第12話 解呪への道

「うーん……」

 アンナがずっと頭を抱えている。このところ暇なので、私にかけられた「呪い」を研究しているようだが、残念ながらそう簡単にはいかないらしい。まあ、当然だが……。

「3重拘束までくらいなら理解出来るけど、10拘束以上……どれだけ執念深いんだか……」

 私には理解出来かねる事をつぶやくアンナだが、あまり変なことをしてくれるなよ………ただでさえ厄介なのだから。

「変な事なんてしないわよ。こんな厄介な物には触らないし」

 ……全く、人間とはどこまでも悪魔的な事をする。召喚術で強引に呼び出され、私はこの迷宮の最奥部に置いていかれたのだ。ドラゴンにも感情はあると、あの術士は知らなかったのだろうか?

「えっと、研究成果を述べると、3番と6番、8番を『解呪』すれば、戦闘モードは開放出来ると思うけど、他が影響を受けてどうなるか分からない。だから、解呪はやめておくね。申し訳合いけど……」

 ずっと調べ続けて疲れたのだろう。アンナが床に横になった。

「あまり無理はするな。召還術や呪術は専門ではないのだろう?」

 私が聞くと、床に寝転がったままアンナはニヤッと笑った。

「私ね、王族だけど無理を言って一般の学校に通っているんだ。専攻は『古代魔法』『召還術』『呪術』よ。こういうの専門なの。これでもね」

「ほぅ、それは凄いな」

 よく分からないが、とにかくそう答えておく。

「ああ、そうだ。研究後のストレッチ代わりに、『古代魔法』に『姿を変える』っていう魔法があってね。例えば……」

 アンナは素早く呪文を唱え、その体が光に包まれた。

「はい、こんな感じ。これがあなたの姿よ」

 アンナの姿はドラゴンに変わった。

 ……初めて見た。自分の姿というものを。ドラゴンに鏡はないのだ。

 それにしても、なにか疲れた様子だな。最低限の威圧感のようなものはあるが……。

「そう、あなたは疲れている。そりゃ、こんな所にずっといたらそうなるよ。だから、何とか開放してあげたいんだけど、私の力じゃ難しいかな……」

 そんな事、気にしなくていいのに、変わってるな。やはり。

「私のために苦労する事はない。あまり無理をするな」

 ドラゴンから元に戻ったアンナに、私は静かにそう言った。これは本心だ。外に出ることなど、とっくに諦めている。犠牲者を増やすのは本意ではない。

「『犠牲者』? フッフーン、そんなにヤワじゃないわよ、私は。かなり諦めが悪い粘着体質だから。1回寝たらちょっと迷宮の外に出て、応援呼んでくるわ。今日はおやすみ~」

 アンナはフラフラとテントに入り、数秒後には派手ないびきが聞こえてきた。熟睡しているようだな。

「今が昼か夜か分からんが……。おやすみ」

 こうして、私は1人になった。

 アンナは起きたら1度迷宮から出るといったな。出来れば、2度とここには来て欲しくない。私といてもろくな事にならないからだ。

しかし、私は無力だ。なにも手を打てない。中途半端に迷宮の「管理能力」を与えられたせいで、侵入した者がいれば分かるが、迷宮の構造を変えたり、穴が開いた場所を塞いでしまう……ということは出来ない。全く歯がゆい……。

「やれやれ、中途半端な守り人というのも辛いな……」

 私は改めてそれを噛みしめたのだった。


「じゃあ、ちょっと行ってくる!!」

 モゾモゾとテントから這い出してきたアンナが、元気よく部屋から出ていった。

 彼女の居場所を検知しようとしたのだが、全く分からなかった。

 ……そういえば、最初に来た時も突然現れたな。つくづく不思議な人間である。

「さて、久々に本当に1人だな……」

 ちなみに、現在迷宮にいるパーティは3組。1番進んでいるのが第6層。「地獄の9層」を抜けられるかは分からない。そこそこ腕がある者でも、ここで全滅する場合が多い鬼門である。

