第7話 改装
「ん? 模様替えだと」
アンナがまたすっとこどっこいな提案をしてきた。
「うん、模様替え。ここ殺風景過ぎるのよね。壁はピンクがいいかなぁ……」
ピンク!?
「あ、あのな、ここには『復元』の魔法が掛かっている。塗っても元に戻るだけだぞ」
そうでなければ、とっくに崩落しているだろう。ここの模様替えなど不可能だ。
「大丈夫。行商人隊にペンキとか、必要なものは持ってきてもらっっているから。もちろん、抗魔法性能特Aランクの強力なやつをね。ここの壁でも塗れるよ」
……整理している時に気が付いたが、確かにあった。なにに使うのかと思ったのだが、まさかここの改装とは。
「手伝ってね。私1人だと高い所までは無理だから……」
「あ、ああ、分かった」
なにか「ドラゴンの使い方」を間違えている気もするが、こうして一大事業は始まったのだった。
「ここまでだ『魔竜』!! 剣のサビに……って、何をしている?」
また「お客様」だ。顕現しかかった「もう1人の自分」だったが、相手の戦意が喪失した段階で引っ込んだ。それはそうだろう。もう20人の「お客様」が働いているのだから……。
「あー、ちょうどいいところに来た。ちょっと手伝って。奥の方まで、まだ手が回らなくて……」
唖然としている「お客様一行」にペンキの缶を渡し、アンナは小さく笑みを浮かべた。
「あ、ああ……って、なんで俺たちが!!」
ドン!!
私ではない。アンナが魔法で小さな爆発をおこしたのだ。固まる「お客様ご一行」。強制と脅迫。アンナの得意技だと最近知った。
「ただとは言わないわ。この宝物は触るとまずいけど、あっちの薬草園は大丈夫だから、好きなだけ採っていいわよ。換金したらぶったまげると思うわ」
アンナはにこやかに、ペンキ缶を押しつける。
「わ、分かった。奥だな……」
こうして、また5人。アンナの手下が増えたのだった。なんだろう、私よりよほど「魔竜」な気がする。竜じゃないが……。
「アルテミス、何か言った?」
ごめんなさい……。
「さて、ガンガン行くわよ。疲れたら疲労回復するから、無理しないで言ってね!!」
アンナが大きな声を張り上げると、全員が「おうっ!!」と返す。気のせいか、ここに来た時よりみんないい顔をしている。皆の汗を拭う姿が美しいとさえ思える。灰汁が抜けたのか何なのか……。
「食事できました~!!」
タイミング良く、力仕事が苦手な魔法使いやらなにか、その辺りの職業の人たち総出の炊き出しが終わったらしい。なにか、本気で建築現場だな。ここは。
「おーい、飯だぞ~。手が空いた者から手早く済ませろぉ!!」
現場監督アンナ。今度からそう呼ぼう。
「……どこで、道がずれた。私は1人で塵になるはずだったのだが」
しかし、悪い気はしない。戸惑いはするがな。
「アルテミス、ゴチャゴチャ言ってないで飛んで。ちゃちゃっと塗っちゃうから!!」
はいはい……。
王女アンナ。その謎は多すぎて、もうどうでもよくなった。
ただ1つ言える事は……結構我が儘だ。
「あー、手元が滑った~」
思い切り頭にペンキをかけられ、なにか本気で泣きたくなった。私には思考の自由もない……。
迷宮に時間はない。しかし、食事の回数で数えて約1ヶ月後。ついに改装は完了した。最終的な作業員の数はおよそ30名。ピンクを基調としたやたらファンシーな空間の中で、ささやかなパーティーを開いて労を労い、今は皆薬草園で「報酬」を受け取っていた。キャーキャー声が上がるところをみると、よほど貴重なものなのだろう。
実は「保険」でアンナが宝物に結界を張っていたのだが、驚く事に誰もそれに手を付けようとしなかったのである。人間という生き物は、つくづくよく分からない。これが狙いだったろうに……。
「人間も捨てたもんじゃないって事。強制と脅迫で動かせば、余計な事は考えなくなるわよ」
アンナが笑いながらそういう。
……いや、なにか違う気がするが、まあいい。
「しかし、いくら強制と脅迫でも、絶対仕事放棄すると思っていたのに……。しかも、終わったらあの笑顔だ。あんな顔をした『お客様』は見たことがない」
アンナは別として、笑顔の人間など見たことがない。汗が美しいなんて思った事もない。私の中でなにか皮が1枚剥がれた気がする。
「戦わなくていいって分かればこんなもんよ。まっ、ちょっと強引だったけど、連中も毒が抜けたでしょ」
ちょっとではない。かなり強引だ。
「いいじゃん。連中にはちょうどいいわ」
アンナは笑う。本当に良く笑う。いいことだ。
「あなたも笑ってみなさいよ。気分スッキリよ」
「無理」
残念ながら、ドラゴンに笑うという「機能」はない。
「あら、もったいない。まあ、いいわ。さて、帰りの誘導しなきゃね」
薬草園から山ほど薬草を摘んでやってくる皆の姿を見ながら、アンナはそう言ったのだった。
一時の喧噪は収まり、私はまたアンナと2人になった。
