第11話 勇者とドラゴンさん

 完全に記憶がなく、回復痛だけを受け止める。なにか、不条理な気がするが、どちらも自分だ。文句は言えない。

 アンナの話しによれば、恐ろしい事にバハムートが3体が暴れ回ったらしいが、さぞや壮絶な戦いだっただろう。この寝込むことを求められた状況だけでも十分想像は付く。

「あれだけエンシェント・バハムートと殴り合ったら、どんな回復魔法でも一発じゃ治らないわよ。しばらく安静にね」

 言われなくてもそうするしかない。腕を動かすだけで一大事業だ。

「それにしても、本当に凄い魔法がかけられているわね。バハムートが蒸発させたお宝が、もう元に戻っているわ……」

 呆れたようにアンナが言うが、私は何とも言えない。記憶にないのだから……。

「この部屋はかなり特殊だ。本当は長居するものではないのだが、体は大丈夫か?」

 魔力が強い環境に長くいると、特に耐性が低い人間は体調が悪くなる場合が多い。なぜかアンナは平気なようだが、これは例外中の例外だろう。

「心配しなくていいわよ。根性にはちょっと自信があるんだ」

 ニヤッと笑うアンナが、首から下げているネックレスを見せた。かなり凝った意匠が施された台座に緑色の宝石が収まっている。

「これで、魔力70%カット。魔法ダメージ50%カット。あとは気合いよ」

 ほう、そんな道具があるのだな。しかし、気合いと根性で何とかなるものなのか……。

「あら、私の気合いと根性は誰にも負けないわよ?」

 ……それは分かる気がする。なんとなく。

「ああ、こんな時に赤旗……」

 アンナの指さす方を見ると、入り口に赤旗が振られている。

「ごめーん、今日は予約で一杯なんですぅ!!」

 ……予約とはなにか?

 そんな事を考えているうちに、ぞろぞろと人間が入ってきた。

「『勇者』か……久々だな。今は動けん。首が欲しければくれてやる」

 不思議な事に「もう1人の自分」が顕現しない。相手は武装した人間、それも気配で「勇者」と分かっているのに。

 しかし、勇者一行様は武器を構える様子もない。こんなに簡単に私を倒せる時はないのに……。

「いや……そんな包帯グルグル巻きのドラゴン相手に、さすがに戦えないな。俺にもプライドはある」

 先頭に立つ勇者は大きくため息をついた。その他の面子も困り顔である。

「とりあえず……ナンナとメリダ、回復を……」

 勇者のパーティーから魔法使いと司祭が出てきて、魔法による回復を施してくれた。何だ分からないが、こうされると色々複雑な感情に……。

「すまんな……」

 まるでヤキモチでも焼いたかのようにアンナも回復に加わり、不思議な構図が出来上がった。

「こんな事なら、薬士も連れてくれば良かったな……。より早く回復出来たのに」

 魔法による回復は時間が掛かる。補助的に魔法薬を使うと効率がいいのだ。

「ああ、薬なら奥に薬草園がある。心得があるなら使ってくれ」

 私は誰ともなくそう言った。

「メリダ、少し魔法薬の知識があったな。早速見てきてくれ」

「分かった。ちょっと見てくるね」

 司祭がその場を離れ……悲鳴が聞こえた。

「どうした!?」

 勇者が剣を抜き、大声で叫んだ。

「あっ、ゴメン。ビックリしちゃって……ここの薬草、もう今では絶滅しているものばかりだったから……」

「脅かすな!!」

 勇者は剣を収めた。

「薬草園を見た者は、皆あのように反応する。私には価値が分からぬし、ついでに好きなだけ持って行くといい」

「うっひゃぁ、太っ腹!!」

 ああ、司祭が壊れた。

「あー、アイツはいつもあんな感じだ。気にしないでいい。そんなため息などつかないでやってくれ……」

 ……勇者よ。お前が1番呆れている顔をしているぞ。

「はい、お待たせ。今魔法薬を作るから待っていてね」

 しばらくして、司祭が山ほど薬草を持ってきた。チョークのような物で床に魔方陣を描き、その中から薬草を何種類かピックアップして、小さく呪文を唱える。すると、小瓶に入った液状の物が出来上がった。

「私の知識で作った魔法薬。ドラゴンに効くか分からないけど……」

 司祭は私に近づいた。

「はい、お口をアーンってして……」

 言われたまま口を開けると、小瓶ごと私の口に魔法薬を投げ込んだ。乱暴なようだが、床から口まで結構な高さがあるので、これは致し方ないだろう。

 小瓶をガリガリ租借し飲み込むと……おお、なんだ、この力は!?

