第19話 ドラゴンの料理

 アンナが鼻歌を歌いながら、なにやら食事の支度をしている。へっぽこでも「神」である彼女に食事が必要なのか聞いてみたのだが、「食べない人も食べる人もいます。でもお酒は欠かせないです。私たちの潤滑剤みたいなものです!!」だそうだ。

「たまにはアルテミスも食事付き合って下さいよ!!」

 アンナがニコニコ笑顔で言ってきた。ここに置いてあるものは、保存が利く食料しかないはずだが……。

「はい、心読みました~。大丈夫です。私の「力」で生物も保存しています。先日、卵があったじゃないですか」

 ……そういえば、あったな。

「出来ましたよ。今日の朝ご飯はささっと……」

 テーブルに並べられていたのは、見たことがない料理だった。麦酒だけは分かったが……。

「これは、最近街で大ブーム中の異国の料理で、チャーハン、餃子、ラーメンだったかな? なんかそんな感じの料理です!!」

 ほぅ、異国の料理か。興味が湧いてきた。

「では、頂くとしよう」

「はい、では頂きます!!」

 アンナがチャーハンとやらを口にした瞬間、思い切りそれを噴射した。

 まあ、魚の尾が見えていたり、嫌な予感はしていたのだが、危うく殺される所だった……。

「すいません、これ廃棄で……」

 私は黙ってテーブル上の料理を全て片付けた。

「不味いな。確かに……」

「アルテミス? なんで??」

 困惑気味にアンナが聞いてきた。

「せっかくお前が作ったのだ。食べるのが礼儀というものだろう。それに、食材が勿体ない」

「あ、ありがとうございます!!」

 まだ困っている様子だったが、それでも元気に礼をいうアンナ。

「全く、料理の1つも出来んのか。いいだろう、ついでだ。簡単なものを2、3作ってやるから見て覚えろ」

 何百年ぶりか、料理をするのは……。ここにいては年月の流れも分からぬがな。

 私が使うにはいささか小さすぎる調理器具を使って、指示通りにアンナが持ってきた食材を料理に変えていく。ドラゴンでも、気まぐれに料理をするのだ。大体、そのまま丸呑みだがな。

 そして、料理が完成した。

「うわぁ……」

 テーブルに並んでいるのは、先ほどと違ってちょっと豪華なものだった。推定朝から揚げ物は少しヘビー過ぎたかも知れぬが……。

「師匠と呼んでいいですか?」

「断る。冷めてしまう。馬鹿な事を言い合っている暇があったら、さっさと食べてしまおう」

 アンナは素早くテーブルにつき、なにかを目うっとりさせている。私がちょっとした手習いで覚えたメニューだ。味は保証しない。

「こ、これは……!?」

 料理の1つに手を付け、アンナが固まった。

「ん? 不味かったか。まあ、久々にやったからな」

 私も一口。うーむ、イマイチだな。やはり腕が落ちている。

「めっちゃ美味いんですけど!! 生きてて良かった……」

 ……お前は神だろう。しかし、そこまでとは。

「まあ、気に入ってもらえたなら良かった」

 ちなみに、メニューはロモモ鶏の素揚げに、アルサンとかいう種類の牛肉のロースト、10種野菜のスープに私の気まぐれで選んだ野菜のチーズドレッシングがけだが、そんなに難しいものではない。コケでも覚えられるだろう。

「コケっていうなぁ!!」

 ローストされた牛肉を頬張りながら、アンナが叫んだ。行儀が悪いな。

「じゃあ、選ばせてやる『コケ』『ポンコツ』『補欠』『駄女神』……こんなもんか。お勧めは補欠だ」

「せめて、神が入っている『駄女神』で……」

 半泣きになりながら、アンナが答えた。メンタル弱いな。

「分かった、面倒だからコケの補欠。片付けは任せたぞ!!」

「うわぁ、くっついた。しかも、なんか嫌な方ばかり!!」

 全く、泣いたり笑ったり驚いたり、忙しい奴だ。純粋な「アンナ」の頃は、相当我慢していたのだろう。

「ああ、分かります? 結構部屋を出て泣いていたんですよ。我慢していたんです!!」

 はいはい。

「泣き言はいい。『客』だ。早いな。もう1階層を抜ける……」

「はい!!」

 こうして私たちは迎撃態勢を取り、その時を待つ。そこそこの腕がないと、せいぜい到達出来るのは3階層くらいまでだろう。

 しかし、今度の「客」は、ここまで辿り付く腕を持っているらしい。第3層を抜けて一気に進んでくる。「突貫型」だな。

「相手は6人います。戦士が3、司祭が2 魔法使いが1です」

 アンナが報告してきた。この辺りは、さすが神だ。

「よし、狙いが分かるまで動くな。とりあえず、姿は隠しておけ!!」

 なにも言わず、アンナは姿を消した。これで、とりあえず準備完了だ。現在、相手は第4層を抜け第5層へ。素性は分からないが、とにかくもの凄い速度で接近してくる。ただ者ではないな。もう2組迷宮内にいるが、こちらはゆっくり進んでいる。賢明な判断だ。

