第9話 商人
その日は「当たり日」だった。部屋の改装ブームも去ったのか、次々と「赤旗」が振られる。しかし、律儀だな……。
「悪いな。お前を倒さねばならない。国王様直々の命だ。世界の……うわっ!?」
いきなりアンナが斬りかかった。相手は一応「勇者」だ。せめて最期の口上くらい聞いてやるのが筋ではないか? まあいい。やる事は一緒だ。相手は6人。全員が人間で、なぜか1人、恐らくは商人が混じっている。コイツがくせ者かもしれんな。
「ブラスト・フレア!!」
ほう、「一般人」で使える最強の攻撃魔法か。私は飛んできた光球を片手で握りつぶした。爆発が起こったが、造作もないことだ。
「……強い!!」
魔法使いは驚嘆の声を上げた。まぁ、このくらいの芸当がなければ、ドラゴンとは言えないだろう。さて、こちらも仕事に掛かるか。ちなみに、アンナは勇者と熱い戦いを繰り広げており、護衛ゴーレムたちは早速その他の面子に襲いかかっていた。
こうなると、私は手が出しにくくなる。邪魔とは言わぬが、味方を吹き飛ばす事は呪いの縛りで出来ない。巻き込む恐れがあるときは、なにも出来ないのだ。
「困ったものだな……ん?」
密かにマークしていた商人が、何やら計算機のようなものを素早く叩いている。そして……。
「しめて、1億7千万飛んで8750枚。ヒャッホー!!」
商人が叫ぶと同時に、黄色い光の幕に覆われた。なんだ?
「これは久々の大取引。テンションマーックス!!」
長剣を抜いた商人が、混戦を抜けて私に迫ってくる。私の反応が一瞬遅れた隙に、胴の部分を袈裟懸けに斬り割かれた。
「くっ、お前何者だ?」
ドラゴンでも出血はする。これでも生き物だからな。ダラダラと血を流しながら、私は思いきり右腕を腕を振ったが、敵の方が圧倒的に素早い!! 体のあちこちを斬られ、片翼も落とされてしまった。やはり、くせ者だったか!!
「ああ、失礼。私は取引額が多いほど強くなるんです。今回は最大値ですね!!」
言いながら、私の自慢である尾に剣を叩き込む。ただの剣ではないことは確か。私の尾は根元からあっさり斬り落とされてしまった。これはマズい。勝てる気が微塵もしない!!
「なかなかやるな……」
強がろうとしたが、その元気はなかった。なんとか、そう言ったのみ。
「意外と弱いですね。では、仕上げに掛かりましょう!!」
商人は素早く接近し、全力を振り絞った私の両腕を避け、私の体を一気に駆け上り、首筋に剣を当てた。
「王手。さようなら」
思わず目を閉じ、その時を待ったが……ガキーンと剣を打ち鳴らす音が聞こえた。
「うん?」
見ると、私の背中で商人とアンナが戦っている。
「やめろ、そいつはもはや人間の強さでは……!?」
声をかけたが必要なかった。得体の知れない青い光の膜を帯びたアンナが、黄色い光の膜で全身を包んだ商人と剣を合わせていた。強烈な殺気を放つアンナには、「覚醒」状態の私ですら寒気が走った。その顔は静かに、しかし、確固たる怒りが浮かんでいた。
「アルテミス、もう少しだからちょっと待っててね!!」
言うが早く商人に突っこんだ彼女は、反撃の隙すら与えずに商人の首を切り飛ばした。
「意外と弱かったね。さようなら」
剣を鞘に収め、動かなくなった商人にアンナが冷たく言い放つ。そのセリフは……商人に対する皮肉か。
「では、私は消えよう。あとは頼んだ……」
「ぬぁ……くっ……」
例によって記憶がない。しかし、このやられ具合は尋常ではない。どんなバケモノと戦ったというのだ……。
「うわ……これは普通にやったんじゃ回復できないね。結構強力なのいくよ。回復痛特盛りだけど、ショック死しないでね」
「ま、待て。心の準備が……うがっ!?」
痛みではない、もはや電撃だ。アンナの呪文と共に、傷ついた体の修復が始まった。
こうして、斬られるより痛い回復は着々と進んでいく。私は何とか意識を保つのが精一杯だった……。
戦い三昧のあとは平穏あり。迷宮は再び静けさを……取り戻していなかった。
「……アンナよ。これはどういうことだ?」
「うーん、私に聞かれてもねぇ」
部屋に溢れているのは、子供を連れた連中だった。慌ててアンナがガラクタに「不可視化」の魔法をかけたくらいだ。子供は何をするか分からな……って、私に乗るな!!
「ここは迷宮だぞ。魔物共、仕事しろ!!」
漏れ聞く話しによれば、凄腕の護衛付きでこの迷宮に入るのが、世間一般の流行になってしまったようだ。随分と「客層」が変わってしまったな。
「入場料でも取ろうか?」
アンナがため息をつきながらポツリと漏らした。
「やめておけ。本気で遊園地になってしまう……」
まあ、年中混んでいるわけではない。人が退く時間もある。時計とかいう道具で時間を見て、帰りの時間を計算しているらしい。
「はぁ、やっといなくなったか……」
混んでいた人の群れも去り、迷宮はつかの間の静寂に包まれた。
「ここ最高難度の迷宮だし、アルテミスの首には賞金が掛かっているし、遊ぶ場所じゃないんだけどな……」
アンナの言う事はごもっとも。ここは遊びの場ではない。
「王令で立ち入り禁止にしてもらいたいけど、転送魔法なんて使ったらここに居るってバレちゃうしなぁ」
……なにも言わない。なにも思わない。電撃を食らうだけだ。
「あら、分かってきたじゃない。フフフ」
イタズラ少女の悪魔の笑み。怖いぞ。
「少女って歳じゃないわよ。怖いのは正解だけどね」
……むぅ。
「さて、私はもう寝るわ。疲れちゃったよ」
珍しく疲労の色を顔に出したアンナが、フラフラとベッドに倒れ込んだ。そう、ベッドまであるのだ。名高い職人が1から作ったものだ。値段は聞かない方がいいだろう。分かったところで、人間の通貨の価値など分からないしな。
「さて、私も休むか……」
一応、それっぽくガラクタの上に乗り、私も軽く目を閉じた。何年も寝なくて平気ではあるが、軽く休憩する事は大事だ。
こうして、よく分からない方向に進みつつある迷宮の未来を案じながら、私はこっそりため息をついたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます