第17話 それぞれの迷宮
「やはり、完全解呪は難しいか。部分解呪で戦闘モードも取り除こうと思ったけど、『命線』に直結しているからなぁ……」
アルミダが申し訳なさそうに言った。
「気にするな。厄介である事は、私が一番わかっている」
簡単な拘束魔法ではない事は分かっている。100%の力が出せるようになっただけ、まだマシだろう。
「でも朗報が1つ。この部屋から出られるようにする事は出来ます。部屋の入り口にも結界があるので、それも解除しないといけませんが……少し掛かります」
迷宮の入り口からでもいい。外を見たいという願望は叶いそうだ。それだけで、私はもう十分だ。
「上手いこと頼む。苦労をかけて申し訳ない」
私は心の底から礼をいった。こんなにいいことはない。
「出来るだけ急ぐよ。マリアは部屋の結界解除を。私はこちらの拘束を解く!!」
「了解!!」
こうして、一大事業が開始された。部屋の結界解除と簡単に言うが、実はとんでもなく大変な作業だ。もつれ合った紐を、丁寧に解いていくような作業が続く事になる。
そして、私の「呪い」を解除する作業。これも難題のようだ。アルミダの頬には汗が流れ、それを拭うのも面倒というように、ずっと魔法を使っている。と、急にその手が手が止まった。
「マリア、作業中止!!」
アルミダの慌てた声が響き。マリアの手が止まった。
「この部屋の結界と「命線」が紐付いているわ、うかつに結界を解除したらまずい!!」
「本当に!?」
どうやら、想定外のことが起きたらしい。アルミダの声にマリアが反応した。
「ええ、これ見て」
部屋の入り口からマリアがすっ飛んでくる。
「ゴチャゴチャ入り組んだ術で分かりにくいけど、ほら……」
アルミダはマリアにノートを見せた。
「……本当だ。危うくドラゴンを殺すところだった」
マリアの顔色が青くなっている。
「……残念だけど、あなたをこの部屋から出入り出来るようにするのは、かなり難しい状況になったわ。マリアともう一度再検討しないと……」
ふむ、ささやかな望みも叶わぬか。
「ああ、ここまでの労に感謝する。あまり無理する必要はないぞ」
しかし、2人は食い下がった。ノート片手に真剣な顔で検討会が開催されている。なるほど、これが専門家の意地か……。
「あの、忙しいところ申し訳ないですが……また、召喚魔法の……」
あの少女が私に近寄ってきた。前回とことん付き合ったのだが、なにか思うところでもあるのだろう。
「分かった。申し訳ないくらい暇だしな」
ちなみに、冒険者チームは完全にリラックスモードだ。武器の手入れをする者、魔法薬の量産をしている者、意味もなく戦斧を振り回している者 筋トレに励む者。様々な過ごし方をしている。まあ、くつろいでくれて何よりだ。
「練習ならこちらだな」
私が少女を引き連れて行こうとすると……。
「ああ、私が指導する!!」
もちろんと言わんばかりに、アンナが顔を出した。予測済みだ。
「アンナ、そういえばバハムートを召喚した形跡が記憶に残っていた。召還術が使えるとはな……」
私の言葉に、アンナはぺろっと舌を出して見せた。
「まあ、嗜む程度だけどね。暇だったから覚えた。王宮の中庭を壊滅させたけどね」
……アクティブだな。
「そうそう、私はアクティブなの。今さらでしょ?」
……確かに。
「さて、練習しましょうか。前回は中位召喚獣まで安定していたから……今回は一気に超級までいってみる?」
「……はい」
おいおい、命の保証はしないぞ。こっちも必死だから。
「じゃあ、定番のバハムートから……」
こら、そんなもの呼ぶな!!
強烈な殺気を受け、「もう1人の自分」が現れた。
「全く、模擬戦だと。ヌルいな。術者もろとも吹き飛ばしてくれる」
標的は2人。1人はまだ術者として半人前だ。しかし、油断してはならない。なにをするのか分からないのが半人前だ。
私は挨拶代わりにブレスを吐いた。しかし、アンナの防御魔法で弾かれれる。推定50%の力を退けるとは、なかなかやるな。
「これが戦闘よ。体の捌き方とか勉強になると思うわ」
……ふん、勉強か。では、真面目にいこう!!
「バハムート!!」
「バハムート!!」
2人の声が重なった。現れたのはバハムートが2体。……殺す気か!!
