第13話 解呪開始!!

 私の解呪は、いきなり暗礁に乗り上げたらしい。マリアのイライラが募っていくのが分かる。

「24番が先か60番が先か……。ダメね。どっちも『命線』に紐付いている。ここを刺激したら死んじゃうし……。99番と108番は論外か……」

 マリアは時々怖い事を呟きながら、ノート片手に何やら書いている。無茶するな。頼むから。

「お前が『魔竜』か。剣のサビに……」

「バーストフレア、並びにアイシクル・ランス!!」

 間が悪いことに、久々の「お客さん」は、ど派手な爆発と氷というダブルパンチで、いともあっさりと全滅した。

「まったく、邪魔しないで欲しいわ」

 フンと鼻を鳴らしながら、白衣を着込んだマリアがぼやくが……ここ、そういう場所なんですけど。

「さて、研究の続きを始めよう。えっと……」

 私が殺戮の嵐を起こさないのはありがたいが、ドラゴンとして言わせてもらおう。なぜ、皆こんな強いのだ。私がフルパワーで戦っても勝てないぞ。きっと。

「あまり無茶するな。『口上』は聞いてやるのが暗黙の了解だしな」

 とりあえずそう言っていたが……。

「どうせ抹殺するなら無駄。効率が悪い事は嫌いなの」

 ほら、これだ。まあ、間違ってはいないが……。

「そういえば、あなたエンシェント・バハムートと戦わなかった?」

「うむ、覚えていないな。 多分「もう1人の自分」に侵食されていたときだろう」

 そんなバケモノと戦っていたのか。私は。

「そう……なにか、拘束魔法に『ログ』が残っているわ。殴り合いをやったみたいね。熱いドラゴンは嫌いじゃないわよ」

 ログ……記録の事だ。エンシェント・バハムートと殴り合いとは……正気じゃないな。我ながら。

「この呪いのせいで、記憶があやふやな場合が多々あるのだ。それだけでも、早急になんとかしたいのだが……」

 記憶がない。これほど不気味な事はない。

「うーん、それだけなら何とか出来るけど「もう1人の自分」まで消すのは難しいかな。思っていたより、この拘束魔法は複雑だから……」

 マリアの声は浮かなかった。

「それで構わん。全て私の背負った業だ」

 せめて、自分が起こした事は覚えていたい。これは、自然の欲求だろう。

「分かった。30秒で終わる。待っていて」

 私の体に小さな異変が起こった。軽い目眩もする。

「終わった。記憶は残るが行動に干渉は出来ないよ。辛いと思うが耐えてね」

「ああ、私が言ったことだ。これで、妙な気分にならずに済む」

 やはり「ダブル記憶」は気持ち悪い。それがなくなっただけでも、かなり気が楽だ。

『ハックション!! アルテミス……元気にしてる?』

 くしゃみ一発、アンナの声頭の中にこえてきた」

「なんだ? 風邪だと聞いたが……」

 私は声に出して聞いた。アンナは、呆れたようにため息をついている。状況を察したのだろう。

「うん、風邪。まだ動ける状態じゃないんだけど、マリアとは上手くやってる?」

 思念通話なのに、なぜか酷い声である。これは、当分動けないだろう。

「ああ、上手くやっていなかったら、とっくに消されているだろう」

 私はアンナに返した。

『良かった。マリアって気に入らないと、すぐに攻撃魔法撃っちゃうから、ちょっと心配していたのよね』

 ……知っている。マリアによって、欠片も残さず吹き飛ばされたパーティーは、5組ほどいた。

「こちらは大丈夫だ。安心して養生しろ」

 答えはない。寝てしまったのだろうか?

「また無茶を……ここから街までどれだけ距離があるか、分かってないとは思っていないけど……」

 マリアが呆れたようにため息をついた。

「使い魔の『思念通話』には距離が関係するのか?」

 よく分からないので、私はマリアに聞いた。

「もちろん。せいぜい1キロくらいよ。10キロ以上離れた思念通話なんて、聞いた事がないわ」

 マリアはもう一度ため息をついた。

「アイツは突拍子もないことをするからな……。さて、マリアも休んだ方がいいのでは? 結構な時間働きづめだぞ?」

 いい仕事には休憩も仕事。ドラゴンでも分かる事だ。

「いえ、この状況ではかえって休めるわけないでしょ。もう少し研究してみるわ」

 まあ、中途半端で手を離せない気持ちは分かるが……。

「あまり根を詰めないようにな。長丁場になるし」

 私は一応釘を差しておいた。

「分かっているわ。でも、ここを解呪して……ダメか」

 本当に研究熱心である。体を壊さなければいいが……。

「ふぅ、これは予想以上ね。ちょっと休憩するわ」

「ああ、ゆっくり休め。無理は禁物だ」

 マリアは持参してきた寝袋に潜り……静かに寝息を立て始めた。よほど疲れたのだろう。

「ふぅ、マリアといいアンナといい、迷惑をかけてばかりだな。せめて、拘束がなければ……」

 こればかりは、私の手に負えない。ドラゴンとして本当に情けない。

「まあ、こればかりは……」

 私のため息は、迷宮内に静かに聞こえていったのだった。


 何日経ったのかは、知るよしもない。寝るとき以外は、ひたすら掛かり切りで解呪作業をしているマリアの根気には、私は心の底から敬意を払いたい。例え、それが仕事であっても……。

