第8話 戦闘
模様替えの「攻撃」は、いかなる魔法や武器、またはブレスよりも破壊力があった。
目を三角にして突っこんで来た連中が、この部屋に入った途端に目を丸くして固まり、私たちと穏やかにハーブティーを飲んで談笑の後、手土産に薬草園から適当に薬草を持って帰る。そのパターンが続いている。
なんだか、私がここにいる意味が分からなくなってきたが、忌々しい迷宮の呪いだけは断ち切れなかった。つまり、この部屋から出る事が出来ない事に変わりはない。
外の話しを聞くうちに、だいぶ変わっているのだなと思い、この目で見てみたいと思うようになってきたが、それは叶わぬ事。所詮は「遺跡の守り人」に過ぎないのだ。
「アンナよ。電撃抜きで聞きたいのだが、本当に帰らなくて大丈夫なのか? さすがに親も心配しているだろうし、私といても面白い事はそうないと思うが……」
ハーブティーを飲みながら、私はアンナに聞いた。
「最強電撃!!」
……だから、それなしでって!!
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
私の意識が一瞬途切れた。
「はぁはぁ……心臓が止まるかと思ったぞ!!」
無駄と知りつつ、私は文句を言ってみた。
「変な事言ったからよ。もう一発いっとく?」
……なぜか分からぬが、アンナは怒ったようだ。私は当たり前の事を言ったつもりだが。
「私の家庭事情を、アルテミスが心配する必要はないわ。その時が来たら、ちゃんと帰るから安心して」
もう電撃は嫌だ。私は黙ることにした。一切触れないでおこう。
「しかし、こう平和だとボケそうだな。戦い三昧は勘弁だが、筋トレでもするか」
隣の芝は青いとはよく言ったものだ。流血ばかりだった頃が懐かしくもある。まあ、戻りたいとは思わないが、調子が狂うのは事実だ。
「ドラゴンの筋トレねぇ。面白い。やってやって!!」
ふう、冗談だったのだが、また電撃くらいそうだし、腕立てから行くか……。
ビビってると笑うなよ。あれは本当に死ぬかと思うぞ!!
「さて……いや待て、また来客だ。もうそこまで来ている」
穏健な客が増えたのはいいが、忙しくなってしまった。ここまで来るのも大変だというのに、人間とは面白い生き物だ。
入り口に敵意がない事を示す白旗が振られる。アンナが物資を覆っている布を切り、入り口に常備したもので、戦いが目的なら赤旗、それ以外なら白旗と勝手に注意書きまで壁に書いてしまったのだ。意思表示がない場合は、自動的に害意がある見なすとまで書いてある。
「どうぞ」
私は一言。なにか、ここが私の自宅のようになっているのは、我ながらどうかと思うが……。
「お邪魔するよ。わしたちは薬草の研究者でな、最近街で出回っている今では絶滅してしまった薬草について研究したくてな。あれが薬草園だな。立派なものだ」」
4名の護衛と思しき冒険者を連れてやってきたのは、人間ではなかった。恐らく、ハーフフットと呼ばれる、背が極端に低い人間という感じの種族で、手先がとても器用で頭脳明晰で知られる。恐らく夫婦だろう。2人組だ。
「薬草に興味があるなら、案内しよう。生憎、名前は知らんがな。サンプルが欲しければ好きなだけ採取していいし、種も必要なら持っていけ」
私がそういうと、2人組は軽く頭を下げた。
「ぜひお願いしたい。ここから見ても、すでに卒倒しそうな薬草ばかりだがな」
こうして、ついに大森林? まで成長した薬草園の旅が始まった。アンナは留守番だ。誰が来るとも分からんしな。
……ん? これは役割が逆ではないか??
一瞬そう思ったが、とりあえず気にしない事にした。害意がある者がくれば、室内のどこにいても分かるしな。
「こ、これは……なぜ、ここに!?」
「ええ、凄いですねぇ」
時間をかけゆっくり巡っている間、客人は終始こんな感じだった。サンプルや種の採取にも余念がない。研究者というのは、いちいちリアクションが大きくて面白い。
こうして戻ると、アンナはハーブティーの準備をしていた。
「疲れただろう。一服入れてくれ」
私は2人の研究者に椅子を勧めた。
「いやいや、今すぐ帰って研究したい。申し訳ないが……」
「まぁまぁ、せっかくですから頂きましょう」
ナイスコンビである。こうして、ささやかな茶会が開かれた。
「へぇ、国が認定した学者さんなんですね」
アンナが普通に会話を進めている。ちゃんと喋れるんだな
「『電撃』」
うっく……。
「ん? どうした、急に頭を抱えて」
夫の方が声をかけてきた。
「い、いや、頭痛持ちでな。気にしないでくれ……」
頭痛持ちのドラゴン。無理があるか……。
「そうか。あの薬草園にあるヒソクサが効くぞ。これだ」
と、サンプルを見せてくれたが、残念ながら頭痛ではない。
「あ、ああ、ありがとう」
アンナ……頼む。それはもうやめてくれ!!
