第22話 真の勇者
解呪チームの疲労が酷い。今回はアミルダが時を計る「時計」という機械を持ち込んでいるため、日時の流れ位は分かるようになった。もう3日寝ていない。エラは大丈夫だろうが、他は人間だ。さすがに限界だろう。
キャサリン先生の料理講座と同時に、私も魔法薬の手習いを始めた。そして、作った薬を解呪チームに差し入れしているのだが、正直あまり効いてはいないようだ。
「魔法薬はあくまでも補助ですよ。ちゃんと休まないと意味がありません」
ニコニコ笑顔でキャサリンが言う。
「いやはや、懐かしいですね。私も魔法薬を勉強しはじめた頃は、倒れるまで研究したものです」
うぬっ、キャサリンもなかなかやるな。
「魔法薬の知識はあって損はありません。派手な攻撃魔法や回復魔法も結構ですが、切り札的に使えるのが魔法薬。通常の回復魔法では治せない「病気」も治せますからね」
キャサリンが言った時だった、マリアが派手な音を立てて倒れた。アルミダももう限界だな……。
「いいから休め。それでは、まともに思考も回らぬだろう」
私は解呪チームに声をかけた。
「中途半端で気持ち悪い事は分かるが、休息する事も肝要だ。3人とも、一時休め。『客』も近づいてきているしな。
「えっ?」
疲れた声で、アルミダが声を上げた。
「1組のパーティーが途中でちゃんと休憩しながら、ジワジワこちらに向かってきている。今は第8層だな。明日には来るだろう。うるさくなる前に休んでおいて欲しい」
もちろん、解呪チームを戦闘に参加させるつもりはない。ただでさえ頭数が多すぎるからな。
「はーい、もし戦いになった時に参加する人~!!」
倒れているマリア以外、全員が手を上げた。ちょっと待て、それでは私のいる意味が……。
「多すぎるぞ。もうちょっと絞りたいのだが……」
堪らずそう言うと、アンナが胸を張った。
「この反応の強さからして、ただの冒険者ではありません。いわゆる『勇者』ですね。手駒は多い方がいいですよ」
また「勇者」か。変に強いので迷惑極まりない。
「どうせ私狙いだ。お前たちは後詰めとして、しばらく後ろに隠れていてくれ」
そして、簡単な作戦会議。こうして、戦闘準備は完了したのだった。
部屋の入り口の赤旗が振られる。そして入ってきたのは、強固な防具に身を包み、明らかに強力な魔法剣などの武器を携えた者たちだった。
「お前さんに恨みはないんだがな、国王様直々の命とあっては断れない。悪いが死んでもらうぞ!!」
一同は一斉に武器を構えた。ここで、「もう1人の自分」が顔を出してきた。
「フン、勝手なものだな。私がなにか害する事をしたか? 迷宮のこの部屋から出ることすら叶わん。忌々しい呪いによってな……」
口上の述べているうちに、ブレスの準備が出来た。
「それはおかしいな。この迷宮はもとより、地上の魔物は全てお前が放ったというのが、街での定説なのだが……」
……ほぅ、私も出世したものだな。
「それは別人だ。迷宮の中でさえ制御出来ぬ。まして外など……」
そんな器用なことが出来るなら、遺跡に繋がれるなどという屈辱は味わうまい。
「分かった。しかし、討伐令を受けている以上、このまま手ぶらで帰るわけにはいかん。その首を取らせてもらう!!」
勇者が高らかに宣言した途端、私は牽制のブレスを吐いた。それと同時に隠れていたコケと昆布……アンナとエラが姿を現し、勇者パーティーの切り崩しに掛かる。その間に、孤立した勇者との間合いを一気に詰め、右手の振り下ろしを食らわせたが、剣であっさり受け止められてしまった。それどころか、剣に触れた右腕が解けたバターのように、あっさりと切り裂かれれていく。ほぅ。
「なかなか面白いオモチャを持っているな……」
もう右手は使い物にならない、ただ体にくっついているだけだ。
「ああ、千の竜を倒したと言われる「ドラゴン・スレイブ」だ。その辺の剣ではないぞ」
……ふむ、面白い。
「行くぞ!!」
剣に触るだけで危険だ。私は1度詰めた間合いを空けるべく、宙を舞って下がったのだが、勇者のしつこさは半端ではなかった。私の着地点に素早く移動し、いきなり剣戟を繰り出してきた。さすがに避けられない!!