「よし、プラン完成。これで、なんとか……」

 大きく息を吐きながら、マリアがノートを放り出した。ちらりと見えたが、そこにはページが真っ黒になるほど書き込みされていた。

「大丈夫か。少々顔色が悪いぞ?」

 聞いた時には、マリアは私の背で仰向けにひっくり返っていた。

「生命的には大丈夫。肉体疲労的にはダメ。でも、とりあえず第1段階は大丈夫だと思う。さっそく施術に……」

「ちょっと待て。少し休め。納得いかないなら、私のためだと思ってとにかく休め」

 全く無茶をする。私はストップをかけた。

「……分かった。そうね、この体力では難しいわ。では、本業のドラゴン研究をする」

 早速別のノートを引っ張り出し、なにやら書き込みを始める。なんというか、じっとしていられないのだろうか?

「そういえば、女性に聞くのは失礼だけど、あなたって何歳くらいなの?」

 性別を教えた事はない。よくぞ見抜いた。さすがドラゴン研究家。

「そうだな……。特に数えていないので忘れてしまったが、人間の時間軸で数千年くらいだと思う。おばあちゃんだと思うなよ。これでもまだ若い。

「あなたの種類は……ああ、人間ではグリーンドラゴンっていうの。鱗が緑色というかエメラルドグリーンっていうか、そんな感じだから。1回ブレス吐いてもらっていい?」

 別にそのくらいは出し惜しみはしない。私は部屋の入り口に向かってブレスを吐いた。謝意を込めて最大出力で。

「ありがとう。炎というよりは熱線ね。今まで見たことがなかったから、凄く参考になったわ」

 ブツブツつぶやきなら、マリアは記録を取っていく。

「なんなら飛んでみるか。まあ、このスペースでは浮く程度だが……」

 前にもこんなことがあったなと思いながら、私はマリアに提案してみた。

「えっ? 飛んでくれるの? それはここ以外では絶対経験出来ないわ。ぜひお願い!!」

 背中のマリアを落とさないようにゆっくり体勢を作り、私は翼を空打ちしてから部屋の天井にぶつからないように、そっと飛び上がった。

「凄い経験しているわ。ドラゴンに乗って飛ぶなんて!!」

 いつもは淡々と語るマリアが、珍しく感情を表に出している。どうやら、ドラゴンに乗って飛ぶ事は珍しいようだな。

「これでも飛ぶ事には自信があってな。こうなる前は、結構いい線いっていたのだ」

 私はギリギリの高さでゆっくり旋回を続けながら、マリアにそう言った。

「こ、これはさっそく論文を書かないと!! えっと、翼の振り角は……」

 どこまでも研究者だな。全ての事を記録しないと気が済まないらしい。

「ドラゴン学会でも、恐らくこんな経験した人はいないはずよ。素晴らしすぎる!!」

 興奮しすぎで倒れるなよ? しかし、ドラゴン学会とは……。

 適当なところで、私は床に降りた。

「まあ、こんな感じだ。取り立てて変わった事はないだろう?」

 私は翼をたたみ、マリアに言った。

「とんでもない、鼻血が出そう!!」

 いや、残念ながらもう出ている。ダラダラと……。

「失血死する前に鼻血をなんとかした方がいいぞ。喜んでもらえて何よりだ」

 この程度大した労力ではない。アンナの苦労に比べたらな。

「いや、いい経験をしたわ。学者魂がガンガン刺激されたし……ありがとう」

 鼻に布きれを突っこんで止血を試みながら、マリアが礼を言ってきた。

「礼を言うのはこちらだ。呪い解除の息抜きのつもりで飛んでみたのだが、逆効果だったようだな」

 私は思わず苦笑してしまった。まあ、表情は読み取れないだろうが。

「いやいや、これ以上の息抜きはないわ!!」

 ペンが折れるのではないかという勢いで、ノートになにか書き込んでいるマリアがちょっと怖い。これが学者か……。

 私はやる事がないので、とりあえず入り口をじっと見つめていた。

「ん?」

 おなじみ赤旗が振られた。

「マリア、安全なところで書き物をしてくれ。私が対応する」

 言った途端、いきなり強力な火炎魔法が飛んできた。翼を広げて全てをブロックする。大した威力ではないが、相手が突撃出来る隙が生まれた。

 当然ながら相手が突っこんで来た時、「もう1人の自分」が素早く目を覚ます。


「不意打ちか。いい線いっていたが惜しかったな」

 パッと私の前に散った連中に向けて、私はブレスによる無差別攻撃を仕掛けた。その瞬間、魔法使いの強固な防御結界が展開されるが……ヌルい!!