「さて、美味い茶をご馳走になった。私たちはこれで失礼する。また会おう」
そう言い残して、学者たちは帰っていった。ここもすっかりイメチェンされたものだ。前など戦いばかりだったからな。
「あ、アンナ、もう電撃は止めてくれ。脳が壊れそうだ。ホントにもう、お願いします……」
最後は土下座。ああ、卑屈だ。それがどうした!!
「フフフ、やっぱり効くんだねぇ、これ。ドラゴンすら土下座するとは」
……
「思考封鎖。考えたね。でも、そういうことすると、電撃……」
「ああ、止めてくれ!!」
勝てぬ。勝てぬぞ。どういう育ちを……
「『うるさい、黙れ!!』」
……(こっちもあったか)
「そう、こっちもあるの。残念でした」
「はぁ、すまん。1人にさせてくれ……」
私は部屋の隅に移動し。そこで体育座りをした。泣いていいか?
ある日……といっても、ここでは時間など関係ない。ガラクタの上でうたた寝をしていると、入り口に赤旗が振られた。ぬぉ!?
「うわ、噂以上の凄い部屋だな……」
入ってきた5人組が目を丸くしている。もう慣れた反応だ。
「あ、ああ、悪いな。こんな立派な部屋で戦いなんて、俺もやりたくないんだが、その財宝をな……行くぞ!!」
全員が構えると同時に、久々に「もう1人の自分」が顔を覗かせてきた。
「今のうちに逃げろ。もう制御が……
「全く、何をやっているのだ……」
私はため息をついた。まあ、いい。やっと、本来の役目を果たせる。
敵は人間の剣士にエルフの魔法使い……ん? 格闘家とは珍しい。女だが強そうだ。あとは回復役の司祭か。まあ、敵ではないだろう。楽しませてもらおう。
「オール・バリア!!」
魔法使いが強力な防御魔法を張った。なかなかの力量と見た。どうやら、ブレス対策で様子を見たようだが、そう都合良く相手の思うとおりには動いてやらない。私はその場を動かず、防御魔法が切れるのを待った。
「おい、何もしてこないぞ!!」
剣士が焦りの声を上げた。
「慌てるな。さすが『魔竜』と言ったところか……」
エルフが剣士を宥める。今回、私は必殺のブレスを使うつもりはない。そればかりでは芸がないからな。
そして、防御魔法が切れた。間髪入れず、私は尻尾でなぎ払ったのだが、全員素早く待避して空振りに終わった。その隙を突かれ、私の体に剣がめり込む。銘は分からないが、かなりの名剣とみた。私の闘争本能に火が入る。やはり、こうでなければな。
「痛いではないか。お前たちには敬意を払おう。そして……死ね!!」
とりあえず、すばしっこい格闘家を右手で捉え、そのまま握りつぶした。ここで、アンナの乱入である。腕が立つ剣士を狙ったようだ。そこに私ではなくエルフの強力な攻撃魔法が襲い掛かり……私は格闘家の死体を投げ捨て、反射的に手でそれを防ぐ。大爆発が起こり、私の手とアンナ、剣士が爆風で吹き飛んだ。2人とも動かない。味方まで巻き込むとは、かなりの無茶をする。次はコイツだ!!
片手が吹き飛んだ私は、羽ばたいて飛び上がり、元凶のエルフめがけて降下。体当たりでぐしゃりと潰すついでに、近くにいた司祭も残った手で潰しておく。残りは剣士だけだが……完全に気絶している。「害意がない者には手を出せない」という縛りがあるが、これでは戦闘継続かどうか判断出来ない。全く抵抗出来ない者を攻撃するというのは……さすがの私も躊躇いを感じる。以前なら、容赦なく踏みつぶしているだろうが……なぜか出来ない。私もすっかり鈍ったものだ。あとは、「もう1人」に任せよう……。
「あぐっ!!」
強烈な痛みに、私は声を上げてしまった。何があったかは例によってあやふやだが、左手が根元からごっそりなくなっている。そして……・
「アンナ!!」
やや離れた床に倒れていたのは、アンナとあの声をかけてきた剣士だった。何があったかはあやふやだが、相当な事が起きたのは間違いない。
「大丈夫。息はある。こっちの剣士は……ダメか」
アンナの傷は大した事はないが、剣士はかなりのダメージを受けていた。微かに呼吸はしているが、もうもたないだろう。
「……そうだ。薬草!!」
ただのお茶会ではない。私にとっては勉強の場でもあった。そこで学んだ知識が、早速役に立つ時が来た!!
