第21話 解呪再び
昆布ことエラが加わってから、大幅に戦力が上がったのは言うまでもない。特に昆布剣の威力は凄まじく、名剣を打つことで知られるドワーフ製の剣ですら、ことごとくへし折ってしまうのだ。肉弾戦のエラと魔法系を得意とするアンナ。下位とは言え神である2人は、控えの切り札としては本当に頼りになる存在だった。ああ、なぜアンナだけ本名のアンと呼ばないかというと、今さら言いにくいのである。アンナはアンナだ。時々、補欠やらコケやら呼ぶのはご愛敬だがな。
「……これほど酷い拘束術は初めてですわ。名うての専門家でさえ、匙を投げて当然です」
人間の呪術に多少心得のあるらしいエラが、私を調べて漏らした。
「確かに丁寧に解呪出来る所は解呪されていますわ。あとは致命的な所だけ……せめて、、迷宮の中を自由に歩ける程度には、解呪して差し上げたいのですが……私1人では。ごめんなさい」
エラが謝った。
「なに、気にするな。今に始まった事ではない」
この縛りとも付き合いが長くなってしまった。せめて外を見たいという願望はあるが、それは叶わぬことなのだろう。
そんな話しをしていた頃だ、迷宮に舞い戻ってきた顔があった。
「おや、カシム。忘れ物か?」
それは、以前解呪で世話になったアルミダもいるカシムのパーティーだった。
「ああ、久しぶりだな。実はな、あとあと地上に戻ってマリアとアルミダが色々研究して、まだいくつか解呪出来る可能性があると……おや、そっちの嬢ちゃんは?」
アンナの顔は知っているだろうが、エラは初めてのはずだ。
「嬢ちゃんではない。名はエラという。遠縁の親戚だ」
私は冗談を飛ばしてみた。
「そうか、あんたの親戚か。よろしく」
「こら、ツッコめ!! こう見えて神だ。『砂浜に打ち上げられた昆布の神』だそうだが、馬鹿にしないほうがいい。恐ろしく腕が立つ」
意味もなく昆布剣を構えるエラに、カシムは腰の剣にそっと手を添えた。
「ああ、出来るな。その殺気を鎮めて欲しいが……」
カシムが真面目な顔でそう言う。エラはそっと昆布剣をしまった。
「自己紹介はこれで十分ですね。今、ちょうど拘束術をみていたところですわ」
すると、アルミダがエラの元に駆け寄り、その手を取って何やら確認し始めた。
「な、なんですの!?」
驚きの声を上げるエラに、アルミダは小さく微笑んだ。
「この手は、数百……いえ、数十万の術を解除してきたものです。大ベテランですね」
一瞬目を白黒させたエラだったが、コホンと1つ咳払いをした。
「希少動物保護のためには、時に解呪も必要となります。天界で練習していたのです。……初任務に失敗してしまいましたが」
ため息をつきながら肩を落とすエラの頭に、そっと手を乗せるアルミダ。なかなか良さそうなコンビである。
「あれ、マリアは?」
コケじゃなかった、アンナがカシムに問いかけた。
「ああ、そいつも神だ。『そこら辺に落ちている石についているコケの神』とかでな。料理の腕が最悪なので、誰か教えてやってくれ」
とりあえず口を挟んでおく。
「へぇ、神が2人か。あんんたも出世したな。こんなドラゴンは倒せん」
笑い声を上げるカシム。信じる信じないは勝手だがな。
「ああ、そうそう。マリアも来るぞ。少しあとになるが」
「分かった。ということは、解呪に来たんだな?」
察してはいたが、私はカシムに聞いた。
「ああ、バカンスも兼ねてな。外は夏真っ盛りだが、ここは涼しいな」
「居心地は良くないだろうが、まあ、ゆっくりしていってくれ。アンナ、茶の準備を」
神を顎でこき使うドラゴン。それが私だ。
「はーい、ちょっと待って下さい!!」
アンナは文句も言わず、茶の支度に取りかかった。
「さて、お茶を頂いたら、アンナちゃんに料理を教えようかな。これでも腕には自信があるのよ」
魔法薬士のキャサリンが腕まくりしながら言った。ぜひそうして欲しい。
「さっそく休ませてもらうよ」
「ああ、そういえばあの召還術士見習いが見当たらないが?」
私は不思議に思って聞いた。
「学校で勉強するって、今パーティーから一時離れているよ」
ダブルバハムートの恐怖はいまだに忘れない。
その間にも、分厚い本やらノートを取り出し、アルミダとエラが真面目な顔で解呪法の検討に入っている。こちらはすでに戦闘態勢か……。
しかし、ここを再訪する客人は初めてだ。まあ、こんな場所に来たがる連中も少ないだろうが、こういうことがあると素直に嬉しいものである。
「ああ、そうそう。ここに来る途中で、罠の大半を壊しちまった。いちいち邪魔でな。入りやすくなったから、厄介者が増えるかもしれん。すまんな」
カシムが申し訳なさそうに言う。なんだ、そんな事か。
「構わん。気合い入った連中は、罠があってもなくても入って来る」
私はそう答え、アンナにバレないように隠していた、とっておきの葡萄酒はどこにしまったのか考え始めたのだった。コケのくせに大酒飲みだからな。
不思議な事に、解呪チームが激論をかわす中、マリアが護衛も連れずに1人でやってきた。相当腕が立つのか……まさか、コイツも神とか言わないよな?
