第6話 聖剣

 いきなりだが、『聖剣 エクスカリバー』というものをご存じだろうか?

 魔法剣の最高峰にして切れぬ物はなく、真に選ばれた勇者のみが手にする事になるとかならないとか……。様々な伝説を残す名剣である。

 どうやら、私の背後にあるガラクタの山にそれがあるらしく、それを狙った一団といつもの戦闘を繰り広げていた。

 相手は6人。様々な種族からなる混成隊だ。強力な結界は私のブレスすら通さず、こちらが粗方攻撃を終えた途端、結界を解除して集中攻撃を仕掛けてくる。武器も技も一流。私は明らかに劣勢だった。

「アンナ、絶対出るな!!」

 これは彼女を守るためではない。この拮抗した戦いにいきなり飛び込まれて、メチャクチャにされたくなかったのである。最悪、戦況が悪化しかねない。

「『黙れ、動くな!!』」

 ば、馬鹿、こんな時に……!! しかし、私は最大級のブレスを吐き散らかした。これで、敵がしばらく黙るだろう。次の策は……。

「あちゃー、さすがに迷宮の拘束力の方が強かったかぁ。仕方ない、こうしますか……」

 アンナは呪文を唱え始めた。何をする気か分からないが、私は私のやる事をやるまで……。

「メガ・フレア!!」

 アンナが叫んだ。

 ……な、なに!?

「そ、その魔法は!?」

 部屋が破壊されるのではないかというほどの、激しい閃光と大爆発が敵の一団を襲った。

 私のブレスを防いでいた結界すら簡単に吹き飛ばし、容赦のない殺戮をまき散らす。

「……私ね。古代魔法も研究しているんだ。本当は禁忌なんだけど、今使われている魔法なんて目じゃないわよ」

 アンナが真面目な顔でニヤリと口角を上げた。

 今アンナが使った攻撃魔法は、私がまだ自由に行動出来た時代のもので、ドラゴンを一撃で蒸発させるために創られたものである。あの一団を吹き飛ばすには、あまりにもオーバーキルだ。

 現在の魔法がどうかは知らないが、アンナの様子からして、異質なものとだけは分かった。なんという娘だ……。

「はい、戦闘終了~。だいぶやられちゃったね。回復魔法使うから動かないでね」

 アンナが治療を始めるのと同時に、私は静かに目を閉じた。


「い、痛いな。痛いぞ。ああ、そこ染みる!! ふぅ、例によって今回も戦闘中の記憶があやふやなのだが、アンナがなにか凄い事をやったような気が……」

 全く、この「二重記憶システム」はどうにかならんか。「もう1人の自分」に侵食されている部分の記憶はいつも曖昧か「ない」だ。

「何にもしてない。勝手に消えちゃった。ほら、動かない。この矢を引っこ抜かないと……どりゃあ!!」

「あっぐぅ……。あ、アンナ。出来れば丁寧に……」

 馬鹿者、敵が勝手に消えるか。そして、処置が少々がさつだぞ。アンナよ……。

「ふふーん、そういうこと言うなら、こうしてグリグリして……」

 あのな……ドラゴンだって痛覚はあるんだぞ。我慢しているだけで。

「フフフ、お姉さんもっと虐めちゃおうかなぁ」

「やめてください。本当に……」

 心を読まれる上にこれだ。もう普通に泣きそうである。

「ドラゴンを倒すより、泣かせる方が難しいって思わない? やってみようかなぁ」

 ……知らん!!

「あっ、怒った。アハハ」

 ……なんでもいい、早く治療が終わるのを願うしかない。

 結局、散々アンナに弄られ続け、私のメンタルは色々な意味でボロボロになったのだった。戦って倒された方がいい。心の底から……。


「ねぇ、『ドラゴンテイマー』っていう職業知ってる?」

 私がアンナの物資を整理していると、唐突にそう聞かれた。

 暇つぶしだが、私はアンナの物資も管理する事にしたのだ。もちろん、薬草の手入れも欠かしていない。労働の後のハーブティーは格別なのだ。

 これが終われば薬草の管理。その格別のハーブティーが待っている。手際よくやらねば。

「ああ、知っている。簡単に言えば『ドラゴン使い』。ドラゴンと共に暮らす変わった連中だな。今もいるかどうかは知らないが……」

 そろそろ水が減ってきたな……と思いつつ、私はアンナに答えた。

「ああ、また行商人集団が来るから大丈夫。それはいいとして、今はドラゴンを見る方がレアだからそんな人は多分いないと思うけど、昔から本で読んで憧れていたのよね。今がまさにその状態じゃない?」

 目を輝かせながら、アンナが聞いた。

「そうだな……。まあ、近いとだけ言っておこう。しかし、お前はなぜそこまでドラゴン好きなのだ。普通は嫌がるぞ?」

 よし、整理完了。あとは薬草だな。

「だって、世界最強の生物だよ? 憧れない方がおかしいって。嫌がられるのは畏怖の現れ。そっちの方が正常かも知れないけど、ほら、私って『変人』だし。

 ……自分で変と分かってるならいい。さて、薬草だ。

「薬草ね。はいはい、いつも通りお供します」

 私の後をトコトコついてくるアンナ。いまだ謎は多い……。

「ふっふ~、女の子は謎が多いの。心が読める私には、アルテミスの事は全てお見通しだけど♪」

 ……♪じゃない!! プライバシーはないのか!!

「ない」

 ……いつか食ってやるか。人間単位で数万年に1度しか、ドラゴンに食事は必要ないが。

「へぇ、そんな秘密が。メモメモ……」

 メモるな!! なにかもう、アンナが来てからこっち、色々台無しな気がする……。

「アルテミスは、『孤独な遺跡の守り人』っていう性格じゃないでしょ。優しすぎるもの」

 ……

「私、こう見えて必要な時はどこまでも冷酷だからね。まあ、私は使い魔かオプション兵器とか、なんかそんな感じだと思ってね。軒の下を借りている分の仕事はします。よろしく~!!」

 自分で言うな、アンナよ。そして、どこに主を支配する使い魔がいる……。

「目の前にいるよ。目が悪い?」

 ニコニコ笑顔のアンナに、もう私はなにも言う気がなくなってしまった。ドラゴンのメンタルを、ここまで破壊するとは……。

「さて、薬草園……というか、これはこのままだと、この部屋全体を支配するのでは?」

 恐るべき生命力というか、この環境下ですでに大森林……は大げさだが、なんだか入るのが怖いくらいに鬱蒼としてきた。ちゃんと手入れしてこれだ。放っておいたらどうなっていたか……。

「それはそれでいいんじゃない。この部屋はちょっと殺風景過ぎるし……」

 うーん、どうだか……。

「ここは元々宝物庫だ。どれだけ溜め込むつもりだったかは知らぬが、普通は殺風景なものだ」

 ドアを開けて中が青々と草木が生い茂った金庫があるか?

「そういうぶっとっ飛んだ宝物庫があってもいいんじゃない? オリジナリティってやつ?」

 声に出さなくても会話出来る楽さに慣れてきた事が怖い。色々不便の方が多いけどな。例えば……アンナのアホ!!

「悪口に至る道筋が分かっていて、怒るほど私はサービスしないわよ」

  ……ほらな。始終これだ。

「私に捕まった段階で終わってるの。フフフ」

 ……怖いな。全く。

「さて、薬草の手入れを始めよう」

 こうして、つかの間の息抜き時間が過ぎて行く。戦いと平穏。それがこの部屋にある物の全てだ。極端過ぎて嫌になるがな。

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