。本当の意思とは関係なく……。
「ああ、気にしないでいいよ。あなたはほとんど何もしていない。戦っていたのは私たちだから……」
あちこち切り傷だらけのアンナが、小さな笑みを浮かべた。私も傷がある。かなりの相手だった事は確かだ。
「記憶にはないが、危険な事はしないでくれ。私のために死ぬことはない」
汗をかければ冷や汗ものだ。覚えていないのも怖い。戦ったとは、一体なにをしたのだ……。
「アハハ、私もあなたのためには死なないわよ。ちょっとだけ肩代わりしているだけ。あなたの『悪行』のね。1人で抱えるには重すぎるでしょ?」
……はぁ。
「お前まで背負う必要はない。こんなの1人で十分だ。被害者を増やすのは、私の本意では……」
「ねぇ、私の目を見て!!」
アンナが言葉の途中で遮った。
いつの間にか、私の正面に回っていたアンナの両目を反射的に見てしまった。軽い目眩が走る。なんだ!?
「フフフ、『鎖』追加。さすがにここほどではないけれど、あなたは私と『使い魔』契約を結んだの。強制的にね。これで、私が『本気』で命じた事には、あなたは逆らえない。ごめんね。こうしないとあなたが黙らないから。まあ、あなたは使い魔というにはちょっと大きいけどね」
笑うアンナだが冗談じゃない。「使い魔」というのは、魔法使いが連れているペット兼道具のようなものだ。これ以上拘束を増やされても……。
「『黙れ』」
うぐっ……。
「うん、効いてるね。良かった」
良くない!!
「怒らない怒らない。一休み一休み」
……全く、何を考えているか分からない。それがアンナだ。
「アハハ、私の行動を読める人なんていないから大丈夫。使い魔っていっても、よほどの事がないと『命令』しないから安心して」
……はぁ、なんだか。なんて言っていいんだ。
よく分からないが、こうして私はまたさらに縛られたのだった……。くっ、泣くぞ!!
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