第23話 解呪からの……

 私の「呪い」を解く研究は、完全に手詰まりになってしまったようだ。自動再生してしまうような得体の知れない術など、これが初めてらしい。神であるエラの知識をもってしても、おおよそ見当が付かないようだ。

 根を詰めてばかりいてもいい事はない。私は解呪チームを誘い、薬草園へと向かった。述べていなかったが、毎日ちゃんと手入れは欠かしていない。     「これは凄いですわ。今ではもう絶滅した種がいくつもあります」

 エラが声を上げた。

「本当ね。これは一財産だわ」

 マリアが関心したように言う。アルミダは何か考え事をしているようで、薬草を手にとってはなにかメモっている。

 一通り巡り、薬草園の入り口に戻った時、アルミダがポツリと漏らした。

「キャサリンと相談だけど、イケるかもしれない……」

 アルミダがつぶやいた。

「えっ、どうしたの?」

 マリアがアルミダに聞いた。

「うん、ちょっと思いついた。みんな来て!!」

 3人がテーブルに向かい、再び解呪の検討を開始する。どうやら、薬草園ツアーは逆効果だったらしい。

「あら、呼ばれたわ」

 そして、魔法薬士のキャサリンも呼ばれて行った。

 なにをしたいのか分からないが、呪術だけでは限界だったのだろう。今度は魔法薬を使うらしい。

 なにか、巻き込む人間をどんどん増やしていってしまうな……。

「いいと思いますよ、種族も神と人であることも越えた作戦です。普通はないですよ」

 空中をフヨフヨ漂い、私の肩に座ったアンナが、ニコニコ笑顔でそんな事を言った。

「なにか、申し訳なくてな。差し出せる対価もない……」

 強いていうなら、薬草くらいか……。

「みんな頑張っていますからね……。うーん、困りました」

 ……よし、決めた。

「鱗と薬草にしよう。多分、売れば高値がつくだろう」

 もう少しマシなものを出したいが、なにせこんな場所である。その程度しか用意できない。

「肝臓とか腎臓もいいみたいですよ。ドラゴンに捨てる場所なし……って、死んじゃいますね」

 ……お前の肝臓と腎臓を提供してやろうか? あるかどうか知らないが。

「じょ、冗談ですって。ちなみに、神にも内臓はありますよ」

 ……あるのか。それは勉強になった。

 などと、コケ神と話しをしていると、解呪チームが議論を重ねていたテーブルで歓声が上がった。

「理論的には完成~!!」

 全員でハイタッチなどしているところをみると、どうやら1歩進んだようだ。

「さっそく魔法薬の精製にかかりましょう。3日みてください」

 キャサリンが薬草園に向かって駆けていく、その間に私が呼ばれ、マリアから大体のあらましを聞かされた。

「『命線』を傷つけると自己再生しちゃうから、今回は触らないでやるわ。ここの薬草で作った魔法薬を飲む。基本はそれだけで、細かい所は私たちが解呪法で綺麗にする。ただ『命線』に根付いている場所は弄れないから、どうしても根っこは残っちゃう。それがどう作用するかは分からないけど、今よりマシなはずよ」

