第29話 女神の決意
今できる最大の解呪作業が終わった今も、カシム一行はまだ留まっていた。なんでも、まだ「根」が残っているので経過観察とか……。
これが終われば、カシム一行もエラも、そしてアンナも去るはずだ。私はどうするか……分からない。ここから出ようと考えた事もなかった。それだけ長い時を過ごしたのだ。 さて、それにしても……。
「お前、弱すぎるぞ」
これで何度目のチェックメイト……だったか? なにやら今の地上で行われているチェスとかいう、一種のボードゲームを興じていた相手はアンナだった。
簡単な手ほどきを受け、自信満々のアンナを叩きのめす事……忘れた。勝ち数を数えるのを途中でやめたくらい、アンナはあまりにも弱かった。私はルールもうろ覚えで定石とやら通りに進めているだけなのだが、アンナは勝手に負けるのである。もう致命的に向いていないとしか言いようがない。
「なんで、ルールもうろ覚えのアルテミスがこんな強いんですか!!」
そういわれてもな。
「お前が弱すぎるのだ。全然神ってないぞ。お前」
「はぅ!?」
撃沈1
「さて、俺の出番かな。少しは骨があると思うぜ?」
カシムが腕をグルグル回しながらアンナと代わった。なにせ、このゲームに必要な道具一式を持っていたのだ。当然、腕があるだろう。私に勝ち目は薄い……。
「さて、尋常に……」
「勝負!!」
かくて、ボード上の熱い戦いが始まった!!
「参りました!!」
……これで何回目だ?
紳士の嗜みとして、負けが分かった時点でやめるのが普通らしいのだが、アンナよりは格段に強かったが、それでもカシムは弱かった。
「おいおい、ルールを覚えたくらいのドラゴンに負けるな。誰か腕のある者は?」
キャサリンが黙って手を上げた。
「では、お相手しましょうかね」
頭を抱えるカシムを押しのけるようにして、キャサリンと対峙する事になった。
「えっ、そういえばキャサリンは世界大会の優勝者だったような……」
アルミダが言った時、すでにゲームは開始されていた。
「おいおい、ハードル上げすぎだ!!」
そんな相手に勝てるはずがない、柔和な笑顔とは裏腹に鬼畜な攻めをガンガン繰り返してくる。そして、勝つための道筋を作る前に、あっさりチェックメイトされた……。
「さすが世界王者というところだな。完敗だ」
グダグダ言うのは私の信条に反する。負けは負けだ。
「ん?」
気が付いたら、部屋の入り口に赤旗が掲げられている。
「おっ、久々だな。いいからちょっとこい!!」
それは、6名のパーティーだった。得物を構え、強烈な殺気を放っていたが、今の私はそれどころではなかった。
「チェスで勝負だ。お前らの誰かが勝てば好きな物を持って行け。負けたら帰れ。シンプルだろう?」
その瞬間、全員がポカンとした表情を浮かべた。
「そんな武器などしまえ。力が全てではない。こういう趣もいいだろう」
かなり戸惑った様子だったが、パーティーの面々はゾロゾロとこちらにやってきた。
「さて、誰からくる?」
こうして、ボード上の「戦闘」は開始されたのだった。
「全く、子供みたいですわ」
「いいのいいの、ある意味アルテミスっぽいでしょ?」
あきれ顔のエラと、微笑ましい笑みを送ってくる女神たちは、とりあえず無視する事にした。
さて、チェスという武器を手に入れた私だったが、それが効かない敵もいる。私の首を狙いに来た連中だ。ここでも、私は1つ武器を手に入れた。
ガラクタをもう一度整理していたら、たまたま見つけた長剣。これを見つけた時に、カシムの目の色が変わった。
「そ、それ、エクスカリバーだぞ!?」
「ずいぶん前に来た連中も何か言っていたな。これ凄いのか?」
私は何気なく剣を掴んだ。その瞬間、剣が怪しく光り輝き。そして光は消えた……。
「そいつは持ち主を選ぶ。お前さんは認められたようだな。もし認められなかったら、そんなふうに持っていられない。なんでこんな所に無造作に落ちているんだか……」
「さぁな、剣というものはこう振るのか?」
私は部屋の入り口に向かって、無造作にエクスカリバーを振った。すると、バリバリとものすごい音を立てて床が一直線に砕けていき、入り口をくくった奥の壁にぶち当たって止まった。
「……」
「……」
な、なんて剣だ。こんなの、怖くて持っていられない。
「カシム、これはお前にやる!!」
差し出したエクスカリバーにカシムが触れた瞬間、バチッという音が聞こえて弾かれてしまった。
「いてて……。なっ、持ち主を選ぶって言っただろう? それは、お前の剣だ」
