第14話 召還術士集団とドラゴンさん
部屋の奥。薬草園近くのテーブルで、マリアは論文とやらを書き殴っている。時々気色悪い笑いが聞こえてくるが、まあ、気にしないでおこう。
そして、私の前には6人のパーティーがいた。いつもの事だが……。
「よくここまで来られたな。まずは敬意を評しよう」
私はちょこんと頭を下げた。
相手は全員召還術士だった。召還魔法は確かに強力だ。しかし、呪文の詠唱にかなり時間が掛かるという欠点があり、こんな編成では普通はここまでたどり着けないだろう。魔物は待ってはくれないのだ。
「あら、『魔竜』に頭を下げてもらうなんて、私たちも格が上がりましたね。全員が超高速詠唱を体得しているので、並の魔法使いより攻撃は早いですよ」
隊列の中央に立つ女が胸を張って言い放った。なるほど、では見せて貰おうか……。
「……こい。私の首が狙いなのだろう?」
私は身構えた。まずは相手の出方を見よう。こんな編成は見た事がないし、どんな技を持っているか分からない。
「あなたの首が狙いではありません。その財宝の中に、私たちが探し求めているものがあるのです。出来れば戦闘は避けたいのですが……」
まあ、私も戦いたくはない。この言葉は甘美なものではあったが、呪いがそれを許すはずがなかった。
「すまんな。持っていけと言いたいが、この呪いが許してくれぬ。戦闘は避けられぬのだ……」
私は様子見のブレスを吐くべく、大きく息を吸い込んだ。その瞬間だった、各召還術士の前には召喚獣が現れていた。恐ろしく早い。これなら、実戦でも使えるだろう。しかし、本当の驚きは、ここからだった。
「炎を統べるもの、イフリート」
「水を統べるもの、リバイアサン」
「風を統べるもの、ティアマット」
「地を統べるもの、ノーム」
「四大精霊合成魔法、ティア・クリット・フレア!!」
なに!?
「私の頭上に強烈な光を放つ光球が現れ、大爆発を引き起こす。その爆風は私の体を吹き飛ばすには十分過ぎるものだった。
「追い打ちの……キングベヒーモス!!」
「追撃の……オーディン!!」
巨大な真っ黒な牛のようなものと、6本足の馬になる文字通りの「神」が現れ、私の体をズタズタにした。
……くっ。
一連の嵐が過ぎ去り、どこを怪我したのか分からないくらいズタボロにされた私だが、それでもゆっくりと立ち上がって見せる。しかし、余裕はもうない。まさか、ここまでとは……。
「まだやりますか?」
喋る女は決まっているらしい。さきほどの者が聞いてきたが、私はブレスで応えた。横なぎに吐いた純白な光は、全て防御魔法に弾かれた。こいつら……。
「しかし、さすがですね。あれだけ食らって立てるとは……」
「なに、ドラゴンの意地だ。なかなか堪えたぞ」
召還術士とはいえ人間。負けるわけにはいかない。ドラゴンとして。
「なるほど……。あれを受けても平気となると、私たちも最後の切り札を切らねばなりません」
女がそういう間に、すでに他の面子の召喚は完了していた。本当に早い。呼び出したものは……全員揃って猫?
「ただの猫ではありません。覚悟して下さいね……」
……いや、覚悟と言われても。
「神猫・バステト!!」
一様に叫んだ瞬間、猫はいきなり人間サイズになり、私の全身を縦横無尽に切り裂いていく。ドラゴンの鱗を剥ぐとは、どんな猫だ!?
「これでも『神』です。あなたの敵ではありません。では、仕上げといきますか。フルパワー猫パンチ!!!」
「うがっ!?」
全ての人間サイズの猫が私の顔に群がり、強烈なパンチを繰り出してくる。真っ先に両目が潰され、闇の中で激痛だけが走る。なんだ、この地味な戦いは!!