 私はうなずいた。

「分かった、全て任せる。すまんな……」

 こうして、また一大事業が開始されたのだった。


「これを飲めばいいんだな?」

 緑色の液体にコポコポ泡が上がっているという。まあ、お世辞にも飲みたいとは思えない液体を渡され、私は思わず喉を鳴らした。

「そうそう、一気にグッと!!」

 キャサリンの笑顔に押され、私はそれを一気に飲み干した。

「ウゲェ!!」

 失礼……。しかし、マズいなんてものじゃない。全身に痙攣が走るほどの味だ。吐き出さなかったのは、単なる意地である。

「ふぅ……ん?」

 魔法薬の効果はすぐさま現れた。全身が淡い光に包まれ、そして莫大な力が体の底から湧いてきた。

「第2段階ですわ!!」

 3人が一斉に動く。最終確認で聞いた話しによると、この光が消えるまでが勝負とか……。

 それぞれが素晴らしい速度で解呪法を使い続け、複雑に絡み合った「呪い」の戒めを断ち切っていく。全ての作業が終わるのと、光が消えるのはほぼ同時だった。

「ふぅ、ヒヤヒヤものでしたわ」

 エラが額の汗を拭いながら言った。

「どうにか、解呪するだけはしました」

 疲労困憊と言った様子で、アルミダが優しく笑みを浮かべた。マリアなど床に倒れたまま激しく息をついている。

「さっそく部屋から出てみて下さるかしら? もし体が痺れたらストップして」

 エラに促され、私は部屋の出入り口に向かった。私は1歩手前で止まった。痺れはない。前はここまで行こうとも思わなかった場所だった。

「ここまでは順調。あなたの拘束術は黙っている。再生もされていませんわ。さて、記念すべき1歩を……」

 いつの間にかやってきたエラが、私に1歩部屋から外に出るよう促した。

「では……」

 唾を1回飲み込み、私は部屋の外に一歩出た。特に問題はない。背後の部屋で歓声があがった。

「……存外普通だな。涙の1つくらい出ると思っていたのだが」

 私がそういうと、エラは小さく笑った。彼女のこんな様子を見るのは、多分初めてだろう。

「思い切り泣いていますわ。気づかないとはさすがですね」

 エラはハンカチをそっと差し出した。

 手を目の辺りにやると、確かに濡れている。こ、これは、とんだ醜態を……。

「これは秘密にしておきますわ。もう少し進んでみましょう」

 私はうなずき、階段に足をゆっくりかけそっと上り始めた。夢にまでみた階段だ。そこに立っているだけでもう十分である。

 そして、第9層のフロアをこの目で初めて見た。難関難関と言いながら、この目でみたのは初めてだ。

「お前もアンナも任務完了だな。もう大丈夫だろう」

 私がそう言うと、エラは頭を横に振った。

「まだ確認事項がありますわ。とりあえず、今日はこの当たりで……」

 エラが言いかけた時だった。私は考える間もなく体を動かし、エラをかばった。派手なアラームと共に現れたのはなめらかな表面をもつ球体が2つ。そのうち一体が発射した光線を、私は体で受け止めたのだ。痺れるような痛みが走る。

「な、なんですの、こんなの来るときには!?」

 エラが驚いているが大体想像は付いた。

「私が逃げた時に……処分するために作られたゴーレムだ。多分な!!」

 痛みはまだ継続しているが、私はブレスをはいた。拘束が切れたお陰で、前よりさらに破壊力が上がっているが、ゴーレムはビクともしない。

「今すぐ逃げろ!!」

 私はエラに強く言った。

 なにか言いたそうだったが、それでもなにも言わず素直に階下に向かっていった。それでいい。ターゲットが私なら、私が処理するのが道理だ。

「いくぞ!!」

 私は2体のうち1体を蹴飛ばし、至近距離の残る1体にまさかの攻撃魔法を放った。

「ギガ・フレア!!」

 

 ドガァァァァ!!


 猛烈な爆音がフロアに響き渡る。これは、アンナが使うメガ・フレアの上位版。今も昔もこれ以上はない最強魔法だ。

 呆れるほど頑丈な建物は壊れなかったが、ゴーレムは……顕在だった。ほぼゼロ距離で放たれた複数の光線を避けられるはずもなく、かなりのダメージを受けたが、大丈夫だ。問題ない。

 その頃になって、階下からドヤドヤと上ってくる音が聞こえたが。

「下がっていろ。いや、下がってくれ!! 対ドラゴン用のゴーレム2体だ。お前らにどうにか出来るものではない!!」

 この時私は忘れていた、アンナとエラが「神」だった事を。

「神罰・滅びの雷!!」

「神罰・水の猛り!!」

 アンナとエラの声が同時に聞こえ、ど派手な雷の嵐と、とんでもない量の水が押し寄せてきて、辺り一帯メチャメチャに破壊された。しかし、ゴーレムは2体とも顕在だった。恐るべき頑丈さである。2体から発射された無数の光線が私を貫き、今回はさすがに効いた……。

