第20話 磯の香り

「アルテミス、避けて!!」

 私がさっと身を翻すと。強烈な光線が通過していき……部屋の入り口に立つ少女に向かって行く。そして……。

「……甘い」

 少女は瞬間移動して私の横に付いた。こら、どこか行け!!

「これでもう撃てないね。この子巻き込んじゃうよ?」

 黒服の少女がニヤリと笑う。

「太古の風、燃えさかる炎、清らかなる水、大いなる大地……」

 こ、この呪文は!?

「おい、よせ!!」

「全てを統べるもの。神竜バハムート!!」

 その瞬間、少女は姿を消した。こら待て!?

 現れたバハムートは、私に向かってブレスを吐いた。全てのものを破壊する最強の……。


 事の始まりは少し前だった。いつも通りコケだの補欠だのと、アンナを弄って居たときだった。

 全く気配すら感じさせず、黒服の少女が部屋の入り口に立っていたのだ。そして、私が誰何の声を上げる間もなく、いきなり黒い色をした光線を放って来たのである。こんな芸当、もちろん人間ではない。

 とりあえずその光線を避けると、ヘコんでいたアンナが跳ね起きた。

「あ、あなたは!?」

「久しぶりね、アン。天界のゴミみたいなあなたが、生意気にも任務を遂行中と聞いたので、天界に戻る前に挨拶に来ただけですわ。この『砂浜に打ち上げられた昆布の女神』がね」

 ……コケと昆布か。どっちも大差ないな。

「……エラ。帰って、お願いだから」

 ほう、昆布のエラか。覚えた。

「あなたの言う事を聞くと思って? いくわよ!!」

 昆布がコケに攻撃を仕掛けた。例の黒い光線がコケが防御した腕に絡みつく。それは、光線ではなく……恐ろしく長い昆布だった。

 ……コケていいか?

「さすが、私のライバル。防ぎましたか」

「当たり前でしょ。昆布女!!」

 なんだ、この湧かない戦いは。

「消えなさい!!」

 アンナが純白の光線を放った。こちらはコケではない。触れたら即死だろう。しかし、黒い少女は一瞬で室内に転移した。


 まあ、そんなこんなで、時間は現在に戻る。

「うぉぉ!?」

 言葉遣いは気にしないで頂きたい。私の命が掛かっている。迫り来るブレスを宙に浮いて何とか避けたが、かすってしまった尾の先が消滅した。

「こら、いい加減に……」

「もう一発!!」

 再び姿を現した少女に、バハムートの強烈なブレスが襲いかかり……また少女は姿を消した。

「トロいです。戦闘はこうやってやるのです!!」

 昆布を剣に変え、瞬間移動。アンナの懐に飛び込むと剣戟を浴びせた。

「甘い!!」

 素早く剣を抜いたアンナが、昆布剣を受け止めた。意外と昆布は硬いようだな。

 私はというと……。

「よう、最近どうだ?」

 呼び出されたまま放置のバハムートに声をかけた。

「ボチボチってところだな。全く、人って奴はいつもそうだ。呼び出しておいて無視だぜ?」

 いい迷惑というところだな。

「あれは2人とも神だ。そうは見えんがな」

「へぇ、神同士の戦いか。滅多に見られないな。ゆっくり観戦させてもらうか」

「ああ、私もゆっくり見させてもらおう」

 先ほど先端が消滅した尾が痛むが、まあ、あとでアンナに治して貰えばいい。

 戦いは空中戦に移行していた。アンナと昆布。その腕は認めるが……飽きてきた。

「あいつら纏めて潰さないか? 私とお前さんのブレスで」

 私はバハムートを誘った。

「ああ、だが召還契約があってな。あっちの白い方は攻撃出来ない」

「じゃあ、黒い方を。私は白い方をやる。同時に行くぞ、120%で。神だから死なないだろう」

「ああ、分かった!!」

 そして、エネルギーチャージに掛かる。ブレスの弱点はチャージに時間が掛かる事。しかし、今なら関係ない。体が爆発するような強烈なエネルギーを溜め込み、そして、隣のバハムートとタイミングを合わせて、一気に放つ!!

