第2章―10 ある女性との出会い

翌檜あすなろ、檜、翌檜あすなろ…。」

期末テストが終わり、本を読みながらブツブツ言っていると、アズマが俺の席に来て話しかけてきた。

「ツカサ、どうしたんだ?」

「うっさい、俺は今、とりあえず翌檜あすなろを目指しているんだ。」

「なんだそれ。ドラッカーの『マネジメント』読みながら檜と翌檜あすなろとつぶやいているのは相当ヤバいぞ。って言うか、テストだったのにそんな分厚い本持ってきたのか、お前。」

「マネージャーもどきしてるから、参考になるかと思ったんだが、難しいな、これ。」

本を閉じながら俺は答える。

「どっかの野球部女子マネみたいなことをしてるな。あ~、やっと明日から試験休みか。俺はひたすら部活だけどさ。」

 そろそろ受験やら何やらで忙しくなる。高2の試験休みと言っても難関大学を目指す者は勝負の夏となるだろう。スポーツ特待を狙っているアズマは檜になるべく切磋琢磨している。

 一方、目標が無い俺は翌檜あすなろにすらなれていない。

「うーん、翌檜あすなろ、檜、翌檜あすなろ…。」

 ダメだ、煮詰まっている。今日は学校が終わったら今日はリーフレット配りを一旦休止して、バイトの前にConstellationを聴きに行こう。動画を撮ってサイトにアップすれば、よりいいアピールとなるはずだ。他に何か売り出す方法ないかなあ。

 さて、今日は暑いからコーヒー飲んで水分補給しておいてから行くか。


 公園に着くと予想よりも日差しがきつかった。二人は大丈夫なのかなと思ったが、直射日光を避けた東広場にて演奏を始めていた。

「さて、スマホを…うわ!っちぃ!」

 今日は真夏日なのかカバンの中に入れていたスマホが相当熱い。ヤバいな、これ。

なるべく逆光にならないような位置について、俺は動画の撮影を始めた。ちなみに二人からは許可はもらっている。

二曲か、三曲分…撮って…後で…。

 変だ、さっきからめまいがする。耳がうまく聞こえない。ヤバい、立っていられない。思わずしゃがみこむと周りの人から軽い悲鳴が聞こえてくるけど、それすら頭に入らない。二人に迷惑かけちゃだめだ、立たなきゃ…。


「大丈夫?少年っ!無理しないでそのまま座っていなさい。」

 どっかの会社の制服を着たお姉さんが、日傘を差し出してくれた。セミロングに明るい栗色、軽くウェーブがかかっているが、夏らしくすっきりまとめている。メガネもあってどっかのできるおねーさんって感じだ。名札は…裏返しにしてるから名前は確認できない。

 …悲しいな。普段から女性に接することないと、こんな時でもしっかり観察してしまう。


「声は聞こえる?少年。」

「はい、なんとか。」

 呼び掛けにはっと我に帰り、俺は答える。

「とりあえず、これを飲みなさい。Constellationの人達用に持ってきた差し入れだから、冷えているわよ。六本入りだから遠慮しないで。」

 お姉さんのクーラーバッグからスポーツドリンクを渡される。既製品だし、アルミ缶だから混入はないな。いや、こんな時まで疑うのは悪い癖だ。

「ありがとうございます。」

 受け取って俺は飲み始めると、自分でもびっくりするくらい体に入っていく。結局350 缶を3本ほど一気に飲み干してしまった。

「動ける?残りもあげるから、あちらの日陰に移って休みなさい。それとも救急車呼ぶ?」

「いえ、大丈夫です。今の水分補給でかなり楽になりました。あの、お代は…。」

「いいの、いいの。うちの会社のサンプル品だからタダなの。じゃ、私はお昼が終わるから戻るけど、ちょっとでもおかしければ病院行くのよ。」

 そういうとお姉さんは足早に去ってしまった。疾風はやてのような人だなあ。

まだ喉が渇いていたので四本目を飲んでいると、スバルさん達が駆けつけてきた。演奏を中断させてしまって申し訳ないことをしてしまった。

「ツカサくーん、大丈夫?」

「あ、ユウヤさんにスバルさん。おかげさまでなんとか。って、ユウヤさんっ!コントラバス置きっぱなんて危ないですっ!無茶しないでくださいよ。俺、そばまで移動しますから。」