 今魔法使いが展開した防御魔法はいわば壁のようなもので、頭はガラ空きなのである。 私は素早く宙に舞い上がり、相手の頭上へブレス攻撃を仕掛けた。対応が遅れた相手は、6人のうち半数が消えた。ちっ、一撃必殺とはいかなかったか。残ったのは剣士2名と……。

「深き闇、銀なる衣……」

 小さくではあったが、私の耳は確かに呪文を詠唱する声が聞こえた。まずい、召喚術士だ!!

 そして、床に描かれた魔方陣の真ん中に、黒光りするドラゴンが現れた。

 ……ブラック・ドラゴン。同胞ではあるが、今は敵だ。しかし、バハムートほどではないが、かなり手強い相手だ。

「緊急事態につき……検証はしていないけど、40番、45番カット!!」

 マリアの声が聞こえた途端、体の奥から強烈な力が湧いてきた。なんだ?

「あなたの抑制されていた力を解放したの。今なら全力の50%くらいまで出せるはずよ!!」

 ……グッジョブ。マリア!!

「いくぞ」

 私は小さく呟き、とりあえず挨拶代わりのブレスを見舞った。今までの赤み掛かった色ではなく、純白に近い色のブレスに自分で驚いてしまった。なんだ、これは!?

 ブレスの直撃を受けていないにもかかわらず、剣士2名が発火して燃え尽きた。これは、さすがに私も怖い。

 あとは召喚術士だが、その前にブラック・ドラゴンだ。先ほどのブレスを見ても、平然と構えている。当たり前だ、あちらが格上。今の私でも叶わない強烈なブレスを持ち、頑丈な体を持っている。強敵だ。

「同胞と戦うのは不本意だが、召喚されたのでやむを得ない。いくぞ!!」

 ブラック・ドラゴンが渋い声で言い放つと、一気に間合いを詰めてきた。ブレスを使うつもりはないらしい。肉弾戦か……。

 相手は飛び込み様に強烈な右ストレートを放ってきた。しかし、予測済みだ!!

 それを難なく避け、私はとりあえず適当に腹を殴った。まだ序盤。これからが本番だ。

「ほう、やるな」

「ああ、これでも少しは修羅場をくぐっていてな!!」

 戦いは長期戦になった。何発殴ってもへこたれず、逆にこちらのダメージが蓄積していくのみ。さすが、格上といった所か。

「潔く負けを認めよ。命までは取らぬ」

 ナマ言ってるんじゃない!!

「冗談は戦闘後に言え。本気で来い、本気で!!」

 どうやら手加減していたらしい。この屈辱は拳で返すのみ!!

「分かった、本気でいかせてもらう。死んでも恨むなよ」

 ちなみに、ドラゴンには階級のようなものがあり、言わずと知れたバハムートを頂点にブラック・ドラゴンは上から数えた方が早く、私は下から数えた方が早い。でも、それがなんだ!! 頂点と戦って来た身だぞ。

「言うだけはあるな」

「お前もな!!」

 隙をみて叩き込んだ蹴りが効いたらしく、ブラック・ドラゴンは顔を一瞬歪めた。しかし、恐らく私の方がダメージが大きい。バハムート戦ほどではないが、なかなか効く……。

「さて、トドメをささせてもらおう!!」

「やってみろ!!」

 もはや、ただの殴り合い、蹴り合いである。型もガードもなにもあったものではない。ただの喧嘩だ。

「ええい、ブレスブレスとうるさい!!」

 ブラック・ドラゴンは自らを呼び出した召還術士を、巨大な尾でなぎ払ってしまった。術士の命令を無視していたのか!? なんたる猛者だ。

 そして……。

「おっと、私としたことが尾が滑ってしまった。戦いはこれで終わりだ。また会おう」

 そして、ブラック・ドラゴンは霧散してしまった。前にも言ったが、基本的に召喚契約は術者が死ねば解除される。脅威はもうない。本来の私が顔を出してきた……。


「……すご」

 記憶が鮮明に残るようになり、私の口から飛び出た言葉がこれだった。あんな事をやっていたのか。私は……。

「もう研究資料の宝庫で倒れそうだわ。ドラゴン同士の殴り合いなんて……」

 ……あっ、倒れた。まあ、好きでやっているわけではないのだがな。

「さて、どうしたものか……」

 戦闘で壊れたり傷ついたりしたものは、急速に復元されていく。改装した時にどうなるかと思ったのだが、ちゃんと元に戻る。特に手直しする必要はない。

 私はとりあえず蒸発せずに残った召還術士の潰れた体を部屋の隅に持って行き、細心の注意を払ってブレスで焼いた。ここまで出力が上がると、自分でも怖いのだ。

「……記憶が残るようになっても、やはり気持ちのいいものではないな」

 私はそっと天井を仰いだ。ピンクの……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る