第16話 助っ人参上!!

 ある日、まあ、朝かどうかも分からぬが、暫定朝食を作っていたアンナにマリアが口出ししたことが発端だった。

「え~、普通は片面でしょ!?」

「なに言ってるの。普通は両面でしょ!?」

 まあ、もう分かる人には分かると思うが、2人が言い争っているのは卵の目玉焼きについてだ。

 私は本気でどうでもいい話しなのだが、2人にとって胸ぐらをつかみ合って激論を交わすほどの重要事項らしい。

 ちなみに、どーでもいい豆知識だが、片面焼きはサニーサイドアップ、両面焼きはターンオーバーというらしい。さっきから飛び交う会話から拾った。

「ねぇ、アルテミスは片面よね?」

「……両面じゃなければ「命線」切る……」

 ……

「く……」

『く?』

 2人が声を揃えた。

「下らんわぁぁぁぁ!!」

 ついでにブレスも吐いておく。出力、推定10%で。それでも、命中した壁が崩壊した。我ながら、100%はなんというパワーだ……。

「そっかぁ、やっぱり片面か。いい子いい子♪」

「いや、今のは両面よ。いい子いい子♪」

 ……勘弁してくれ。わりとマジで。

「全く、それぞれ好みの焼き方で作ればいいだけではないか。喧嘩することもなかろう……」

 私はため息をついた。全く……。

「いえ、これは命がけの問題なのです!!」

「国を二分する問題なのよ。毎年討論会をやるほど……」

 ……分からんな。しかし、それが人間というものだ。

「まあ、好きにしろ。私は薬草園に行ってくる」

 付き合いきれなくなり、私は薬草園で適当に薬草を摘む。薬草は乾燥させて砕かないと薬として使えない。無論、ハーブティーにも。だから、こうして毎日せっせと準備している。これでも、結構マメなのだ。

「よし、こんなものでいいか……」

 カゴ一杯に薬草を摘み取り、乾燥場に持っていく。すでに乾燥を終えた薬草を別のカゴに移し、摘み取ってきたばかりの薬草を置いて行く。乾燥時間は……そうだな、推定3日間というところか。湿った場所なので、少々時間が掛かる。

「さて、戻るか……」

 私の定位置であるガラクタの山に戻ると、2人はついに殴り合いを始めていた。ふん、好きにやっていろ!!

「全く……ん?」

 ここ久しくなかった白旗が入り口で振られている。

「ああ、遠慮せず入ってくれ」

 入ってきたのは冒険者と思しき連中だった。武装はしているが、攻撃の意思がないことを示すためか、小さく手を上げている。

 それより気になったのは、即席の担架で運ばれてきたエルフだ。服装や装備からして、恐らく仲間だろう。

「あなたの迷宮に入っておいて、図々しい事は分かっている。途中の罠で毒を受けてな、 もう通常の薬では手に負えないのだ。優秀な魔法薬士を連れてきている。薬草をわけてもらえないだろうか?」

 先頭に立つ青年がそう言った。

 そう、この迷宮には毒を使った罠が無数にある。それも、即効性ではなく遅効性の。ジワジワ弱って最後は死ぬのだ。いけ好かない。

「私の迷宮ではないがな。案内しよう。こっちだ」

 私は薬草保管庫に一行を案内した。

「こ、これは!?」

 慣れた反応ではあるが、一行の魔法薬士と思われる少し歳が上の女性が唖然としている。

「急げ、手遅れになるぞ」

 私が促すと、慌てた様子で薬草を選び取って、持参してきた乳鉢でゴリゴリ粉末にしていく。そして、最後に床にチョークで小さく魔方陣を描き、短い呪文を唱えた。これで、薬の完成だ。今まで何度も見ている。

「急げ!!」

 私はもう一度促し、魔法薬士が慌ててエルフに薬を飲ませた。乱れていた呼吸が安定する。これでもう大丈夫だろう。

「今まで見てきたパターンからして、気が付くまで少し時間が掛かるはずだ。茶を淹れよう。少し休憩した方がいい」

 6人のうち5人をテーブルに案内し、私は人数分のカップにハーブティーを注ぐ。まあ、人間用なので、私がやるとオママゴトのようだがな。

「こんな迷宮になにをしにきた……というのも愚問だな。おおかた、そこのガラクタか私の首狙いだろう?」

 皆が一服入れる中、私は青年に聞いた。多分、リーダーだ。

「ああ、当たりだ。相当額の賞金が掛かっているからな。でも、分かっていてなぜ助けた?」

 青年はどうしていいのか分からないのか、かなり戸惑った様子だ。

「気まぐれ……とでもしておこう。これが本来の私だ。戦いになると『呪い」によって、勝手に頭が戦闘状態になってしまうのだ。いわば『もう1人の自分』だな。これには抗えない……」

 私はため息をついた。全くもって、忌々しい戒めだ。

「そうか……。聞いていた事と違うな。こんなにお人好しのドラゴンは初めて見たよ」

 青年は小さく笑った。

「自分でもお人好しだとは思っているよ。やれやれ……」

 私も小さく笑ったのだが、うなり声としか聞こえなかっただろうか?