薬草園に文字通り飛んでいき、強力な回復効果をもつ薬草を、手当たり次第に引っこ抜く。そして、再び元に戻ると……。
「……手遅れだったか」
青年はすでに事切れていた。傷から見て私のブレスに似ているが、そんなものを受けたらこんな傷では済まない。では、誰が……?
この謎に答えられるものは、全て原形を留めていない。分かったところでどうだという話しだが……今は、ちゃんと弔おう。
部屋の片隅に全ての死体を集め、ブレスで焼く。このところなかったが、毎度のやり方だ。
「ん……あれ、私?」
全てが終わってしばらくして、アンナが目を覚ました。
「あれ、ちょっと、アルテミスの左腕がない!?」
私が近寄って行くと、アンナは悲鳴のような声を上げた。
「ああ、ない。例によって何が起きたかは分からないが、なにかよほどの事があったのだろう。お前が無事で何よりだ」
私は床にどっかり腰を下ろした。よく勘違いされるが、ドラゴンに再生能力はない。そんな都合のいい話しがあれば、かなり楽なのだがな……。
「今回復させる。かなり回復痛があるけど、我慢してね!!」
その前に自分だろう。見るからに結構なダメージだぞ。
「確かにそこら中痛いけど、アルテミスほどじゃない!!」
「大丈夫だ。それは痛みはあるが、まずは自分を大事にしろ」
慌てるアンナに言って聞かせた。素直に言う事を聞いて欲しい。それが私の強い願いだ。
「……分かった。先に自分を」
アンナの体が緑の光に包まれる。かなり高度な回復魔法だ。
「いたた……。やっぱり急速治癒は無茶ね。さて、次はあなた。その具合だと死んだ方がマシくらいの痛みがあるけど、覚悟してね」
……え?
「あ、あの、出来れば穏便に……」
「……リバース!!」
私の体が緑の光に包まれる。そして……」
「うぐっ!? ぐわぁぁぁぁ!!」
みるみる失った左腕が再生されていく。それはいいのだが……痛みでどうにかなりそうだ。
「ドラゴンでしょ? しっかりしなさい!!」
アンナの声が聞こえたような気がするが、それどころではない。
こうして、私の回復は終わった。痛みがなくなると、私は思わずその場に倒れ込んでしまった。それだけの苦行だったのだ。
「はぁ、久々に動いたけど鈍っているわね……アルテミス。相手お願いね。嫌って言ったら……」
電撃or命令。もう分かっている。こうなったら……」
「アンナと戦うのは不本意だが……本気でやらせてもらう!!」
恨み辛みもある。私は再生したばかりの左腕でなぎ払いをかけた。
「おっと!!」
しかし、アンナはあっさり避け、代わりに剣を首筋に食い込ませてきた。動きが速すぎる!!
床に下りた所で踏みつぶしを試みたが、こんなものでやられるようなアンナではない。いともあっさり体を転がして避けると、少し間合いを空ける。
「へぇ、やるじゃん。私も本気でいくか!!」
アンナが剣を構え直す。ちょっと待て、死ぬぞ!!
「大丈夫、死なない程度には調整するから。行くよ!!」
アンナの変幻自在な剣技の前では、私などまるで相手にならなかった。このままやられっぱなしで終わるわけにはいかない。私は隙をついて思い切りブレスを吐いた。あっ、しまった。これじゃアンナが死ぬ!!
しかし、アンナは超人的な動きでブレスを「真っ二つ」に斬って見せた。なんと!?
「へぇ、これがブレスの威力ね。確かに堪らないわ。普通ならね!!」
アンナは器用に私の体を跳ぶように乗ると、首筋に剣を当てた。
「チェックメイト。なかなか楽しかったよ」
アンナは剣を収めた。ま、負けた……。
「まあまあ、落ち込まない。アルテミスじゃ準備体操くらいにしかならないってよく分かったわ」
カラカラ笑うアンナと対照的に、私のメンタルはまた完全に破壊されたのだった。
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