 そして、最難関の第9層を切り抜け、足音をさせずこの部屋に突入してきた。振られた旗は赤だ。この段階で早くも「もう1人の自分」が顕現した。


「さて、何用かな? 聞くだけ野暮か……」

 戦士が斧をこちらに向け、司祭2人が強固な防御結界を展開する。口上はなしか。まあ、それが普通のはずだ。

 戦士3人の斧が私の首筋に食い込む。ほぅ、ただの斧ではないな。

『武器はアダマンタイト、防具はミスリルです。ドラゴンの力でも分が悪いです!!』

 姿を消しているアンナから思念通話が届いた。しかし、切り札を切るのはまだ早い。私は首を振って戦士たちを払い落とし、3人を次々にを踏みつぶした。

「まずは3人。まだやるか?」

 パーティに動揺が走っている隙を突いて、私は100%のブレスで一団をなぎ払った。普通なら全滅している所だが、アンナの言う通り防具がいいのだろう。それほど効いた様子はない。

「フレア!!」

 魔法使いが強力な魔法を放った。大爆発が巻き起こるが、私も鱗はびくともしない。

「もう終わりか?」

 爆発の余韻が残る中、私は静かに告げた。

 この程度、もう一度ブレスをはくまでもない。私は物理攻撃をしかけた。まずは、面倒臭そうな司祭から……

『ストップ!! 罠です!!』

 マリアの警告に、私は動きを止めた。見ると、パーティー全体を覆うようにして、薄い光の膜が覆っている。防御結界ではない。少しでも触れたら……・

「どれ、どうなるか試してみるか……」

『ああ、ダメです。その結界は!?』

 アンナの声が聞こえた時には、私は「光の縄」というべきか。そんなものに全身を戒められていた。全身が痺れてくる。なるほど、そう来たか。

『ああ、もう何やっているんですか。出ますよ!!』

 ……まだ引っ込んでいろ。この程度問題ではない。

「なかなか考えたな。しかし、無駄だ」

 この手の戒めは、ただ筋力に任せて引きちぎろうとしても無駄だ。少なくとも、人間界に生きる者は、多かれ少なかれ魔力を持っている。それで強引に押し切るしかない。

「バースト・ロンド!!」

 また火炎の魔法だ。かなり強力な魔法ではあるが、特に問題無い。それを見て魔法使いは杖を背中に背負い、腰の短剣を抜いた。

『あの剣もミスリルです。お金持ちですね。このパーティ』

 アンナがどうでもいいことを言ってきた。うるさい、コケの補欠。

「我が剣に炎よ。ファイア・ソード!!」

 魔法使いが持つ剣の刀身が、真っ赤な炎に包まれた。そして、一撃を入れてきたが、鱗の2、3枚を剥がしたくらいで、大したダメージはない。

 さて、そろそろこの戒めを解くか……。

 ゆっくりと体内に眠る魔力を上げている最中に、司祭の1人が魔法ではない何かを使った。

「神よ。我が声に応じたまえ。デス!!」

 ……むっ、これは!?

 司祭の体が光に包まれ、私は強烈な目眩に襲われたが、それだけだった。

『一撃死の術です。かなり手加減していますが、この力は上司です。希少生物を殺すわけがありません!!』

 ……つまりは、名刺代わりということか。

 これが切り札だったらしく、パーティー全員にまたも動揺が走る。その間に、私は戒めを解いた。魔力勝負でドラゴンが人間に負ける事など、まあ、ないだろう。

「さて、どうする? 逃げるなら今のうちだぞ。気が変わらないうちにそうしろ」

 私も丸くなったものだ。以前は容赦なく殲滅していたところを……。

「撤退!!」

 初めて聞いた魔法使いの声に、全員が反応して部屋から出て行く。同時に「本来の自分」に切り替わった。


「ふぅ、撤退いてくれて良かった……」

 ため息をついて、私は犠牲になった3人を弔った。今や、最小限に抑えたブレスでも、その死体は灰にもならす、文字通り消滅した。

「もう、無茶しすぎですよ!!」

 姿を現したアンナが、ふくれっ面で言ってきた。

「お前の力を使うような相手ではない。さて、次の『客』が近づいている。『もてなし』の準備をせねばな」

 戦いが終わればまた戦い。これが、この迷宮の宿命だ。ここに私がいて、背後にガラクタがある限り……。

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