「ところで、そこで殴り合っている女の子2人はなんだ?」

 ……あー忘れていた。

「片方はなにがいいのかここに住み着いている変人で、片方は私の『呪い』を解除してくれている変人だ。まあ、ろくなのがいない」

 目玉焼きで殴り合いか。下らん!!

「『呪い』か。そこで倒れているエルフの女性、アルミダは呪術の専門でな。意識が回復したら診させようか?」

 ……戦闘がやりにくいな。

「それは、そこの殴り合い2と相談だな。彼女にもプライドがある」

 私は激しいバトルを繰り返す2人の頭上スレスレにブレスを放った。熱量は最小限にしてあるので、せいぜい髪の毛が焦げる程度だろう。

「いい加減にしろ。ちと話しがあるから2人とも来い」

 青白い顔色に冷や汗を流しながら、2人がやってきた。私は事のあらましを掻い摘まんで話した。

「……というわけだ。マリアのプライドもあるから、これは相談だ。どうだろうか?」

 私が聞くと、マリアは鼻血を噴射した。

「え、エルフの術者と共闘なんて、あああ、鼻血が出そう」

 いや、だからもう出ている。前もこんな事あったな。

「決まりだな。アルミダに診させる。これが出来るせめてもの礼だ」

 こうして、また解呪作業は新たな局面を見せる事になったのだった。


 エルフ……アルミダが目を覚ましたのは、推定4日後だった。

「あ、あれ、私……って、ドラゴン!?」

 反射的な動きで武器を取ろうとしたようだが、そこにはただベッドのシーツがあるだけ。なぜ私が当番の時に限って目を覚ましてしまうのだ。

「落ち着け、アルミダ。実はな……」

 例の青年が事の次第を説明する。さすが聡明と言われるエルフだ。すぐに事情を飲み込んだ。

「なんと礼をすればいいか……」

 アルミダはべっどから下りて、深々と頭を下げた。

「なに、私は薬草を提供しただけだ。連れの魔法薬士は腕がいい。礼を言うならそちらだよ」

 そう、私は材料を用意したに過ぎない。本当の功労者は魔法薬士だ。

「いえいえ、材料がなければ薬は作れません。助かりましたよ」

 ニコニコ笑顔で魔法薬士が言った。まあ、確かにそうだが、礼を言われるような事はしていない。

「命を助けてもらったのだ。エルフの考えでもはや共に生きる盟友だ。悪いが、私はこのドラゴンを攻撃出来ない。いや、もし剣を抜き弓を引くなら、私は盟友としてこのドラゴンを守る……」

 ……おいおい。とんでもない事になったぞ。

「そう言うと思っていたよ。安心しろ。もう戦う意思はない。それよりも、このドラゴンに掛かっている「呪い」を出来るだけ解除してやって欲しい。呪術はお前の専門だろう?」

 ここですかさずマリアが出てきた。

「これが今までのデータです。なかなか手強くて……」

「うむ……これはまた。ちょっと私も調べてしてみよう」

 こうして、専門家2人による調査が始まった。

「さて、俺たちはもう少し休憩させてもらうよ。この迷宮はなかなか手強い」

 青年はそう言って寝袋を開き始めた。他の面子もそれに倣う。そして、携帯食料で食事を取り始めた。

 なにか、アンナに始まり段々人が増えていってないか? 構わんがいいのか? こんな場所快適であるはずがないのに。

「あの……ちょっといいですか?」

 華奢な体のまだ少女といってもいい子がそっと声をかけてきた。

「ん? なんだ?」

 別に怒っているわけではない。念のため。

「これでも召還術士なんですけど、まだ上手くコントロール出来なくて……。練習がてら、模擬戦をやって頂けませんか? 召喚獣と……」

 うーむ……見習いということは、大したものは呼べないだろう。暇つぶしにはいいか……。

「分かった。では、あちらの隅に行こう」

 この空間は呆れるほど広い。少々暴れるスペースくらいはある。

「あっ、私も暇だから付いて行く!!」

 なぜか、アンナが付いてきた。

「アンナはその少女に付いててやれ。危ないからな」

 模擬戦とはいえ戦いは戦い。なにが起きるか分からないし、危ないのは少女の方だ。

「分かった!!」

 アンナは少女の方に付いた。程なく部屋の片隅に付くと、私は構えた。

「よし、来い!!」

 私の声と共に、たどたどしく呪文が紡がれ、小さなウサギが現れた。

 ……どう戦えと?

「あっ、間違えちゃった。こっちこっち、リバイアサン!!」

 大きな魔方陣が床に描かれ、巨大な蛇のようなものが呼び出された。「海竜」とも呼ばれるが、ドラゴンの眷属ではない。これなら素手でも倒せる。

「あわわ、制御が……」

 少女が慌て始めた。そして、リバイアサンは私ではなく、作業している皆の方に向き……ヤバい!!

「ブレス!!」

 私がリバイアサンにブレスを放つのと、アンナの声が響いたのは同時だった。

 純白の光がその巨大な蛇のような体に突き刺さり、あっという間に霧散した。

「ま、また失敗を……」

 思い切りヘコんでしまった少女に、アンナは怒るに怒れないという様子で、逆に慰めている。やれやれ……。


 こうして、迷宮の最も静かである場所は、にわかに活気づいたのだった。

 ……まあ、悪い気はしないがな。

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