「ふむ、どうしたものか……」

 アンナが一時的に地上に戻ってくれることは嬉しい。可能ならば、迷宮の入り口を閉じたいくらいだ。しかし、なにか寂しい。矛盾しているが……。

「全く、私が人恋しいとはな……」

 思わず苦笑してしまった。悠久の時を1人で過ごしたというのに……。

『アルテミス、聞こえる!?』

 それは唐突だった。まるで頭の中に聞こえるかのように、アンナの焦った声が聞こえた。

「ど、どうしたんだ?」

 とりあえず声に出して、返してみた。

「ああ、これ思念通話っていって、使い魔との会話に使うんだけど……で、細かい話しは後!! なんか入り口に検問所みたいなのが出来ていて、衛兵に王女だってバレて捕まっちゃったの。このままだと王宮に強制送還よ。どうしよう!?」

 おおよその事は自分でさっさと解決してしまうアンナが、これほど焦った声を発した事はない。これは緊急事態だ。しかし……なにも出来ない。

「私はなにも出来ない。ブレスを吐いたところで、壁に傷1つ入らないだろう。残念だが……」

『分かっているわ。でも、なんとかして。お願い!!』

 ……難問だな。これは。

 とりあえず、この地下10階層から地上までの距離を考える……難しい。せめて部屋から出られれば……。

 1番進んでいるパーティーは、まだ8階層から9階層に掛かろうかというところ。頼むには時間が掛かる。そもそも、頼まれてくれる保証はない。その可能性は低いだろうし、「もう1人の自分」が黙って居ないだろう。どうする? 考えろ。考えろ。考えろ……。

「ああ、ダメだ!!」

 私はガラクタの山を思い切り蹴り飛ばした。ここに捕らわれている以上、私は全くの無力だ。所詮、この部屋だけで朽ちていくように呪われているのだ。

『アルテミス、思考が凄い大暴れしている。ごめん、私も無理難題を押しつけちゃった。大丈夫。こっちでなんとかするわ。落ち着いたら、いいアイディアが浮かんだから大丈夫』

 私は何も言えなかった。無力。その一言だ。何がドラゴンだ!!

『あーあ、失敗した。落ち着いて!!』

「私は落ち着いている。大丈夫だ。問題ない」

 ちょうど足下に転がっていた王冠のようなものを、思い切り蹴飛ばしながら私はアンナに返した。

『あのねぇ、嘘ついてもバレバレなの!! 電撃!!』

「うっく……」

 強烈な電撃で私は目を覚ました。

 ……ふむ、何をイライラしている。むしろ好都合かもしれんな。アンナはあるべき所に帰るだけだ。ここより快適で人間らしい生活を送れる場所に……。

「アンナよ。お前はそのまま本来の住処に戻るんだ。家出にしては長すぎる」

 すかさず電撃が飛んできたが、私は何とか耐えた。この程度でへこたれるほど、私の決意は甘くはない。アンナは本来ここに居るべき存在ではない。

『あの、思考ダダ漏れなんですけど……』

 抜かった!!

「そのなんだ。いい加減帰ってもいいかなと……いや、帰るべきだ!!」

『えっとさ、その専門家ってのがちょっと強烈な人でさ……』

 ……スルーされた!?

「聞いてるのか?」

『聞こえなーい。なんか言ったの?』

 ……くっ、どこまで我が儘なのだ。

『はーい、王女の半分は我が儘で出来ています。なんちて』

 残り半分は好奇心か? まあ、いい。そういう問題ではない。

「なぜ、ここにこだわる。興味を満たすには、もう十分ではないのか?」

 模様替えして面白くはなったが、もう十分だろう。

『生憎、まだまだ私の好奇心は満たされていないわよ。あなたを縛っている呪い。それを解かないと……』

 ……それがあったか。

「やめておけ。危険過ぎる」

 「呪い」と勝手に呼んでいるが、詰まるところは強力な魔法。下手に触れば命に関わる。『あっ、ちょっと待って。チャンス到来!!』

 それきりぱったりとアンナの声が途絶えた。大丈夫か?