「あっ、効いたみたいね。これは売れる。ドラゴンすら治すって!!」

 ……随分俗っぽいな。まあ、勇者一行が品行方正でなければならないという法律はないがな。

「ふむ、やっと動けるか……」

 さすがにこれだけ処置してもらえれば、元々生命力が強い私は回復も早い。

 私はゆっくり立ち上がった。

「さて、どうしようか? 私は戦いたくないのだが……」

 勇者に聞いてみた。どう考えても戦う状況ではない。

「いや、さすがに今回は撤退するよ。一度気持ちを切り替えてから来る。それでというわけではないが、俺は無類のドラゴン好きでな、少し体を調べさせてもらっていいか? ドラゴンは絶滅危惧種だし、普通は問答無用で戦闘だからな。どうだろうか?」

「ああ、私も見る!!」

 そこにアンナが加わってきた。こうなると、断る事はできない。

「分かった。好きに調べていくがいい」

 こうして、「サンプル」となった私は、2人に好きなように調べられた。

「へぇ、『ブレス線』ってこうなっているのね……」

「ああ、初めて見るがなかなか面白いな」

 まあ、始終こんな感じである。ちなみに、勇者以外はあきれ顔で大休止している。

 これでも、一応は女なので、あまりあちこち触られたり見られたりするのは……ちょっとだけ恥ずかしい。

「フフフ、アルテミスの皮を残らず剥いでやる!!」

「ほう、アルテミスというのか。いい名だな」

 こうしてたっぷり時間をかけて、私の「調査」は終わった。

「色々勉強になった。1度戻った時に研究ノートに纏める。今度ここに来るときは戦闘か……気が重いがこれは避けられん」

 勇者が腰の剣をポンポンと叩いた。

「勇者なんてやめちゃえば?」

 アンナがポツリと言った。

「それが出来れば苦労しない。じゃあな、邪魔した。皆帰るぞ!!」

 そして、勇者一行は去っていった。

「フン、変わった連中だったな」

 私は思わずつぶやいてしまった。

「まあ、色々な人間がいるからね。みんなああだと楽なんだけど、そうもいかないのよね……」

 アンナがため息をついた。

「それで、回復具合はどう? 外傷は治ったみたいだけど?」

 アンナが心配そうに聞いてきた。

「ああ、だいぶ良くなったが、まだ本調子ではないな。ブレス一発撃ったら終わりだ」

 見えないところでダメージが蓄積している。これでは、まだ動けない。

「回復待ちか……あっ、そういえば『観光客』が全然来なくなったね。静かでいいけど、ちょっと寂しいかな」

 そう言われて見れば、あれほど溢れていた見物の客がぱったりと来なくなった。ある意味、迷宮本来の姿に戻ったというところか?

「飽きたのだろう。ここまで危険過ぎるしな。遊びに来る場所ではない」

 ちょっと寂しくはあるが、本来はこれなのだ。まあ、部屋が立派すぎる点を除けばな。

「飽きたか……。まあ、そんなところかな」

 アンナは小さく笑みを浮かべた。

 私たちは知らなかった。この遺跡の入り口に検問所が設けられ、この迷宮に立ち入るのが許可制になっていたことを。

「さて、私はもう少し休む。バハムートと殴り合いをやったなんて、正気ではないな……」

 私は大きくため息を付いた。しかも、ただのバハムートではない。最強中の最強といわれるエンシェント・バハムートだ。勝てるわけがないのに……。

「分かった。私は適当に遊んでいるから、何かあったら呼んでね~」

 目の前からアンナが去り、私はゆっくり目を閉じた。人間の魔法と魔法薬も捨てたものではない。強烈な痛みを伴ってはいるが、もの凄い速度で回復している。これなら、全快までさほどの時間は掛からないだろう。


 こうして、穏やかな時間は過ぎていくのだった。

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