第28話 ドラゴンさんの憂鬱

 私たちは慎重に階段を上っていた。隊列はこうだ。私、アルミダ、その他の面子といったところだ。今回のキモはアルミダにある。その手には、弦の部分が怪しく緑に輝く弓があった。

「同時に5目標攻撃できます!!」

 事前にそう言っていたな。太古からエルフの腕の良さは知られている。それに期待だ。

「さて……」

 9層のフロア一歩手前で私は止まった。気合いが必要だった。この作戦は、絶対私は無傷で済まないからだ。

「準備完了……」

 特に怒るでもなく、アルミダがささやいて来た。

 よし、行くか!! 私は9層の床に飛び出した。その途端アラームが鳴り、例の球体が現れた。挨拶代わりに、あの光線を乱射してくる。それと同時に、アルミダが射撃を開始した。次々に光線の発射点を潰していくが、私は反撃しない。アルミダの邪魔になっていまうからだ。

 光線はあくまでも私を狙う。その他には興味がない。アルミダの攻撃は早かったが、それでも無数の光線を浴び、私は思わず足下がよろけた。

 恐らくだが、何らかの方法で、私自身がガラクタを持って逃げないか心配したしたのだろう。ふざけるな!!

「全部の発射点を潰したわ。これでもう……あれ?」

 アルミダの声が変わった。光線がやんだ途端、今度は2つの球体が縦に合体し、人形に姿を変えた。その手には、見たこともないような物……多分武器があった。

「クソッタレ!!」

 この際言葉は選ばない。私はその武器を蹴飛ばし、天井に向けた。やはりというか、ダララララという猛烈な発射音と共に、無数の緑色の光弾が天井に向かって発射された。

「いい加減にしろ。このクソ魔法使い!!」

 ゴーレムが体勢を立て直す間もなく、私は思いきり尾で払た。ゴーレムは派手に吹っ飛び、壁に叩き付けられた。こんなもんでやられるとは思えないが……そう、私はついに「キレた」のだ。

 立ち上がりかけたゴーレムに向かって、私はブレスを吐いた。効かないのは分かっていた。しかし、そうしないと気が済まなかったのだ。

「……こわ」

「ああ、アルテミスが……壊れた」

 こっそり覗いていたらしい、W女神ですら引く私のぶち切れ攻撃。次は仕上げの……

「ギガ・フレア」


 ドッゴーン!!


 ここまでやったら、普通はこの世から消えている。しかし、ゴーレムは顕在だった。武器は消え去ったようだが、……生意気にファイティングポーズを決めて立っている。「来い」というところか。面白い!!

 私は宙を少し飛んで一気に間合いを詰め、その顔だかどうだか分からない球体を思い切りぶん殴った。

 その瞬間だった。ゴーレムからなにか白い液体が大量に噴射され、私の体を覆っていく。

「こ、これは、動けぬ!?」

 おびただしい量の液体は、私の体を包むと一瞬でやや弾力がある物体に変わった。同時に、ゴーレムの活動も停止した。

「なるほどね。殺せないようなら「捕獲」か。あなたが深追いしなければねぇ……」

 アルミダが近寄ってきて、深いため息をついた。

「悪いけど、対策が見つかるまであなたはそのまま。また動き出したら面倒だからね」

 ……え?

「それがいいですわ。勝手に突っこんで自滅したのは、このドラゴンさんですし」

「アルテミス。私はあなたの味方です。でもハブられたくないので、今はあなたの敵です!!」

 W女神がそんな事をいう。エラはいいがアンナ、お前という奴は!!

「おーい、下で対策会議をやるぞ~。帰ってこい!!」

 こうして、私は9層の片隅に置き去りにされてしまったのだった。こ、こんなはずでは……。


「あー、こりゃまた面倒臭いですね……」

 数日後、再び私を皆が取り囲んでいた。動きを止めたゴーレムの解体作業をするらしい。

 ゴーレムといえばアンナ。ずっと作業をしているのだが、なかなか難航しているようだ。もちろん、全ての作業が終わるまで、私は捕獲された時の情けない姿のまま。ドラゴンの威厳が……。

「アルテミスに、ドラゴンの威厳なんて最初からありません!!」

 アンナの声に、皆が一様にうなずく。……泣くぞ?

「こうして見ると……。ただ。翼があるだけのデカいトカゲだな」

 うがっ、痛恨の一撃!! ドラゴンに1番言ってはならぬ事を、カシムがあっさり言いおった!!