「全く、とんだお転婆娘だな……」

 せめて、死んでなければいいが……。まあ、あの力量なら少々の事は大丈夫だろうが。

「この呪いを解くか……期待しないで待っておこう」

 私は思わず苦笑してしまったのだった。

 簡単に解けるようなら、私だって苦労しないのだ……


「フン、他愛もない……」

 襲いかかってきたパーティーを瞬殺して、私は「元に戻った」。

「はぁ、またこれか……」

 戦うだけ戦っておいて、後始末は私の仕事である。どちらも「私」なので文句は言えないのが……気が滅入ってくる。

 ああ、この前来た冒険者たちが言っていたが、私の首には賞金がかけられており、その金額はうなぎ登りで上昇中らしい。なんというか……複雑だ。

「そういえば、あれきりアンナからなにも言ってこないな。帰ったか……」

 ホッとしたと同時にどこか寂しさを覚えた時、入り口に白旗が振られた。

「好きに入っていいぞ」

 姿を見せたのは、長い金髪を1つに束ねたエルフの女性だった。

「お初にお目にかかる。私はマリア。ドラゴン研究が主なのだが、色々な魔法の研究もしている。厳密には専門ではないのだが、拘束魔法解除の可否を探って欲しいとアンナに頼まれてな。報酬はあなたの体を好きに調べていいという事なのだが、特に問題はないか?」

 ほう、アンナがいっていた『専門家』か。長寿のエルフは博識な者が多い。

「好きに研究していいぞ。アンナはどうした?」

 マリアに聞くと、彼女は大きくため息をついた。

「風邪で寝込んでいる。ずっとここにいて、外が冬だと分からなかったようだ。薄着で無理して私の所に来て、そのまま倒れた。医者には診せてある。大丈夫だ」

 ……静かだと思った。なるほど。

「さて、まずさっそく拘束魔法を……これは、なかなか強力だな。

 マリアが目を丸くする。

「一応私もドラゴンの端くれだ。それを拘束する魔法もそれなりになる」

「ふむ、なるほどな。ちょっと背中を触るぞ……」

 マリアは私に近づき、何やらごそごそ始めた。

「ふむ、アンナは10拘束以上と言っていたが、『詳細探査』の結果は108拘束だ。これを全て解除するには、どんな腕利きでも100年以上は掛かるだろう。人間では不可能だな。途中で寿命だ。私もここまでとなると、腕不足で弄れない。申し訳ない」

 ……まあ、そんな所だろう。簡単なわけがない。ちょっと期待はしていたがな。

「それさえ分かれば問題ない。あとは好きなだけ私を被験体とするがいい」

 私はそっと体を下げた。

「なにを言う。それは報酬だ。仕事はさせてもらうぞ」

 ん? どういうことだ??

「全ては難しいが部分的な解除は可能だ。この迷宮から離れる事は叶わぬが、迷宮内を歩き回るくらいの事は出来るようになる。3ヶ月もあれば解除可能だろうが、「命線」と呼ばれる厄介な拘束があってな、これをうっかり刺激するとお前は命を落とす。もちろん、最大限の注意は払うが、何事も絶対はない。承諾するならさっそく作業に掛かるが……」

 ……部屋から出られるか。こんな甘美な言葉はない。

「ああ、やってくれ。それと、竜鱗のサンプルと引き替えに頼みたいのだが、この迷宮の内部を動かせるようにして欲しい。入り口の穴を塞ぎたいのだよ。これ以上、無駄な戦いはしたくない」

 私は鱗の1枚に手をかけ、鱗をベリッと剥がした。ちょっとだけ痛い。

「ほぅ、これは貴重な研究材料だ。ありがたく頂戴したいのだが……この迷宮は、ある意味かなり『狂って』いる。ドラゴンを求めて色々な迷宮や遺跡を巡ったが、ここまで強力な状態保存の魔法は見たことがない。入り口となった場所は、たまたま手違いがあって崩落したのだろう。そんな場所を動かすのは難しい……」

 ……そうか。無理強いは出来ないな。

「では、その鱗は土産としておいてくれ。なにももてなせないからな」

 剥いてしまった鱗は戻せない。回収しても意味がない。

「すまんな。心苦しいが受け取っておこう。では、一通り準備を終えたらさっそくかかる。アンナとは魔法で話せるから、逐一報告しよう」

「ああ、頼む」


 こうして、アンナと入れ替わうように、マリアがここの仮住人となったのだった。

 1度慣れてしまうと、誰もいないというのは、やはり寂しいものである。私としたことが……。

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