第10話 死闘

……くっ、これは。

 ご丁寧に赤旗を振ってから部屋に入ってきたのは、召喚術士を2人も連れたパーティーだった。最初に見た時に手練れと見抜いたが、まさか揃ってバハムートを呼ぶとは。しかも、エンシェント・バハムートという数万の時を生きている希少で老獪な存在だ。私たちの勝ち目は極めて薄い……。

「降参しろ。その首は持って帰るがな。戦っても、お前に勝ち目はない」

 アンナには遠くに下がっているように指示を出している。これは、いつものお遊びでは済まされない。

「残念だな。降参は許されんのだ。私は戦って死ぬ道しかないのだ!!」

 私はあらん限りの力でブレスを吐いたが、敵の魔法使いが放った強力な防御魔法によって弾かれてしまった。過去最大級のピンチである。

「『ダブル・滅びの光』」

 ブレスを吐き終わって隙だらけの瞬間を狙って、召喚術士が見事な連携を見せ、バハムートたちが同タイミングで青白い強烈なブレスを吐いてきた。

 ……くっ!!

 避けられたのは奇跡だろう。私が羽ばたいた瞬間、足下にあったガラクタの山が綺麗に吹き飛んだ。連中の狙いは私だ!!

 ホッとする間もなく、パーティーにいるエルフが光り輝く矢を放ってくる。まずい、どう組み立てても、勝てるルートが見つからない。いよいよ潮時か……。

「太古の風、燃えさかる炎、清らかなる水、大いなる大地、全てを統べる者……神竜バハムート!!」

 遠くでアンナの声が聞こえた。なに!?

 私はそちらをちらりと見ると、目を閉じて必死にコントロールするアンナと、まさに神々しい光を放つバハムートの姿があった。間髪入れず、強烈なブレスが1体のエンシェント・バハムートを狙って吐き出される。

 なんだ、この戦いは。バハムート同士の撃ち合いなんて聞いた事がない。私は夢でも見ているのか?

 アンナが召喚したバハムートが吐き出したブレスは、あっさり避けられてしまった。壁に大穴が開く。相手が一枚上手だ。どうやら、私よりアンナの方を脅威と見なしたらしい。2体のエンシェント・バハムートがそちらを向く。

 その間に人間やエルフたちが群がってくるが、落ち着いて片付ければいい。あちらでは、2体のバハムートとアンナの戦いが繰り広げられている。早く加勢しなくては。

「邪魔だ!!」

 とはいえ、こちらも手練れだった。簡単には倒せない。散々剣戟を受け、矢や魔法が山ほど飛んでくる中、私は再びブレスを吐いた。今度は防御魔法を使う暇がなかったらしい。まずは、何かと目障りなエルフと魔法使いが消滅した。あとは、近距離で攻撃してくる剣士や戦士だが……これが見事な連携を見せ、どうにも手に負えない。くそ!!

 あまり見ている余裕はないのだが、チラチラとアンナの方を確認すると、まさに最強ブレスの乱打戦だった。こんな戦い、まずあり得ない。あまりグズグズはしていられない。急がねば……。

「本気で邪魔だ!!」

 私は禁じ手に出た。自分の体を焦がしながら、うろちょろしている人間たちを全て焼き払った。各個撃破などしている余裕はない。

 そして、残った召喚術士に向かって本気のブレスを吐くが……防御結界だ。これは厄介な事になった。

 私は1体のエンシェント・バハムートの背後に回り、思い切り背中を蹴飛ばしてやった。意識をこちらに向ける目的ではあったが、あまり深い意味はない。ただムカついたのだ。

 それが気にくわなかったようで、そいつがこちらを向いた。これで、アンナもだいぶ楽になるだろう。さて、これからが本番だ。

 前に戦ったバハムートより強力な相手だ。遙かに格下の私が勝つためには、まずブレスをどうにかしなければならない。そのためには……殴り合いしかない!!

 私はほぼゼロ距離で吐き出されたブレスをかわし、お返しに顔面に一発くれてやった。すぐさま反撃が来る。強力なパンチが体に入る。このジジイ……今のは効いた。

 少々よろけてしまった私だが、すぐに持ち直してパンチのコンビネーションを放ち、最期は蹴りをかましてやったが、あまり効いている様子はない。さすが、老いてもバハムート。

「やるな、小僧」

 生まれて初めて聞いたバハムートの声は、低く渋いものだった。……小僧って。「私は女だ!!」

 渾身のアッパーをかわされ、ガラ空きになったボディに強烈な蹴りが入った。

「そうか、女だったか。それは失礼した」

 思わずうずくまってしまった私の背中に足を乗せ、ジリジリと体重をかけながらバハムートは静かに言う。……ダメだ。格が違いすぎる!!

「もう終わりか? つまらんな」

 この瞬間、頭の中で何かが切れた。コノヤロウ……。

 私は力任せにバハムートの足を払いのけて立ち上がり、再び対峙した。そして、殴り合いが再開される。互いにノーガード。ひたすら蹴りとパンチの応酬が続く。

「ふん、なかなか見込みがあるな」

「うるさい、ジジイ!!」

 アンナの様子が気になるが、見ている余裕はない。

「さぁ、もっと来い。ガンガンこい」

「言われるまでもない!!」

 思いの外熱いジジイである。ブレスなんて要らない気もする。素手で十分過ぎるほど強い。

「フン、背負い投げ!!」

 ちょうどパンチを繰り出した私の手を取り、ジジイは私を投げた。こ、こんな技を……。あのバハムートがやる事か??

「なに、年の功だ。ほら、来い!!」

 体の節々が痛いが、黙っているワケにはいかない。肩で息をしながら、私は再び肉弾戦に入った。こんな事なら、投げ技の研究をしておけばよかった。

 散々打ちあった後、急にエンシェント・バハムートの動きが止まった。

「どうやら術者の魔力が尽きたようだ。名を聞いておこう」

「あ、ああ、アルテミスという……」

 私は素直に返した。

「そうか、名を覚えておこう。再び相まみえよう」

 まるで解けていくように、ジジイ……エンシェント・バハムートは消えていった。

「……冗談じゃない。こんなの」

 私はその場に倒れてしまった。まだ1体いるのは分かっているが、もう体が動かない。

「アルテミス!!」

 アンナが駆け寄ってきた。

「あ、ああ、そっちは終わったのか?」

「うん、相手のバハムートが急に消えてちゃってさ」

 こっちも同じか。

「すまんが、あの召喚術士共を始末しておいてくれ。私はもう動けない……」

 情けない。我ながら……。

「ああ、それなら大丈夫。私の『護衛』がもうやった」

「そうか……では、私はまた消える。恐らく記憶にないだろうから、武勇伝でも語ってやってくれ」

 私は静かに目を閉じたのだった。

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