終話

「やはり、帰ってこないか……」

 エラが出ていってから、恐らく1ヶ月は経ったろうか?

 あの日あの時エラが出ていったきり、2度と戻って来る事はなかった。どこかで事故に遭ったのかと心配もしたが、腐っても彼女は女神だ。まず、その心配はないだろう。

 日課で迷宮の出入り口に出向いたある日、私はある決意をした。この口を塞いでしまおうと……もう無駄に戦う事にも疲れたのだ。ここさえ塞げば、私は緩慢な死を迎える。それだけだ。

「さて、どうしたものか……」

 外から何かが衝突したのか、迷宮の壁だったであろう残骸は、おおよそこちら側に吹き飛んでいる。迷宮から出る必要はない。

「さて、とりあえず形が合うものを積み上げていくか……。

 大小様々な破片を合わせては取り替え、どうにかこうにか穴を塞ぐ事に成功した。しかし、困った。これを強固に固定する術を知らない。

 すると、バカになっていた復元の魔法が、破片を近づけたことでようやく作動したらしい。隙間だらけで情けなく積み上がっていた壁が、綺麗に元通りになった。これで、もう誰も入って来られない。

「なにかこう、スッキリしたのと寂しさが混ざって、不思議な気分だな」

 私は呟き苦笑した。この私が寂しいか。笑えん冗談だな。

「さて、戻ろうか……」

 再び閉ざされた迷宮は、どこか息苦しくもあった。


 薬草園の手入れさえしていれば、十分な気分転換になるのだが、迷宮内の散歩も欠かせない。人間と戦う事がなくなった今、もっぱら格好のオモチャは遺跡内に俳諧している魔物たちだ。もっとも、ブレス一発で消し飛んでしまうので、面白いかと問われると微妙だが……。

 一通り運動したあとは、ハーブティーで一服入れる。アンナが残した物資の中には大量の酒もあったが、あえてそれには手を付けていない。可能性は低いだろうが、戻ってこられたら怒るだろう。

 そんな生活をする事しばし、特に異変がなかった体に変化が訪れた。最初は筋肉痛にでもなったのかと思ったのだが、なにか妙に痛いのである。

「なんだろうな……」

 最初はこの程度だったが、徐々に痛みは酷くなり、ついにはまともに動けなくなってしまった。

 ここまでくると、ようやく原因が分かった。呪いの部分解除の際にかなり無理をしたため、最後に残った「命線」に少なからぬ影響があったようなのだ。伝わって来る「鼓動」で分かる。

「全く……大それた事を……考えるものではないな」

 もしここにエラがいれば、あるいは対処のしようもあったかも知れないが、いないものを求めてもどうにもならない。

 私は痛みに逆らって、強引に近くにあったテーブルの上に載せてある大きな紙を見た。エラが残したものだが、真っ黒になるまで書き込みがしてある。その内容は……。

「なるほど……分からん!!」

 私に分かるくらいなら、端から自分でやっている。それにしても、痛い。体が破裂しそうだ……。

「これも……無理をした……対価か」

 何事も対価なしに事は得られない。これだけ強力な呪いを弄ったのだ。相応の反動は来るだろう。もはや、私一人でどうにか出来る問題ではない。

 こんな時に誰かいてくれればと思う。しかし、自分で孤独を選んだのだ。

「覚悟は……したつもりだった……のだがな」

 思わず苦笑してしまった。外部と隔絶するということは、すなわちこういうことである。

「助かりたい……なんて……甘すぎるな」

 何人殺した? 自分だけ助かろうなどと、そんな虫のいい話しはない。

『アルテミス? すっごい思念が乱れている』

 いきなり思念通話でアンナの声が聞こえてきた。

「ああ……なんでもない。査問は……どうした?」

『はい、任務継続です。頑張りました!!」』

 元気なアンナの声に、私はそっと息をついた。

「その任務、多分すぐに終わる……」

『えっ!?』

 話さなくても、私がまともな状況でないことは分かるだろうが、何とか状態を話した。

 アンナは何も言わなかった。その代わり、部屋の天井に「穴」が開き、転がり落ちるように降ってきた。そうか、相手は神だった……。

「うわ……」

 現れるや否や、アンナの口から発せられた言葉はそれだった。

「『命線』がズタボロです。いつ切れてもおかしくありません!!」

 そんなところだと思った。もう長くはないだろう。

「エラは緊急任務で離れているし、マリアも呼んでいる暇はないですね。アルミダはどこにいるかすら分からないですし、私では……対応出来ません」

 アンナの顔が泣き顔になった。久々に会ってこれというのも、皮肉なものだ。

「せめて、最期に……孤独じゃなくて良かったよ。ありがとう……」


 ……あるところに、女神が守る迷宮があるという。その最下層には目も眩むような財宝があるというが、その入り口は固く閉ざされ。誰も到達した者はいない。

 以前は1匹のドラゴンが守っていたというが、長い年月を経た今となっては、真偽のほどは定かではない。

 屈強な魔物が俳諧するその迷宮には、転送の魔法を使わねば入れない。しかし、今日も挑む冒険者は絶えない。誰も二度と帰ってこないというのに……。


 誰が呼んだか、謎に包まれたその女神の事をこう呼んだ。「迷宮の守り人」と

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