第3章-7 光と闇

「悪いね、二人とも呼び出しちゃって」


 僕は対策を協議するためにレイカさんとツカサ君をいつものカフェに呼び出した。ツカサ君はバイト休みの日だったからちょっと申し訳ない。


「別に構わないけど、例の対策協議でしょ? 当事者のスバル君は?」


 レイカさんが不思議そうな顔をして尋ねてきた。


「あいつには今日のことは言ってない。相当参っているみたいだからな」


「やっぱりスバルさん、ショックデカイよなあ。あの人は性善説の人だからファンにあんなのが混ざってたなんてさ、信じたくないよな。お客さんが増えると変な人が混ざってくるのはバイトしていても感じるけどさ」


 ツカサ君はやはり、強烈な体験したためか高校生にしては達観している。


「ああ、私もそれ思った。スバル君は固い仕事は向かないよ。固い仕事には変な人が多いもの。こんな事態が無ければ音楽の仕事へ行けって猛プッシュする」


 二人ともずけずけと言うなあ。


「でも、スバルさんはなんであんなに将来に迷っているのかな?あんなに楽しそうにバイオリン弾いてる姿見ると迷いはなさそうなのに、俺みたいに何も見つけられなかった時とは大違いだよな」


「スバルは真面目だからね。だからこの学校法律系に入ったのだろうし、そういう意味ではアイツは向いていると思うよ」


 僕なりの見解を述べるとレイカさんが反論してきた。


「いえ、やっぱり向かないと思う」


「レイカさん?」


「私の友達に法律系の役所に勤めている子がいるの。守秘義務があるからと詳しくは教えてくれないのだけどね、法律の世界は闇が多いって言ってた。彼は優しいから胸を痛めることが多くなるよ」


「闇?」


 僕とツカサ君が同時に声を上げるとレイカさんは続けた。


「例えば死亡年月日に“推定”が付いている戸籍謄本。これを見たらどう思う?ツカサ君」


「え、えっと部屋でひっそり死んでいた孤独死ってやつ?」


 唐突に話を振られたツカサ君は戸惑いながらもなんとか答えた。


「そうね、普通はそう考えるよね。じゃあ、一緒に住民票が付いていて奥さんと子供が同じ住所だったら、どう思う?」


「え? えっと死体放置のミステリーかサスペンス?前にそんな事件あったよね」


 いや、さすがにそれはそうそうないだろ。僕は助け船を出すことにした。


「実際には家庭が冷えきっていて、旦那以外の家族が住民票を変えずにどこかで別居。死んでいることすら気づかないくらい家族関係が希薄でバラバラだったとわかるね。住民票を移さなかったのは世間体か、面倒だったかまではわかんないけど」


「さすが、法律系の学校に通っているだけあって鋭いね、ユウヤ君。大体そんなところみたい。孤独死とわかる記載だから外国人妻とは偽装結婚だったとわかるケースもあるみたい」


「戸籍だけでそこまでわかるんだ。ヘビーですね、役所って。タジマのやつ県庁目指すと行ってたけど大丈夫かな」


 ツカサ君は思わぬことを聞いたからか、友人のことが心配になったようだ。


「まあ、公務員全部がそうじゃないとは思うよ。でも、その子から話を聞く限りは法律系は闇が多いわ。スバル君はそんな世界を進んで欲しくない。売れるかどうかわからないという不確定要素があるけど、少なくとも法律系よりも音楽の方が彼は光輝けると思う」


 本当にそれは僕も思う。アイツは弁護士や司法書士になったら正義感から突っ走って自滅しそうだ。あの楽しそうにバイオリンを弾く姿、新曲を披露してくれる時の目の輝きを知っているからこそ、音楽活動に進んで欲しいと切に願うし、憂いは取り除きたい。


「この数日、ショックもあるけど演奏ができなくなって本当にアイツは元気ないんだ。この事態を打開するためにも、二人とも協力して欲しい」


「わかった。私も提案があるの」


 レイカさんが何やら資料を取りだしてテーブルの上に広げ始めた。なんだかすごい量だ。何かのプリントアウトした書類、何やら厚い本数冊。気合いの入り方がすごいな、レイカさん。


「きっと、スバルさんは“光”そのものなんだな」


「ツカサ君?」


 唐突にツカサ君が切り出してきた。


「人を信じようとする真っ直ぐさも、あの演奏しているときの心から楽しそうな顔。男の俺でも眩しく感じます。虫が光を求めて集まるように、闇が光を求めて近づこうとするのだと思います。だから、俺たちで闇を除けないとならない。」

「ツカサ君……」


「ま、高校生お子様があんまり気負わないことよ。ここは大人おねーさん達に任せなさい」


 そう言われるとツカサ君は真っ赤になって反論した。


「おっ、お子様扱いしないでくださいよっ!」


「うるさい、『信長』注文するわよ」


「うぐっ!」


 軍配はレイカさんにあがったようだ。ツカサ君はダメージを受けたらしく、テーブルに突っ伏してしまった。


「さ、漫才はそこまでにして、協議を始めよう」


 きっとこの会議は長引くな。僕はそう思って店長に追加ドリンクを3つオーダーした。

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