そして、こちらも挨拶代わりにブレスを吐いてきた。全てのものを一瞬で蒸発させる最強のブレスが私を襲う。堪らん!!
私は宙に逃げた。冗談じゃない!!
「ほら逃げたでしょ。そこに攻撃魔法を叩き込む!!」
「私、ファイヤボールくらいしか……」
あくまでも練習か。命がけのな。
「十分よ。牽制だから。えい!!」
……ちょっと待て。その魔法は!?」
牽制どころか私を殺す勢いの攻撃魔法に、堪らず再び床に降りたところにバハムートのダブル・ブレスが襲いかかる。ダメだ。避けきれぬ!!
しかし、諦めたら終わりだ。私は自分でも信じられないような体捌きで、白銀のブレスを避けた。しかし、完全には避けきれなかったようで、片翼が一瞬で消滅した。シャレにならない!!
「ねっ、こうやって徐々に敵を弱体化させていくの。一気にやる戦術もあるけれど、ドラゴン相手なら、慎重にやった方がいいわ。
「……分かった。ありがとう」
「いえいえ、じゃあ、次はオーディンでもいってみようか。あれは神だから気位が高くてねぇ……」
なぜ、今のうちに攻撃しないか。理由は簡単だ。そんな事をしたら、アンナに消されるからだ。
こうして、私は一歩間違えば死の召還術サンドバッグを続けるハメになったのだった。
「……大変なことになったな」
例によってガラクタ狙いの一団がやってきたが……アンナはもちろん、私の解呪を待っている青年の一団も戦力に加わったのだ。武器が錆びるとかなんとかで……。
ついに、「もう1人の自分」も出なくなった。出るまでもないということか。
「くっそ、なんでドラゴンの味方なんだ!?」
「さぁな、ちょっとした気まぐれとでもしておこう」
青年と侵入してきた剣士がぶつかりあっている。他も似たようなものだ。
激しい戦いが続く中、アルミダとマリアは額を付けるようにして研究を進めている。なにかこう……マイペースだな。
武器を持つ連中はともかく、大した武装をしていない少女と魔法薬士はというと……。
「カーバンクル!!」
少女は徹底的に防御に徹するらしい。次々と守備型の召喚獣を呼び出している。そして、魔法薬士はというと……。
「あら、手が滑っちゃった!!」
巨大な薬瓶を迫っていた戦士に向かって投げた。そして起こる爆発。……うむ、敵にはしたくないな。
この乱戦ではブレスも撃てず、私はまたも暇になってしまった。一体、いつからここはこういう場所になったのだろうか?
そして、戦いは終わった。アンナが最後に残った司祭に剣を叩き込む。
「大丈夫、殺していない。みんなもそうでしょ?」
それぞれから肯定の返事が返ってくる。これだけ暴れて死者がいないというのは、ほとんど奇跡に近い。あるいは、圧倒的な実力差があったか……。いずれにしても、死者が出ないのはいいことだ。
「『アンナと愉快な仲間たち』。ゆっくり休むといい」
私が名付けたのではないぞ。アンナが勝手に名乗り始めただけだ。
「ああ、この程度じゃ物足りないがな……」
剣を鞘に収めた青年……いい加減名前で呼ぼうか。カシムと名乗った彼は、元々傭兵をやっていたようだが、思うところあって冒険者に転向したらしい。
そして、アルミダはもう分かっているだろう。あとは、魔法薬士のキャサリンと召還術士見習いのリンだ。戦力の中心がカシムに集中しているのでバランスが悪いが、なんでも街の掲示板に募集の張り紙を貼ったら、集まったのがこの面子だったらしい。それでも、ここまで来るのだから大したものだ。
『できたぁ!!』
その時、アルミダとマリアの声がハモった。
「おぅ、ビックリした……」
ドラゴンだって驚くのだよ。今さらだが……」
「とりあえず、今の段階で解呪出来る方法をねじ込みにねじ込んだわ。この部屋からは出られないけど、再生能力とか、筋力が元に戻るとか……まあ、色々本来の姿には出来るはずよ。希少なエンフィールド種だもの。多分凄い事に……。あら、鼻血が」
いちいち鼻血を出すな。マリアよ……。
「ではさっそく……先に断っておく。目眩では済まない可能性が高いよ。激しい苦痛を伴うはず。では……」
ちょっと待て。私の意向は無視か!!