そこに突撃してきたのは、昆布剣を振りかざしたエラだった。固い物と固いものがぶつかり、激しい音が当たりに響く。昆布に助けられるとはな。
「なんだ、その剣は。まさかとは思うが……昆布か?」
まあ、普通は驚く。ドラゴンの鱗すら切り裂く剣が、昆布に防がれたのだ。
「ガチャガチャうるさいですわ。研究の邪魔です!!」
メチャクチャ機嫌が悪い様子のエラが、再び後衛との戦いに向かう。
「なにか、今恐ろしいものを見たような気がしたが、それはいい。続きといこうじゃないか」
剣を構えてニヤリと笑う勇者に向かって、私は尾のなぎ払いをかけたがいともあっさり避けられた。なかなか素早い。やるな。
「久々だよ。ここまでの強敵は……」
正直言って、かなり分が悪い。アンナとエラが後続を断ち切ってくれているからいいが、もしまともにぶつかり合っていたら、あるいはもう私がやられていたかも知れない。
「ドラゴンに認めて貰って光栄だ。さっさと決着を……」
「神竜バハムート!!」
アンナの声が聞こえ、勇者はサッとその場から退いた。ほぼ反射のレベルで私も飛び上がる。そこを、純白のブレスが通り過ぎていった。
見ると、後続は粗方片付いたらしい。残りは勇者だけだ。
大きな隙が出来た勇者に、私は羽ばたいたまま必殺のブレスを吐く。
「フン!!」
体勢が崩れていたにも関わらず、勇者は剣を振り、何と私のブレスを切り裂いた。これは……。
「なかなか味な事をするな……」
余裕を持っているようなフリをして、私は勇者にそう言った。ダメだ、勝つための道筋が描けない。魔法の1つでも使えれば、まだやりようがあるのだが……。
そこに、アンナとエラが合流した。後続は全滅させたようだ。
「悔しいがお前には私だけでは勝てない。この者たちの力を使わせてもらう!!」
「ああ、何人でもこい。叩き斬る!!」
勇者が剣を構えて突っこんで来た。アンナの剣がそれを弾く。
「太古なる海。海洋深層水。職人の技。我が剣にその力を宿せ。塩昆布剣!!」
何やら白いものを纏った昆布剣で繰り出したエラの剣は、勇者の剣に深く食い込み、見事に叩き折った。恐るべし塩昆布!!
よし、剣さえなくなれば……。
「やるな。バースト・フレア!!」
使い物にならなくなった剣を放りだし、勇者は魔法攻撃に切り替えたようだ。避ける間すらない間合いで放たれた魔法は、私の顔面に直撃して強烈な爆発を撒き散らした。
「……さすがに効いた」
人間が使える最高の攻撃魔法とされるバースト・フレア。その直撃は少なからず、私に手痛いダメージを残した。これは、なかなか……。
目の前では、エラと勇者の殴り合いが展開されている、時折アンナが攻撃魔法を繰り出しているが、神2人の力をもっても倒せないとは……。
「俺も混ぜてもらおうかな」
今までどこにいたのか、カシムが剣を抜いて参戦してきた。なんでもいい。こいつを倒さないと始まらない!!
「3対1か。卑怯だが、お前はそれだけ強い……」
私は勇者に言った。余裕などないはずだが、ニヤリと笑みを浮かべて見せた。
「この程度か? では、任務を果たすとしよう……」
こちら側の攻撃を捌き、勇者は淡い光に包まれ宙を舞った。本当に人間か!?
そして、私の頭の上に着地し、両手を固い鱗の上に突いた。
「デス!!」
それから先の記憶はなかった……。
「ん?」
私は皆に囲まれていた。アンナなど顔をグチャグチャにして泣いている。
「……ああ、そうか。私はまた死んだのだな。一撃死の魔法で」
一気に記憶が蘇ってきた。最後の勇者が使った魔法。あれは、一発で相手を死の淵に叩き落とす乱暴なものだ。効くか効かないかは魔力次第。効いたということは、相当な魔力の持ち主でだったということだ。
「証拠にって、お前さんの鱗を1枚だけ持って帰ったぜ。怖いやつも世の中にはいるもんだな」
カシムが苦笑した。
「私の蘇生術が成功して良かったです。専門ではないので、不安でしたが」
アルミダがホッとしたような顔をしている。そうか、彼女が生き返らせてくれたのか。幸か不幸か……。
「ふぅ、『死』すら慣れてきたな。この兆候はいいのか悪いのか」
全く、怖い事だ。本当に。
「塩昆布ではダメでしたわ。やはり、最終奥義の梅塩昆布を体得しないと……」
さすが「浜に打ち上げられた昆布の神」。あくまでも昆布なのだな……。
床に寝かされていた状態だった私は、ゆっくりと身を起こす。そこら中が痛い。
「あ、アルテミス……グズ……まだ寝ていないと」
泣きながらアンナが言った。
「大丈夫だ。問題がないとは言わんが、これでもドラゴン。いつまでも寝ているわけにはいかん……」
気づくと体の傷は粗方治っていた。誰かの回復魔法だろう。これなら、もう戦える。
「よし、みんな。それぞれ思う作業を。帰るならそれでもよし。ここの危険さは分かっただろう?」
