第2章-9 後悔及び店長との攻防再び

 ああ、つい強い口調で言ってしまった。年下の高校生が何を生意気な事を言ってしまったんだ、反感持たれなかったかとホールに戻った俺は後悔していた。

「だけど、手製は危険なんだ。」

 独り言をつぶやきながら、片付けていく。あれを目の当たりにしていなかったら、ここまでは言わなかった。アズマや他のクラスメート、学校全体を巻き込んだあの事件。

 もし、スバルさん達がそんな目に遇ったら…いや、そんな考えはよそう。あんなことはそうそう起こりはしないはずだ。

 俺は今日二度目のかぶりを振り、コーヒーのストックを取り出していた。

 しかし、なんで自分はここまでいろいろと考え、動けるのだろうと改めて考える。以前はだらだらと学校とバイト先の往復の日々を過ごしていた。バイトも小遣い稼ぎと彼女が欲しいという男子高校生らしい下心という高尚とは言い難いモチベーションで続けている訳だし。

 打ち込めるものが見つかったというのだろうか。しかし、それをどのようにすればいいのか。俺は何をすべきなのだろう。このまま期末テストをこなして夏休みに入り、大学進学の夏期講習を受けていいのだろうか。スバルさん達といろいろ関わっていると音楽の世界って、面白そうだから大学に何かないだろうか?音大?いや、俺は弾く方じゃないな。裏方というかマネジメントという…。


「ツカサ君、何か悩んでるわねえ。悩める男子高校生、なんだか素敵だわぁ。」

 唐突に店長の声が響き、我に帰った。やはり、この店長にはある種の疑惑を持たざるを得ない。だが、今はそんな事に捕らわれてもしょうがない。

「店長、茶化さないでください。俺だって、たまには進路とか人生に悩む時だってあるのです。」

「そう、じゃあ、時代モノパンケーキ第2弾の『秀吉』の試食は後にしてもらおうかしら。」

 俺はまたもずっこけた。今度はアイスコーヒー用のグラスを割るところだった。勘弁してくれ、これも高そうなグラスなんだ。

「店長、まだやってたんですか。ってか、ホントにシリーズ化しないでくださいっ!なんなんですか、秀吉って!」

「豊臣秀吉は茶の湯を大事にしてたし、千利休を召し抱えていたでしょ。だから、抹茶パンケーキに秀吉が持ってた黄金の茶室をイメージして金箔を散らしたの。」

 あれ、意外とマトモなメニューだ。ネーミングセンスはともかく、それならいけるかと…。

「でもねえ、秀吉って利休に切腹を命じるから、それを表現するには中にストロベリーソースを…。」

 ハッ!いかんいかん!やはりダメだっ!

「後半部分は却下ですっ!何でパンケーキを不吉なグロにしているんですかっ!普通に奥さんの淀君をイメージしたモノをトッピングにすりゃいいじゃないですかっ!」

「って、何かしらねえ。あと、淀君は蔑称だから淀殿が正しいわよ、ツカサ君。」

 くっ!関係ないことで足下をすくわれそうになるが、負けないっ!

「よ、淀殿は美人だったと言われてるのですから、華やかな飴細工やフルーツ飾り切りをすればいいのじゃないですか。店長は武将の最期までキチっと表現しようとするけど、全盛期の華やかな表現で十分ですよ。」

「やっぱりツカサ君のアドバイスはいいわねえ。信長を作っただけあるわぁ。」

 店長は納得したようであれこれ考え始めた。俺は勝手に発案者にされているが、軌道修正は出来たようだ。

 はあ、やれやれ。俺だってたまには悩むことあるのだが、ここはいろいろと邪魔が多いな。



「今日の新曲の『翌檜あすなろ』はなかなかよかったですね。」

 それから数日後、放課後に立ち寄った公園。演奏が終わり、片付けが落ち着いたスバルさんに話しかけた。

 今日はバイトが休みだから、公園にてゆっくりと最後まで聴くことができた。夏期講習はまだ先だし、こんな日もたまにはいい。まあ、後であちこちのお店にリーフレットを置いてもらうために駆けずり回るのだからゆっくりとは言えないかな。いっそ、うちの高校の文化祭に来てもらうのもアリかな。今年のはまだ間に合うのか、実行委員会に掛け合ってみよう。

「うん、翌檜あすなろは檜に近い植物だけど檜ではなくて、明日こそ檜になろうとするから翌檜あすなろと言うらしい。」

「明日こそ檜に…。」

「まだまだ成長中ってことさ。」

 俺も翌檜あすなろなのだろうか。でも、翌檜あすなろは檜になりたいという目標がある。俺は、俺自身は何になりたいのだ?

 って言うことは、今の俺は翌檜あすなろにすらなれていないのか。またも壁に突き当たってしまった。


(「秀吉」はstyle-3!のシングル「秀吉」に、「翌檜あすなろ」は、「EVOKE!」に収録されています。ベスト盤「THE BEST」なら二曲とも入ってお得です。)

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