「はい、神ではありません。下手な神より強いですけどね」
心を読んだらしく、アンナが即座に言った。
……ほぅ。
「すまんな。何度も足を運んでもらってって」
「気にしないで、半分趣味みたいなものだから」
短い挨拶を交わした後、マリアが解呪チームに合流した。バカデカいバックパックを背負っているなと思ったら、中身は書物だった。重たかったろうに……。
一方では、キャサリンがアンナに料理を教えているが、なぜか時々爆発したりしている。まあ、興味がないので聞かないが。
こうして、再びの客人のお陰で暗い地下空間がしばし明るくなったのだった。
バカンス気分で私と球技に打ち込むカシム、料理の腕を磨くアンナとキャサリン。それ以外は、分厚い書物を片手に私の呪いを解くべく、難しい顔をしている。
これでいいのだろうかと思いながらも、私はしばしの遊興に勤しんでいた。そんなこんなしているうちに、ついに解呪チームが動いた。
「これしかありません。アルテミス、ちょっとこっちに来てください」
アルミダが手招きして呼んだ。
「ああ、分かった。今行く」
私は一同が集まっているテーブルに向かった。相当な検討を繰り返したのだろう。テーブルの上には、ビッシリと書き込みがしてある大きな紙があった。
「最初に言っておきます。かなり危険な方法です。わたしたち4人の連携が少しでも崩れただけで、あなたは死にます」
思わず唾を飲み込んだ。はっきり死ぬと言われると、誰だってビビるだろう。
「実際、あなたには1度死んでもらうことになりますわ。「命線」を弄りますので……」
難しい顔でエラが言った。
「……細かく話しを聞こうか」
それは、なかなかのギャンブルだった。
まず、私を強固に縛り付け、諸悪の根源とも言える「命線」。すなわち、命をたまに取り、無理矢理ここに縛り付けている呪いをわざと「解呪」して私を殺す。……いや、正確に言うならエラの特技らしい「黒魔術」を駆使して、一時的に仮死状態にする。
その間に、ややこしい拘束術を一気に解除し、再び「命線」を繋ぐ。余計な呪いは解除済みなので、少なくともこの部屋からは出られるようにはなるらしい。
さすがに、迷宮から出られるようにはならないが、中を動き廻る事は出来るようにはなる見込みがある。
話しを要約するとそういうことらしい。「命線」切断から再接続までの許容時間は15分以内。それ以上掛かれば、私は2度と目を覚ます事はない。なかなかスリリングである。
「分かった。私にはどうする事も出来ぬ。3つの専門家の頭が考え出した事だ。全てを任せよう。さっそく始めよう」
3つの頭がうなずき、大規模な解呪作業か始まった。下準備としてエラが自らの手を切って血文字で大きな魔方陣を床に描き、何やら呪文を唱えるとそれが怪しく光りだす。
「受け入れ準備完了ですわ。次に!!」
さて、ここからが本番だ。マリアとアルミダの呪文が唱和され……私の意識が一気に吹き飛んだ。
「ん?」
私が目を開けると、3人が安堵の息をついた。
「良かったです」
「無事に終わってホッとしましたわ」
「いやはや、スリル満点でした」
3人が口々に言った。
「あ、ああ、なにか体がおかしい。妙に軽いのだが……」
前の部分解除どころではない。今なら何でも出来そうな勢いである。
「『命線』以外は全部解除しましたわ。「もう1人の自分」は『命線』そのものなので解除出来なかったのですが、もうあなたを縛っているのは『この迷宮から出られない』だけです」
エラが笑った。
「さっそく部屋から出てみて。もし間違っていたら死ぬかもしれないけど」
平然と怖い事を言うマリア。おいおい……。
「まだ、術後の検証が終わっていないですよ。さっそく調べましょう」
アルミダの声に、一同私のチェックを始めたのだが……。
「嘘!? 自己修復されつつある!?」
マリアが素っ頓狂な声を上げた。
「あっ、本当ですわ!?」
「まずい。このままでは!?」
安息モードから一転、3人の顔色が変わった。すでに、先ほどの高揚感はない。むしろ、弱体化している気さえする。結果として、私は元に戻った。前回解呪してもらったった分はそのままだが、今回解呪した分はチャラになってしまった。
「ま、まさか、ここまで執念深いとは……」
アルミダがつぶやいた。
「あり得ないですわ……」
絶句するエラに、何も言わずに目を閉じるマリア。
私とて多少の落胆はあったが、こんなのはもう慣れっこだ。
「お前さんたちの行動には敬意を表する。ありがとう」
何日もかけて策を練り、こういう結果になったのだ。結果は残念だったが、その労に対して私は心の底から礼を述べた。
「礼はまだ早すぎますわ!!」
「そうです。またアプローチを考えます!!」
「これは難題ね……」
口々にいう3人だったが、私は手を上げて制止した。
「もう十分だ。これは危険な「呪い」だというのは分かっている。これ以上深入りすると命に関わるぞ」
しかし、私の言葉など聞かず、さっそく再検討に入る3人組。私が言うのもなんだが、なぜここまで情熱を燃やすのだろう。しかし、その理由は聞かない。登山家に山に登る理由を聞くようなものだ。
「一時的にだが、私本来の力を目覚めさせてくれた。それだけで、もう十分なのだがな……」
私は誰にも聞こえないように、こっそりつぶやいた。
それにしても、人間の執念とは凄いものである。ここまで強力な「呪い」とは……。
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