私が言うと、皆が顔を見合わせ、カシムが代表して答えて来た。
「安全な迷宮なんて聞いた事がない。生半可な覚悟でここに戻ってきたわけじゃないさ。お前さんの呪いを解く。それが目的である以上は、やるだけの事はやるさ」
「お人好しだな。全く……」
私は苦笑してしまった。
「よく言われる。さて、みんな、作業に取りかかろう!!」
カシムの声で、皆がそれぞれの持ち場に散っていく。私はといえば、アンナが料理の勉強をしている間に、こっそり彼女の荷物をあさり、魔法や召還術の書物を取り出した。
「フン、『古代語』の解読に苦労しているようだな。えっと、辞書は……」
古代語とは、私ですらも遙か過去に廃れている言語だ。辞書なしではさすがに読めない。
しかし、コケとは違うのだよ。コケとは。
「ふむ、これならそう難しくないな」
あの勇者はまた戻ってくる。そんな予感がするのだ。手土産が私の鱗では物足りないだろう。大体、私の首を運び出すなら、もっと多くの人手が必要だ。必ず来る。それまでには、魔法の1つでも覚えておいて損はない。
こうして死の淵から舞い戻った私は、次なる戦いに備えて勉強を開始したのだった。魔法を使うドラゴンか……聞いた事がないな。
「ん? 生き返っていたか。さすが、ドラゴンだな」
数日後、やはりあの勇者が戻ってきた。20人ほどの人間も連れているが、装備からして戦闘要員ではない、私の「首」を運び出すために来たのだろう。
「お前たちは外で待機していろ。終わったら呼ぶ!!」
勇者が叫び、引き連れていた人間が引っ込んだ。
「お前1人か。ならば、今回は私も1人だ。ガチでタイマンといこうではないか」
勇者が持っている剣は、ドラゴン殺しことドラゴン・スレイヤー。前回の剣より格は下がっているが、コイツの腕なら関係ないだろう。
「面白い。見せてみろ。お前の真の力を!!」
そして、再戦が開始された。相変わらず、身のこなしが人間離れしている。まず最初に一撃を叩き込んで来たのは勇者だった。
軽くフェイントなど混ぜながら繰り出された剣は、私の体に切っ先が引っかかり、派手に鱗の嵐が吹き荒れた。
「なんだ、こんなものか……」
勇者がつぶやいたところに、私の尾が襲いかかった。
あっさり飛んで避けられたが、ここで魔法を1つ。
「ディス・スペル!!」
ちょこまか飛ばれては鬱陶しいので、私は魔法無効化の術を放った。
「なに?」
これには驚いたか、勇者が初めて驚きの声を上げた。
「行くぞ!!」
その隙を逃さず、私は左手で勇者をなぎ払った。その一撃をまともに受け、勇者は吹っ飛んだ。手加減していい相手ではない。文字通りのフルパワーだ。
派手に部屋の端まで吹き飛んだ勇者に、私は最高出力でブレスを放った。命中したかに思えたが、勇者は何とか体勢を立て直してそれを避けた。
「太古の風、燃えさかる炎、清らかなる水、大いなる大地。全てを統べる者。神竜バハムート!!」
しかし、避けられる事も計算のうち。私はバハムートを召喚した。ドラゴンがドラゴンを呼ぶ……か。しかも格上。あり得んな。
余計な話しをしている場合ではない、私はバハムートにブレスをお願いし、そして……
「純白のカタストロフィ!!」
そう、いつぞや使ったあれだ。強烈な純白の光が勇者に迫る。そして、大爆発が起こった。私はバハムートを引っ込め、様子を伺う。すると、濛々と上がる爆煙の中から、勇者が剣を構えて突進してきた。さすがに着込んでいる鎧はボロボロになっていたが、それなりにダメージは与えたようだ。
「まさかバハムートとは。面白くなってきた。今度はこちらだ!!」
魔法は使えない。しかし、勇者は強かった。接近戦は分が悪いのだが、間合いを取らせるような事はしない。一見めちゃくちゃな攻撃のようだが、全て私の動きを予測した無駄のない剣捌き……やはり、強い!!
「どうした、こんなものか? 遠慮なく攻撃してこい!!」
……また、痛い思いをするか。
私はわざと右手を大ぶりした。それに合わせ、勇者は剣を突き立てる。やはり、前の剣より性能が劣る。剣が突き立ったままの右腕に、私はありったけの力を込めて剣を引き抜けないようにした。そして、開いている左手で思い切り勇者を叩き潰した!!
「ぐっ……」
そんな押し籠もった勇者の声が聞こえた。まだ生きているとは。
「お前を真の勇者と認めよう。そして、安らかに眠れ……」
私は左手にさらなる力を込めた。鎧が変形していく感触、そして、骨がへし折れ砕ける音と何かが潰れていく感触が伝わってくる。
かくて、強敵との戦いは終わった。私もボロボロ。もう立っている余裕すらない。
私はその場にひっくり返り、激戦に思いを馳せたのだった。全く、とんでもない人間がいたものである。
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