「なぁ、ちょっと女の子過ぎる部屋ではないか? アンナはいいだろうが、私はドラゴン。こんな厳つい姿では……」
「いいじゃん。あなたも女の子でしょ?」
アンナがニコニコ笑顔で言う。まあ、確かに女ではあるが……悲しいかな。女の子という年齢は過ぎてしまっている。
「まあ、これも気分転換になるか。ちょっと戦えない感じではあるが……」
この部屋で戦えるかと言われれば、かなり厳しい。ここに至るまでには、様々な罠や魔物を乗り越えてこなければならない。そして、これだ……呆れて戦意がなくなるだろうな。
「あら、いいじゃない。アルテミスは戦いたくないんでしょ。万が一戦いになっても、古代魔法の薄い結界膜でクリアコートしてあるから、ペンキが剥がれる心配はないわよ」
要するに、暴れても平気な空間ということか……。
「ん? 『客』が来たみたいだぞ。20人!? 多すぎるな……」
行商隊だろうか? 凄まじい早さで迷宮を進んで行く。
「20人なら行商隊じゃないよ。あれは100人単位で来るから」
アンナも訝っている。実に中途半端な人数なのだ。
「まあ、待つしかないのだがな……」
忘れていたが、私はこのガラクタの守護者だ。万一それが狙いなら、またあの忌々しい「もう1人の自分」に支配される。せっかく気分がいいのに台無しだ。
「ああ、やはり第9層で引っかかったか……」
この迷宮の第9層は実質守りの最前線。ここを抜ければもうこの部屋だ。それなりの仕掛けが施され強力な魔物も放たれている。
「おっ、抜けるか……」
さて、望まぬ仕事の準備だ。私はそれっぽくガラクタを守る立ち位置で待ち構える。その横には剣を抜いたアンナ……。
階段を大勢が降りる音が聞こえ……部屋の入り口に白旗が差し出された。同時に、武器類が投げ捨てられる。
「我々に敵意はない。財宝にも興味はない。職人の集まりと僅かな護衛だ!!」
姿は見せず、階段から図太い声が聞こえてきた。職人??
「なぜここに?」
アンナが剣を構えたまま、その声に返した。
「ああ、街で話題なんだ。あの『魔竜』の部屋を改装したってな。それで、どんなものか見に来たんだ。危険を承知でな」
再び図太い声が返ってきた。
「分かった。ゆっくり入ってきて!!」
アンナが叫ぶと、入り口からぞろぞろと人が入ってきた。皆それなりの年齢に達している人間の集まりだ。皮鎧こそ着ているが武装はしていない。その代わり、何か道具箱のようなものや持てる範囲の資材を持ってきている。
「嘘じゃないみたいね」
ここでアンナは剣を収めた。
「ちょっと見させてもらってもいいかな?」
先ほどの声とは違う初老の男性が一言言った・
「ああ、構わん。好きに見てくれ」
私がそういうと、20名はそれぞれ部屋中に散った。
「ふむ、素人仕事にしては良く出来ているな。しかし、ここを……」
やはり、プロの目は鋭く厳しい。次々に改善点をリストアップしていく。いつから、ここはそういう部屋になった!?
「いいんじゃない。こういうのも」
アンナは小さく笑った。
……いいのか? 本当にいいのか!?
「よし、大体分かった。あとで若い連中を連れて来て、本格的に作業をする。もっといい部屋になるぞ」
……えっ?
「ま、また工事……」
なんなのだ、この展開は。ついていけん!!
「報酬は……」
アンナが言いかけた時、職人の1人が言い放った。
「もう貰った。二重取りする悪人ではない」
誰が!?
大いなる謎を残し、職人集団は去っていった……。
何と言うことでしょう……失礼。
かび臭くジメジメした部屋は、今や本当の「部屋」になった。快適すぎて困る……。
「ほへぇ、さすがプロ。早いし上手いし……これは勝てないね」
アンナですら口をアングリ開けている。
「迷宮というよりは、貴族だったか? なにかそんなものが住んでいる部屋みたいだな」
人間には階級がある。それは知っている。その中でも上流と呼ばれる貴族の屋敷は、多分こんなのだろう。推測だが。
「城にある私の部屋より広くて豪華なんですけど……。死ぬまで住んじゃうかな?」
……いい加減帰れ。親が泣いてるぞ!!
「電撃!!」
アンナが叫んだ瞬間、私の体を強烈な電撃が駆け抜けた。……くっ、効いた。
「これ、使い魔の調教用の機能。変な事を言ったら、ビリビリッといくよ?」
アンナがニヤリと笑った。ああ、私って、私って……。
「落ち込まないの。元気にいこう!!」
「お前が落ち込ませたのだろうが!! ぎゃぁぁぁ!?」
先ほどより強烈な電撃に、私は思わず悲鳴を上げてしまった。
あなたは聞いた事があるか? ドラゴンの悲鳴。それがこれだ!!
こうして、バタバタの時間は過ぎ去り、私のメンタルは修復困難なほどボロボロになったのだった。部屋より私のメンタルを直して欲しい……。
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