 お互い切り札を切った2人の女神が、私の前に立ちはだかる。

「メガ・フレア!!」

 アンナが攻撃魔法を放っているうちに、エラもなにやら唱えるはじめた。

「太古なる海。海洋深層水。職人の技。梅の香り。我が剣にその力を宿せ。奥義・梅塩昆布剣!!」

 うん、無駄に格好いいが、何度聞いても間抜けだな。

 そして、攻撃魔法が吹き荒れた余韻も冷めぬまま、ゴーレムの1体にエラが昆布剣で一太刀入れた。

「くっ……」

 しかし、全く効かない。あの勇者の剣を叩き折った剣なのに……。

「お前ら撤退しろ!」

 叫びなら、エラとアンナが飛び去るのを見て、最大級のブレスを放った。

 攻撃魔法など比較にならないほどの、圧倒的な破壊力を受けたはずのゴーレムだったが、さすがドラゴン対策用だけあって、どこも損傷をした様子はないが、これは予想通り。私は尾でなぎ払いをかけ、無理矢理距離を遠ざけた。

「太古の風、燃えさかる炎、清らかなる水、大いなる大地……くっ!?」

 光線の猛射を受け、私の呪文は霧散してしまった。

「……これ以上はマズいな」

 私は階段を駆け下りた。そして、不覚にも部屋に入ったところで倒れ、動けなくなってしまった……。

「回復、急げ!!」

 カシムの声が聞こえバタバタと足音がする中、私の意識は闇に落ちたのだった。


「痛いな……」

 意識が戻った時、最初に発した言葉がそれだった。

「おっ、気が付いたぞ!!」

 どうやら私は床に寝ているらしい、カシムの足が見え、何気なく体を起こそうとしたが……。

「痛すぎるな……」

 立ち上がるのはまだ難しいだろう、体中なにか白い布のようなものが貼り付けられている。

「全く肝が冷えましたわ。あなた、また死んだのですよ?」

 ……えっ?

「死んだ?」

 そこに、アンナの蹴りが顔面に入った。痛くはない。

「何回死ぬんですか。もう!!」

 なぜ怒るのだ? わけが分からない。

「この迷宮の魔力が影響しているのか、私の蘇生術も大丈夫ですね。地上では成功率10%なのに、ここは今のところ100%。何回でも死んで下さいね」

 私の顔を覗き込み、額に怒りマークを浮かべたアルミダが、ニッコリと怖い笑みを送ってきた。

 いやその、好きで死んでいるわけではないのだが……。

「それにしても、思わぬ伏兵ですわ。あんなゴーレムがいたなんて……」

 話題が逸れた。ラッキーとはいわないが、いい仕事だ。エラよ。

「そうね。私も気が付かなかった……」

 なにか悔しそうに言うアンナ。2人揃って神だ。その力すら通用しなかったのだ。例えコケと昆布とはいえ……。

「思いもしないから伏兵っていうんだ。2人ともあまり気にするな。さてと、どうしたものかねぇ」

 剣の手入れをしながら、カシムがつぶやく。あれは、剣技や魔法でどうにかなるものではない。私がやるしかない。

「隙さえあればなぁ。ゴーレムは得意分野なんだけど……」

 頭をカリカリ掻きながら、アンナがつぶやく。

 私は痛む体を無理矢理動かし、その場に立ち上がった。

「無理するな。私の居場所はやはりここ。誰かが巻き添えで死ぬような事があれば、それこそ私は悔いても悔いきれんぞ」

 しかし、全員にスルーされた。私の意見など聞く耳持たず、今度は対ゴーレム対策の論議を始めてしまった。

「こ、こら、話しを……」

「アルテミス、ハウス!!」

 ……酷い。


 こうして、私は黙って論議の行方を見守るしかなくなってしまった。

 どこまでも馬鹿なヤツらである。やれやれ……。

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