第15話 ドラゴンさんの解呪作業

「はーい、ただいま。いやー、まさか風邪を引くなんおも……へっくしょん!!」

 アンナが戻ってきた。風邪とともに……。

「治ってないではないか。大丈夫か?」

 私はアンナに問いかけた。やれやれ……。

「初雪が降ったし、なにより、あなたが負けたって街は大騒ぎでさ。じっとしていられないわよ。あなたの方こそ大丈夫なの? ゲホゲホ!!」

 ……いいから休め。

「私は大丈夫だ。マリアに治してもらったからな。神とは言え、猫に負けた事実は消えないが……」

 心の傷の方が深い私だった。バハムートもほぼ神だ。それなのに……。

「ヘックションちきしょう!! まぁまぁ、負けの1つや2つはあるわよ。ごめん、調子悪い。ちょっと寝る」

 足を引きずるようにして歩き、アンナはテントに籠もってしまった。そういえば、マリアが静かだ。テーブルの方を見ると、突っ伏して寝ていた。

「こっちもか。やれやれ……」

 私はアンナの荷物の中から毛布を取り出すと、マリアにそっとかけた。

 どいつもこいつも無理しすぎだ。と、部屋の入り口に赤旗が振られる。全く、またうるさいのが来た。

「街でお前が弱体化したと聞いてな。この期を逃すわけにはいかない。その首もらっていくぜ!!」

 6人の異種族混成パーティーだった。私はあさっての方向に最大威力でブレスを吐いた。青白い光が発射され、ドーンという音と共に壁が崩れた。

「悪いな。むしろ強化している。やるか?」

 連中はすっかり固まってしまった。殺気が一瞬で消えた事を感じる。

「まあ、なんだ。こんなところまでわざわざ来たんだ。茶の一杯でも飲んでいけ。そこの椅子にで座ってくれ」

「あ、ああ……」

 6人はゾロゾロと椅子に腰掛け、私がハーブティーを淹れる間、無口でじっと待っていた。

「まあ、固くなるな。毒は入れていない。今日初めての組み合わせだから、味は分からないがな」

 私はそう言って笑みを浮かべた。笑みになっていればいいが……。

「ああ、みんな、頂くとしよう……」

 リーダー格の戦士が茶を口にすると、他の5人もそれに倣う。そして……」

「お、美味しい!! こんな美味しいハーブティー初めて!!」

 最初に声を上げたのは、いかにも魔法使い然としたエルフの女性だった。

「ああ、美味いな……」

 厳ついドワーフの顔が一瞬緩んだ。

「ちょっと、これ売ったら儲かるわよ。商売した方がいいって!!」

 ハーフフットの女性が興奮気味に言ったが、こんな迷宮の最奥部に買いに来る客がいるとは思えないが……。

 こうして、戦いは無事に回避し、私は冒険者たちと歓談したのだった。


「ごめん。『戦闘線』とでもいうか、色々検討したんだけど、勝手に戦っちゃうあれは解除出来ないわ。「命線」と関係している。財宝を守るように設定されているのも同じ理由で難しいわ。でも、あなたの抑えられた力を100%せるようには出来る。今は50%程度だけど、それじゃ多分足りなくなる。『敵を倒すため』じゃなくて、『身を守る』ためと思ってやってみない?」

 私の体に手を当てながら、マリアが提案してきた。

「クション!! マリアがこういう時は間違いないわよ」

 まだ風邪が治らないアンナが、さらに肩を押したが……。

「私は全てをマリアに委ねている。必要と思ったら断りなしでやってくれ」

 私はそう返した。

「分かった。じゃあ、さっそく掛かるわね。ちなみに、最初に私がここに来た時は、あなたが本来持っている力の10%も出ないようになっていたの。かなり衝撃がキツいから覚悟はしてね」

 マリアに釘を刺され、私は目を閉じて歯を食いしばった。こんなもので足りるかどうか……。

 マリアの口から朗々と呪文が紡ぎ出されていく。かなり長いということは、それだけ難しい作業という現れだ。そして……。

「部分解呪!!」

 瞬間、とんでもない力が体を支配した。体中が悲鳴を上げ、あまりの痛みに私は正面に向かってブレスを何発もはいてしまった。想定以上だ!!