「いっそ、このまま展示しておいたら、この殺風景な景色もマシになるかもね。フフフ」

 おいこらアルミダ。お前そんなキャラだったか!?」

「あっ、泣きましたわ。この子豆腐メンタルだから、あまり虐めないであげてくださいな」

 私の体をよじ登り、私の涙をハンカチで拭くエラ。何気にdisってるぞ!! このくらいの現代語くらいは覚えたのだからな!!

「うーん、ここはこうかな?」

 私の体に巻き付いた白い帯状のものがいきなり締まる。し、死ぬ!?

「あっ、間違えた。こっちをこうして……えい!!」

 帯状のものは緩んだが消えてはくれない。なにかもう、生きて行くのが辛い……。

「ゴーレムは無力化しました。エラ、後は任せた!!」

「分かりましたわ。奥義というほどではないですが、『みじん切り』!!」

 素早い剣というか昆布というか、まあこの際どうでもいいが、それが白い物体を細かく刻んでいく。……私の体まで斬っているのはわざとか事故か……。

 しばらくして、私は戒めから開放された。思わずその場に倒れ込み、そして何とか立ち上がる。

「カシム、勝負だ。ドラゴンに対して、1番いってはならない事を言った!!」

 どうにかこうにかメンタルを奮い立たせ、私はカシムを指差した。

「ああ、やめておけ、トカゲちゃん。あんたの両翼はすでにない」

 えっ?

 慌ててて見ると、私自慢の両翼がない。

「申し訳ないですの。絡まりすぎて、どうしても丸ごと落とさないと、あの拘束が斬れなくて……」

 エラが申し訳なさそうに言った。アンナはポカンと口を開けている。

「……すまん。しばらく1人にしてくれ」

 私は階段を下り、部屋に入ると隅っこに行き、静かに泣いたのだった。


 ドラゴンにとって、1番大切なのは翼だ。よって、放っておいても勝手に再生するが時間が掛かる。完全に再生するまで、私は部屋の隅っこで過ごした。財宝狙いの馬鹿共が来なくてなによりだ。今、私の前に立とうものなら、容赦なく吹っ飛ばしているだろう。

 そして、翼がなんとか復活したのだが、私のボキボキにへし折られた心までは復活しなかった。

「……」

 私は無言で定位置であるガラクタの上に立ち続けた。なにか感じたのか、あのアンナすら遠くから心配そうに見ているだけだ。

「あっちゃー、虐めすぎたかな」

「だから、豆腐メンタルと申し上げたはずですが……」

 カシムとエラがなにか言い合いをしているが、興味が湧かない。好きにやればいい。

 久々に入り口で赤旗が振られたが、私は皆に注意喚起はしなかった。代わりに、ブレスのチャージに掛かる。

「おま……」

「ディストラクション!!」

 フルパワーのブレスが炸裂し、まだ階段にいた者まで纏めて消滅させた。やはり、技名っぽいものを叫んで一撃をかますのは気持ちがいい。

「フン、他愛もない」

 その時、脳内に声が聞こえてきた。アンナだ。

『ちょっと部屋の外。9層まで』

「……分かった」

 どんな用事かは分からないが、私はガラクタの上から下り、まだブレスの熱も冷めぬ階段を上っていく。少し遅れて、アンナがそっと上ってきた。

「で、なんの用事だ?」

 私は努めて穏やかに言った。本当は、誰とも話したくない。

「……私の命で、スッキリしますか?」

 アンナは私の前に立ち、じっと私の目をみた。

「なんでそうなる……」

 なぜそうなるのか理屈が分からぬ。アンナを殺して何になる。むしろ、最悪な状態になるだけだ。

「気持ちが分かるなんて言いません。でも、ヤケクソで積極的に人間を殺す行為は、とても見ていられないんです!!」

 ……泣かせてしまったか。

「元々ドラゴンだ。陸上最強の害獣……ん?」

 何を思ったか、アンナが私の首に抱きついて来た……というか、巻き付いてきた。服がフワフワしすぎているのだ。

「アルテミス、ごめん。こんな時に使える魔法がない。アルテミスが元通りになるような……」

「馬鹿者。あってたまるか。そんなピンポイントな魔法。まったく、調子が狂う……」

 アンナにギューギュー首を絞められ、なにか妙な毒気が抜けて行く事が感じられる。

「アンナ、ちょっと締めすぎだ。また死んでしまうぞ?」

 しかし、アンナはさらに締め上げてきた。これ「抱く」ではない。もはや「絞殺だ」!!

「お、お前、私を殺す気か!?」


 こうして、ある日の出来事が終わって行くのだった。

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