 そう答えると二人はほっとしたようだ。

「良かった、それだけ受け答えできれば大丈夫だね。」

「楽器は多分大丈夫。万一盗もうとしてもデカイからね。」

「いえ、動きます。万一があったら済まないっす。」

演奏していた場所は元々日陰なので、問題はない。やっと一息ついて二人に説明した。

「通りすがりのお姉さんがスポーツドリンクを差し入れてくれたので助かりました。脱水症状だったみたいです。」

 俺は飲みかけていた缶の残りを一気に飲み干した。普通なら四本も飲めないから、やはり脱水症状だったのだろう。

スバルさんが空を見上げながら言った。

「やはり今日は日差し強いから、まずかったかなあ。そろそろ演奏時間や日当たりなどを考えていかないと。

でも、回復したのなら良かった。そのお姉さんにお礼言わないとね。」

「あっ!」

 俺は気づいた。名前を聞いてない!

「うわあ、フラフラだったとはいえ、チャンスを逃してしまったぁぁぁ!」

「ツカサ君、ナンパしようとしたの?」

 スバルさんの呆れた声で我に帰った。い、いかん。いくら男子ばっかりの学校で女性に飢えてるとはいえ、なんてことを。

「あ、い、いえ、そんなつもりは。」

 取り繕う俺のそばで、スバルさんは思い出したように言った。

「確かあのお姉さん、時々ドリンクの差し入れくれる人だな。以前、演奏してる時にちょっとした騒ぎを起こしてた人だ。」

その言葉にユウヤさんも反応した。

「ああ、聞いたことある。あの『バイオリンの君』と呼んでた人?」

「そうそう。まあ、騒ぎというか、なんというか。僕のバイオリンを誉めてくれたのだけど。」

 え?二人とも顔見知りなのか?!

「その時に名前などは聞かなかったのですか?」

俺は慌ててスバルさんに尋ねるが、スバルさんは頭を振った。

「うん、とてもじゃないけど、そこまで話せる雰囲気じゃなかった。時々こうしてスポドリくれるんだけどね。」

ガックリ。まあ、騒ぎの直後じゃ、聞けないよな。って、せっかく女性が差し入れしてくれて、なおかつ話しかけてくれているのになんてもったいないことを。男子校の俺からしたらなんとも羨まし…い、いや今はそんなことを言ってる場合じゃない。

「ありゃ~、じゃあ、わかんないか。なんか手がかりないかな。ベタベタだけど、汗を拭きなさいと渡されたハンカチに名前が入っていて、とかさ?白いハンカチだけどよく見ると白い糸でメッセージとかいう某サッカー漫画みたいなやつとか。何かもらってない?それとも…。」

「だから、ユウヤ、話が長いって。」

 ユウヤさんも何か手がかりがないか思案する、だが話が長い。

「いえ、もらったのはこのスポーツドリンクだけ。」

 俺は手にした空き缶を掲げてプラプラさせた時に気がついた。

「そういえば…これ、『うちのサンプル』って言ってたな。」

 改めて眺めると缶には鮮やかなマリンブルーの『Stylish-3!』のロゴ。

「Stylish-3!ならばオアシスドリンクの製品だよね。ならば、この近くにその会社が入っているビルを探せばわかるのじゃない?」

「あ、そういえば!」

ユウヤさんが思い当たったようだ。

「この公園の近くにオアシスドリンクの看板がかかっているビルがあるから、多分そこに勤める人じゃない?」

それならば、すぐにわかりそうだ。後はそこの受付に尋ねるなり、会社の入口で待っていれば現れるだろう。ちゃんとお礼言わないと。あわよくば…。

「ナンパは止した方がいいよ。」

スバルさん、エスパーですかっ?!あなたは!

 








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