 全てが収まったとき、私はその場で倒れ込んでしまった。

「だ、大丈夫!?」

「想像以上だったわ……」

 アンナ、マリアがそれぞれに言葉を紡ぐ。いや、あまり大丈夫ではない。目眩が半端ではない……。

「ごめん。あなたの力を抑えていた拘束を解除した時に、『命線』に微妙に触れちゃったんだ。死ななくて良かった……」

 マリアが怖い事を言う。キツいわけだ……。

「マリア~……。まあ、無事で良かったわ」

 アンナがため息まじりにそう言った。

「さてと……」

 まだ目眩はするが、起き上がれないほどではない。私は正面をみて……唖然とした。

 すでに修復は始まっていたが、大穴がいくつも開いていた。以前では考えられない。っ50%時でも凄かったのに……。

「あなたは確かにグリーンドラゴンだけど、その中でも希少種の『エンフィールド種』なの。突然変異で生まれたらしいんだけど、ほとんど文献にもないから実体はよく分かっていないんだけど、普通のグリーンドラゴンより、あらゆる面で強力だってことだけは分かってる。だから、こうして研究しているだけで、一生分の宝をもらったようなものよ」

 大喜びでアンナとハイタッチなどしているマリアだが、正直よく分からん。ドラゴンはドラゴン。それでいい。

「さて、マリアは休め。疲れただろう。そして、アンナ。お前も休め。思い切り風邪を囓らせているではないか」

 私は薬草園で摘んできた薬草を、無理矢理マリアに押しつけた。

「なによぉ、せっかく帰ってきたのにつれなゲホゲホ!!」

 ……ほらみろ。

「風邪を治す薬はないですからね。もし開発したらノーベノレ賞ものです」

 マリアが淡々という。そういえば、お前には感染しないのか? 強力な感染力があると聞いたが……。

「ああ、マリアは大丈夫。1度も風邪を引いたことがない強靱な肉体も持ち主だから……」

「アンナ、何事も絶対なんてないのよ。実は、朝から熱が……クション!!」

 2人揃って風邪か……。また厄介な。

「いいから2人とも休め!!」

 熱があるのに解呪をやるとは、確かに強靱ではある。私の命が飛びそうになったが……。 こうして、2人揃って風邪で寝込む事になったのだった。

 これが、冬の風物詩か。


 その日やってきたのは、一風変わったパーティーだった。申し訳程度の防具。これはいい。なぜか、手に持っているのは木製の棒やら、指で弾いたら折れそうな杖やら……とにかく弱そうなのである。

「……よくここまで来られたな」

 まずはそう言っておく。

「我々は初期装備を大切に同好会だ。これで、ドラゴンを倒したら同好会の株が一気にあがるからな。悪いが死んでもらう!!」

 はぁ……。

 ちょっと気が抜けてしまったが、私は全力のブレスを誰もいないところに吐いた。完全に純白の濁流が壁を大きく削った。

「やる?」

 とりあえず聞いてみる。

「ねぇ、さすがに無茶じゃないの?」

 一番後列にいる魔法使いの女が、いきなり怖じ気づいた。

「……無茶だな」

 調理器具……おたまといったか。それと鍋の蓋で武装? した剣士? 調理人?? がつぶやく。

「みんな、どうした? いつものノリは!!」

 木製の棒を持ったヤツだけがキャンキャン騒いでいるが、それ以外はみんな引いてしまっている。

「悪い事は言わん。回れ右して帰れ」

 私がそういうと、棒野郎以外は皆帰ってしまった。

「くそっ、腰抜けが。だから、俺は勇者になれんのだ!!」

 ……ほう、勇者志望か。あれは生まれついたものと聞いたが。

「では聞く。なぜ勇者になりたい?」

 もはや戦う気が失せている。しかし、相手はやる気満々なので、戦闘モードは維持だ。

「決まってだろう。何かボスっぽいものを倒せば大金が手に入るし、何より女の子にウハウハ……」

 私は黙って最大のブレスを放った。光の濁流を正面から受けた棒男は、そのままこの世から消滅した……。

「勝利とて、虚しいものだな……」

 ここは迷宮。遊園地ではないのだ……。

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