第2章―11 翌檜
「あ~、そりゃダメよ。コーヒーは水分補給にならないわよ。」
「えっ、そうだったんですか?」
「利尿効果で余計に脱水症状が悪化するのよ。だから飲むならば、うちのスポドリがいいわよ。」
会社が終わるであろう時間帯に店長に頼んで中抜けし、オアシスドリンクの受付の人に事情と特徴を伝えたら心当たりがあったらしく呼び出してくれた。
気のせいか特徴を伝えた瞬間、『トキワ』という名札を着けていた受付のお姉さんがびくついていたが、すぐに見つけることができたのはラッキーだと思う。
ホールで話していたら、そのまま仕事を終えて退社すると言うので、お礼がてらにカフェに招待してパンケーキセットをご馳走しているのだった。
お姉さんはレイカさんと言ってオアシスドリンクの総務をしているのだそうな。
俺と同じくConstellationが好きでよくランチタイムを中心に聞いているという。俺が具合を悪くした日はテストで学校が午前中で終わったから聴いているサイクルが合ったという訳だ。
「俺、脱水症状まっしぐらなことをしてたのですね。」
ガックリうなだれていると、店長が慰めてくれた。
「まあまあ、助かったんだからいいじゃないの。」
「私もConstellation好きの子と知り合えて嬉しいわ。このカフェは初めて来たけどパンケーキはとても可愛くて美味しいし。」
「まあ、ありがとう。それ、新作の『秀吉』なの。秀吉の黄金の茶室と茶々殿をイメージしているのよ。」
「へえ、凝っていますね。」
…なんだかんだで俺の黒歴史は時代モノシリーズと化してしまった。こうなると徳川家康ができるのも時間の問題だろう、やれやれ。
それはさておき、確かにレイカさんのおかげで俺は救急搬送されずに済んだし、こうして女性と知り合えたし、今日は悪いことばかりじゃない。ならば…。
『ナンパは止めた方がいいよ。』
頭の中でスバルさんの言葉がリフレインする。わ、わかってますよ。年下過ぎる男子高校生なんて相手にされないでしょうし。
「ところで、Constellationの人達と仲良しなの?」
レイカさんが話題を切り替えてきた。
「ええ、ちょっと黒歴史的なパンケーキがきっかけで。マネージャーの真似事も少々。いっそ、うちの高校の文化祭に呼んだ方がいいのかなあとかアイデアはいろいろあるのですが。」
「へえ、高校生なのにすごいな、ツカサ君は。だから最近、リーフレットがあったりCDをネット通販するようになったのか。音源あると嬉しいよね。」
黒歴史的云々は触れて欲しくないが、幸いなことにスルーしてくれた。気のせいか『黒歴史』という言葉に一瞬微妙な顔をされたが。
「マネージャー的な事をしているならば将来は本格的にやってみるつもりなの?」
不意にレイカさんが尋ねてきた。本格的?その言葉にひらめくものがあった。
「え?」
「確か、私の高校時代のクラスメートにマネージャー目指す!とか言って、そういう学校に進学した子がいたよ。ま、その子はちょっとミーハーな子でね。大手芸能事務所に入って憧れのアイドルのそばに居たいという、壮大かつ現実味薄そうな理由だったけど。」
「レイカさん、その話、詳しく聞いていいですか?」
試験休みも終わり、今日から夏休みだ。とりあえず悲しいくらい予定が無い俺はバイトのシフトを入れたが、気分は爽快だ。あれからいろいろ考えて、試験休みの間は両親と何度も話し合った。夏期講習はキャンセルが利かないこともあって受けることになったが、両親はなんとか納得してくれた。これから進路指導の先生とも話し合うためにバイトの前に学校へ行く。確か今日は先生が居たはずだ。
その前にあの二人に報告だ。確かこの時期は日差しの強い南広場を避けて、日差しの当たらない東広場にいると聞いたからそこへ行こう。
俺は公園の東広場に着き、二人を探す。視界の向こうにスバルさんを見つけ、彼を目指して一直線に駆けていく。
「スバルさーーん!」
「あれ?ツカサ君。ユウヤは今日は来ないけど…。」
「俺、決めました。二人のマネージャーやります!」
俺は宣言すると当然だが、スバルさんはビックリした顔になった。
「ええっ!」
「と言っても、すぐじゃないですよ。専門学校にある『アーティストスタッフ科』へ入って勉強して、音楽業界で働きます!それまで活動していてください!」
「あ、ああ、うん。」
唐突な告白にスバルさんは戸惑った返事をするが、俺は勢いのままに話を続ける。
「ええ、必ず二人の元に帰ってきます!」
「大学はいいの?」
スバルさんはまだ戸惑ったように俺に聞いてくるが、俺は躁状態に近いテンションで答えた。
「少しでも早く社会に出て、二人の元でサポートしたいんです。あ、もちろん、高校卒業するまでは変わらずサポートしますよ!じゃ、俺、今日はこれから学校の先生と相談しますんで!」
「ああ、頑張れよ。」
俺は急いで学校へ向かった。早く先生にも報告しなきゃ。
道を見つけるってこんなにも爽快なんだな。世界が一本の道で繋がったような感覚だ。
もっと彼らの音楽をサポートして広めていきたい。それだけなのに、こんなに突き進もうと思えるなんて。あの二人のおかげだ。
でも、彼らは本当に音楽を続けてくれるのかな?もし、音楽を止めて就職してしまったら?
いや、今はそんな考えはよそう。アーティストスタッフの多岐な学習内容からして、音楽の世界に関わるのが面白そうだと思ったのも事実だ。それに、あんなに楽しそうに演奏するスバルさんは必ず音楽の道を進むはずだ。根拠は無いがそう思う。
俺はやっと、檜になるための
スバルは学校へ走って遠ざかるツカサの背中を目で追いながらつぶやいた。
「ツカサ君は道を決めたのに、俺は何をしているのだろう…。」
第2章 fin
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