派手ならいいというものではないが、これで倒されるとはあんまりだ。どう戦っていいかも分からず、戦術の立てようがなかった私の負けだ。あまりの激痛に、私はその場に蹲ってしまった。
「ここまではやりたくはなかったのですが……」
暗闇の中で女の声が聞こえてきた。私はもう戦える状態ではない。バハムートとすら戦った私が、いくら神とはえ猫にやられるとは……。
「……殺せ。そうすれば、私は楽になる」
思わずそんな声が口からこぼれ出た。
「いえ、殺しません。それは私の主義に反します。戦う能力が失せた相手に、トドメをさすのは御免です。それに、言いたくはないのですが、あなたは今まで何人殺しましたか?そのまま生きて苦しんで下さい」
……言い訳はしない。業を積めばこういう目に遭う。分かっていたことだ。
「では、財宝は勝手に漁りますね。異論は?」
「……ない。動きたくても動けぬ」
……こうして、私はガラクタ防衛線で初めて負けた。凄まじく地味だが、猫パンチの恐ろしさを身をもって知らされた。実は、世界最強の生物は猫ではないだろうか。そう思うくらい強烈だった。まさか、こうなるとは。
ここでいいだろう。私は見えない目を閉じると、「本来の自分」の顕現を待った。
……痛い、痛い、痛い!!
何ということだ。猫だぞ猫。確かに神ではあったが、釈然としない!!
「あれま、これはこっぴどくやられたね。今回復するから……えっと、魔法はこれでいいか。えい!!」
マリアの声が聞こえ……うぎゃあ!?
とんでもない回復痛が襲いかかる。急速に回復していくのは分かったが、もう少しゆっくりでいいので、穏やかな回復魔法はないものだろうか?
「すっごい痛いだろうけど我慢してね。それだけ損傷が酷いのよ」
やがて潰されていた目が治り、私の目から涙がこぼれる。戦いの勝敗などどうでもいい。それだけ痛いのだ。
「ああ、涙のサンプル頂き!!」
ちゃっかりマリアは小瓶に私の涙を回収していく。伝え聞く話しによれば、ドラゴンに捨てる所なし。涙や唾液すら金になるとかならないとか……いい迷惑だ。
「論文も粗方書いたし、仕事しようと思ったんだけど……後の方がよさそうね」
私の心情を察してくれたらしく、マリアはそう言って苦笑した。
「ああ、今は1人になりたい。薬草園に行ってくる……」
こんな時は、誰とも関わりたくない。もうメンタルはボロボロである。
私は薬草園で何するでもなく時間を潰したのだった。
「えっと、これで戦闘モードは解除出来るはず。いくよ!!」
マリアの声が響き、私の体が光に包まれた。上手くいけば強制戦闘モードは解除されるとのことだが、これはありがたい。戦いたくない相手には戦わなくて済むようになるのだから……。
そして、光が収まった。
「うーん、予想以上に強固ね。この魔法じゃ解除できないか……」
頭をクシャクシャと掻きむしり、マリアがため息をついた。
「失敗か……まあ、簡単だとは思っていない。全てを委ねている以上、文句も言わんよ」
現状、マリアが頼りだ。文句を言っても始まらない。
「ごめんねぇ。うーん、どうするかなぁ……」
もはやボロボロになったノートを見ながら、マリアは考えているようだ。そこに、久々の声が聞こえてきた。
『アルテミス、聞こえる?』
アンナの思念通話だ。久々である。
「体調は大丈夫なのか?」
答えは分かり切っていたが、私はまずそう聞いた。
『ちょっと風邪を拗らせちゃって大変だったけど、今はもう大丈夫よ。今馬車で迷宮に運んで貰っている。今日中には入り口の検問所を通れると思うわ』
「大丈夫なのか? 行きは大騒ぎだったみたいだが……」
『大丈夫。作戦はあるから。ちょっと待っててね』
それきり通話は切れた。アンナの声は久々だ。無事でなによりだ。
「マリア、近々アンナが来る。まあ、だからといって、なんでもないがな」
しかし、私の声など思考モードの彼女には聞こえなかったらしい。なにやらブツブツつぶやいているだけだ。
「まあいい。ここも、また騒がしくなりそうだな……」
この私の予感は、見事に的中したのだった。
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