叫ぼうと思ったが、すでに魔力の青白い光に全身が包まれている。もう、下手には動けない。なかなかの我が道っぷりである。
「……解呪!!」
千の落雷でも受けたかのような強烈な痛みと衝撃が走り、私は不覚にも気絶してしまった……。
「ん?」
目を開けると、皆が心配そうな顔で私を覗き込んでいた。
「予測以上の衝撃だったみたいね。でも、悪くないでしょ」
マリアが聞いてきた。
「ああ、今までの自分が嘘のようだ……」
「呪い」により、相当自分の力が抑制されていたのだと分かった。これでは別者と言っても良い。体内で強力な力が渦巻いている。
「それにしても、酷い呪いだわ。色々見てきたけれど、ここま強力で酷いのは見たことがない……」
アルミダがちょっと怒りを込めた声で言った。
「まあ、昔の魔法使いがやる事だからな。ドラゴンの扱いなどこんなものだ。助かった」
私はゆっくり立ち上がり、少々持てあまし気味の力を何とか抑える事に努める。これは、なかなか凄い。バハムート……は別格として、これならブラック・ドラゴンくらい……いや、調子に乗るのはやめよう。
「世話になった。これでもう十分だよ。アルミダは他のメンバーと共に旅を続けるのだろう?」
私がそう尋ねると、コクリとうなづいた。
「そうね。皆と共に出発するわ。でも、あなたは私の盟友。少し待って……」
アルミダはそう言って目を閉じた。胸の辺りに青い球体が出現した。
「これは私の魂。この一部をあなたに預けるわ」
言うが早く、その球体から破片のようなものが飛び、私の体に吸い込まれるように吸収された。
「いいのか? 命を削ったようなものだぞ?」
せめて「オトモダチ」程度にしておけばいいのに……。
「あなたがいなければ、私はこうしていられないもの。気持ち悪いかも知れないけど、特に害はないし受け取っておいて。これがエルフ式の最大の謝意だから」
アルミダは小さく笑みを浮かべた。
「気持ち悪いとは思わん。いいのか? とは思うが」
少々戸惑いながら、私はアルミダに言った。
「いいのいいの。私が決めた事なんだから……ああ、今は私とそこそこ遠距離でも『思念会話』出来るはず。何かあったら呼んでね」
アルミダは片目を閉じてみせた。
「マリアも戻るのか?」
もともと、私の「呪い」を解除するために来たのだ。一段落ついた今、帰るというのが普通の選択だろう。
「そうね。自宅に帰ってやる事もあるし、とりあえず帰る」
ん?
「戻ってくるのか? やめておけ」
その中途半端な物言いに、私はそう返した。
「必要なら戻って来るかもね。今回は相当研究材料があるから、しばらくお籠もりだけど……」
こんな危険な場所に2度と来て欲しくない。それが私の本音だが、あえて言わなかった。どうせ聞かないのだから。
「じゃあ、私はお先に。色々勉強になったわ。ありがとう」
「礼を言うのはこちらだ。助かった」
マリアは一礼してから、部屋の出入り口をくぐっていった。
「あっ、待って。見送る!!」
アンナが慌てて追っていた。まあ、彼女が一緒なら大丈夫だろう。
「さて、俺たちも出発準備するか。アルミダ、大丈夫か?」
カシムがアルミダに問いかけた。
「大丈夫よ。準備するから待って!!」
一同がいそいそと準備を始めたのを見て、私は自分の鱗を1枚剥がしてカシムに渡し。
「こ、これは?」
人間が持つと一抱えほどの大きさだ。持ちながらフラフラしている。
「そもそも、私の首を狙ってきたのだろう? 証拠として持ち帰るがいい。売れば大金になるらしいしな」
なにか大きく逸れてしまったが、元はこの予定だったはずだ。
「ああ、忘れていたよ。これがなければ、わざわざ許可証を取った意味がない」
カシムは小さく笑った。
「まあ、私からの礼としておこうか。旅の安全を祈っているぞ」
ドラゴンが祈るもの。それは秘密だ。
「さて、みんな準備出来たな? 名残惜しいが行こうか……」
こうして、『アンナと愉快な仲間たち』は解散となり、一行は部屋から出ていった。
アンナが戻って来る間、つかの間の静けさが戻る。まあ、これが本来の姿ではあるが……。私は初めて思った「迷宮の外とは言わない。せめて部屋の外に出てみたい」と。
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