「純白のカタストロフィー!!」

 やはり、技名は叫んだ方が良いだろう。適当だが。

 お互いが放った純白のブレスは、それぞれ狙い通りモロに命中した。まるで叩かれたハエのように、地面に落ちる2人。

「ひ、酷い……」

 ほら生きていた。真っ黒焦げだが……。

「くっ、さ、さすがに効きましたわ」

 昆布も生きていた。さすがにバハムートのブレスの方がダメージが大きいようだ。

「お前らが腐った戦いをするからだ。つまらんものを見せるな」

 ため息交じりにアンナに言ってやった。このコケ女。

「で、でも、なにか癖になりそうかも……」

 ……エネルギー充填率200%。

「消えろ!!」

 私は追撃のブレスを叩き込んだ。ズドーンという遠雷のような音が部屋に響く。

「消えなかったか……」

 さすがとういうか、消える事はなかったが気絶はした。なんて頑丈なんだ。コケの補欠のくせに。

「フフフ……勝利は私に……」

 そこにバハムートの追撃が来た。やはり、破壊力が桁違いだ。

 術者のアンナが気絶したので、召還契約も解除されるはずだ。すでにバハムートの体が薄くなっている。死亡なら即時解除だったのにな。

「じゃあな、戦友」

「ああ、また会おう」

 バハムートの声と共に、静けさが戻って来た。

「さてと、やる事をやるか」

 私はガラクタの中から強い魔力を感じるロープを引き出し、気絶しているコケと昆布を背中合わせに座らせ、適当にグルグル巻きに縛った。魔力を感じるという事は、何らかの魔法が掛かっている証だが、そんな事は知ったことではない。

「ふぅ、これで静かになるな……」

 このロープが面倒事になるとは、私も知らなかった。


「こ、これミスリルの繊維が折り込まれたロープですよ!? しかも、縛った者以外絶対にほどけない魔法が掛かっています。魔法も神としての能力も使えません!!」

「ちょ、ちょっと、アン。私に触るのはやめなさい!! ああもう、この変態ドラゴン!!」

 目を覚ましたコケと昆布がなにやら騒いでいる。うるさくて仕方ない。

「……今度は口を塞ぐ何かを探してやろうか?」

 2人ともピタリと黙った。やれやれ……。

「揃って落ち着くまでそのままだ。いい加減嫌になったからな」

 私はそう言って定位置のガラクタの上に乗った。1つ失敗した。縛るときに固結びにしてしまったのだ。あれだけ暴れたら、結び目も締まっているだろうし……ちゃんとほどけるだろうか? まあ、いいか。

 背後ではまた罵詈雑言の嵐が吹き荒れ始めた。女3人寄ればかしましい。まあ、私は参加していないが、一応は女だからな。

「ああもう、アルテミス。いい加減解いてください。この子の磯の匂いに耐えられません!!」

「あなただってコケ臭いですわ。ジメジメしていますし!!」

 やれやれ……。

 私はガラクタを漁ったが、こういうときに便利な品はなかった。

「なあ、アンナ。私がこの部屋を出ようとしたら、どうなるか知っているか?」

 ブンブンと首を横に振るコケ女神。調べてこい、馬鹿者。

「即死だよ。そういう呪いだ。今すぐ実行してもいいぞ。新たな守人は縛られたままで何も出来ないお前らだ。

「えっ!?」

「そ、それは……」

 さすがに黙り込む2人。

「そうだ、その調子で静かにしていてくれ。少し脳みその温度を下げろ。事情も聞けないではないか」

 自分の命を賭けた脅し。さすがに効いたらしい。部屋は静かになった。

「あ、あの、本当はコケ女がいるから嫌ですけれど、さっきの話しを聞いて考えましたわ。これでも、希少生物保護担当の端くれですし、一緒に対応しようかなって思いました。即死なんて酷すぎですわ……」

 ふむ、そう来たか……。

「私に関わる神が2人か。面白い話しだが2人とも天界とやらに帰っていい。いや、むしろその方がいいだろう。こんな場所にいると頭がおかしくなるぞ。「呪い」は完全解除出来ないようだからな……。下手な同情はいらん」

 この際なので、私の想いを2人に告げる。しかし、2人はめげなかった。

「私は同情でこの任務を遂行しているわけではないですよ。もしここから出られないのなら、せめてあなたの最期を看取る。その覚悟でここにいます」

 アンナは確固たる意思を告げてきた。

「私もコケ女も下位の神ですわ。1人では対応できない事もあるでしょう。という綺麗事を並べても信憑性に薄いですね。こういった方が、説得力があるでしょう。実は、私は任務に失敗しました。その埋め合わせですわ。偽善でも同情でもないですよ」

 ふむ、それならそうと言え。気に入った。

「2人とも覚悟はあるな?」

 私はそう聞いた。

「もちろん!! 分かってると思っていたのに……」

「昆布女に二言はないですわ。神2人なんて豪華と思いません?」

 ……仕事とは言え、2人とも物好きだな。

「分かった。縄を解こう。喧嘩はなしだぞ……」


 こうして、遺跡の闇に2人目の「神」が加わったのだった。

 予想通り結び目が締まりすぎて、爪が2、3本剥がれた事は、とりあえず気にしないでおく。

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