カシムに言われて、私は手の中にあるエクスカリバーを見た……。
「まあ、普段はどこかに置いておくか……」
こんな危険物、毎回持っていたら危なすぎる。大体、剣で戦うドラゴンなんて想像も出来ない。
「ああ、これ偽物です。良く作られていますが」
フヨフヨと様子を見に来たアンナが言った。
「偽物だと?」
「はい、本物は私が持っています。人間が扱うには、ちょっと過ぎた剣ですからね」
アンナは滅多に使わない剣を抜いた。確かによく似ているが、何かが違う。そんな感じだ。
「……なぜ使わんのだ?」
こんなものがあれば、もっと戦局が変わった戦いがあったろうに。
「私、剣は苦手なんです。最終兵器ですね。適当に振るだけで大崩壊が起きますから」
宝の持ち腐れとはこの事か……。
「でも、その魔法剣は本当によく出来ています。アルテミスも持っておいて損はないです」
こうして、剣で戦う謎のドラゴンが完成し、今まさに目の前にいる4名のパーティーに向けられようとしていた。
「悪いな、あんたの首を……」
口上の途中で申し訳ないが、私は手にした剣を振った。
バリバリと床が砕け、そのまま沈黙した。その間に、エラとアンナが私を守るような配置で宙に浮かぶ。
「このまま回れ右して帰りなさい。その方が、あなたたちのためですの」
エラが昆布剣を抜き、アンナが呪文の詠唱を始める。
「真なる闇。闇を統べる者。キングベヒーモス!!」
まさに闇と言わんばかりの、真っ黒な牛のような召喚獣が現れた。
『なるべくあなたが戦わないように尽力します。1歩下がって!!』
思念通話でアンナの声が聞こえてきた。しかし、引き下がる私ではない。
「相手は私を目指して、この難解な迷宮に挑んできたのだ。せめて、私が相手するのが筋というものだろう?」
こうして、久しぶりの戦闘が開始された。
「こら、邪魔するな!!」
しかし、女神2人の意志は固かった。私が前に出ることを許さず、一方的な戦いを繰り広げている。巻き込まれても知らんぞ!!
「ディストラクション!!」
何か気に入ってしまったブレスを吐いた。2人の女神は器用に避けたが、冒険者パーティーは半数がごっそり蒸発した。
『アルテミスは引っ込んでいて!!』
……怒られた。なぜだ?
『あなたは戦闘機械じゃない。私が全部引き受ける!!』
……。
「やめておけ。ロクなものではないぞ!!」
しかし、私の言葉はアンナには通じなかった。召還術や魔法を駆使して、エラと見事な連携を見せて、残りの冒険者をたちまち蹴散らしてしまった。
「褒められるとは思っていません。これは私の決意です」
「私は巻き添えですね。困ったものですの」
コケと昆布がそれぞれ口にする。全く、無茶する……。
「いくら神だって無茶だぞ。私がどれくらいここにいるのか……!?」
アンナがいきなり私の頬に唇を押し当ててきた。え?
「もう無理しなくていいんですよ。あなたは戦闘には向いていません。私たちが代わりに引き受けます。あなたはのんびりお茶でも楽しんでいて下さい」
私はなにも言えなかった。孤独に戦い続けた私は、ついにその日から開放される事になったわけだが。何をすればいいのだ……。
「アルテミスは楽しむ事だけ考えればいいのです。今までの分も……」
アンナが言うが……楽しみってなんだ?
「フフフ、恋人宣言しちゃおうかな。女の子同士だけど♪」
……やめろ。それだけは!!
「ああ、照れているわねぇ。あはは、面白い!!」
……こ、この!!
多分見た目では分からないが、思わず赤面してしまった。
「からかうのはよせ。これでも無数の敵を屠ってきた殺人ドラゴンだぞ!!」
こう言うと非道なようだが、私も生きるのに必死だったのだ。勝手に私の首に懸賞金まで掛けて、迷惑しているのはこちらだ。
「あれは正当防衛でしょ? これから先、あなたに危害を加えようとした連中には容赦しないから♪」
アンナが断言しエラがため息をついた。
「私は巻き添えですが、やる事はやりますわ。あなたをこの迷宮から開放されるまでは、私は尽力させて頂きます」
あくまでも任務。実に分かりやすくていい。問題は、アンナだった。
「お前も任務が終われば天界とやらに帰るのだろう?」
アンナは意味深な笑みを浮かべるだけで、はっきりした答えを寄越さなかった。
変な奴……。
ともあれ、こうして、迷宮内での私の立ち位置が微妙に変化したのだった。
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