第3章-11 決意~Constellation~

「皆、今回のことは本当にありがとう」


 僕はユウヤ、ツカサ君、レイカさんに深々と頭を下げた。


 ここはいつものR,s cafe。八月も終わりが近いこの日、改めて僕はお礼の場を授けたのだ。ツカサ君は未成年だし、馴染みの所でもあるから会場は当然このカフェとなる。


「畏まるなよ、スバル。俺達は相棒だろ?」


「俺はスバルさんを守りたかっただけです」


「私も同じくスバル君を守りたかっただけ」


「皆……」


 本当に僕はこんなにも想ってもらえる仲間がいて良かったと思う。不覚にも泣きそうになったが、さすがにこらえた。


「良かったわね、落ち着いてくれて」


「スクールカウンセラーのオオサキ先生経由で聞きましたが、ヌマカゲは専門医の所へ通院を始めたそうです。正式な診断はまだこれからだけど、レイカさんの見込みと同じだろうということでした」


「やっぱりね。今まで放置してた親にも腹が立つけど、今からでも療育受ければ改善するはずよね。

 中二病も治ればいいけど、ま、これは正式な病名じゃないからね。大人になれば自然治癒して黒歴史になるだけだし」


「そう言えば、レイカさんの黒歴史って……」


 ツカサ君が言いかけた時、レイカさんが声のトーンを落として凄んだ。


「言うな、少年。『信長』か『秀吉』注文するぞ」


「……すみません、これ以上聞きません」


 ツカサ君は撃沈したようだ。そして商品名を聞き付けた店長が駆け寄って注文を取りに来た。


「あらん、歴史モノパンケーキの注文? やっと『家康』ができたのよ。静岡にちなんで……」


「て、店長! 追加注文はまだ後にしますから」


「そうぉ? ツカサ君も遠慮せずに注文してね」


 ……ツカサ君は相変わらず苦労しているな。でも、彼に取っての黒歴史が僕達の出会いに繋がったのだ。そう考えると縁というのは不思議なものだ。


「でも、発達障害って知らなかったよ。天然と言われる僕もそうなのかな? おしゃべりが長くなるし。人から言われるけど治らないんだよねえ、自分としても要点だけにしたいのだけど、そういえば……」


 ユウヤが腕組みをしながら疑問を口にする。もしかしたら気にしているのだろうか。って、相変わらず話が長い。しかし、この長さは久しぶりだな。


「うーん、聞きかじった程度だけど、誰もがその傾向があって、それが極端に振り切れると発達障害の診断がつくみたいよ。天然な人が皆そうとは限らないみたい」


「そういえば、ユウヤはキャラが元の天然に戻ったな。事件中の時はキレキレだったのに」


「あれは非常時モード。あれが長引くとオーバーヒートしてたよ。ふにゃあ」


 そう言うとユウヤはへなへなとテーブルに突っ伏した。


「やだ、ユウヤ君マンガみたい」


 そこで皆が笑って一気に場が和む。


「でも、ユウヤはともかく二人ともどうしてこんなに僕のことを守ってくれたのかい?」


 愚問かもしれないが、僕は尋ねる。


「ともかくってなんかぞんざいだなあ」


 ユウヤはぶつくさ言ってるが、二人の答えはほぼ同じだった。


「だって、Constellationの音楽が大切だから。大切な物は守りたいです」


「私もスバル君……いえConstellationの音楽はかけがえのないものだもの。だからどうしても守りたかった」


 その答えを聞いた時、急に僕の中で何かが組合わさった。無意味に思えた配列が意味を持った瞬間。まさに“Constellation”、壮大な星図が完成した瞬間だった。

 何と言うのだろう、例えるなら長い長いトンネルを抜けた瞬間に広大な星空が見えたような感じだ。いつかモンゴルの写真集で見たような無数の星が煌く壮大な星空。だけど、どの星座もわかる、読める、はっきりしている。僕はその壮大な星空の中に佇んでいた。

 僕の音楽をこんなにも必要としてくれる人達がいる。公園での聴衆もそうだが、こうして、自分を守ってくれた人達の言葉でハッキリと自覚できた。


「どうした、スバル?急に黙りこんで」


ユウヤの声で我に返った。僕の道は決まった、早く伝えないと。


「ユウヤ、こないだの話だけど」


「いきなりどうした?」


「お前とこのまま本格的に音楽活動するよ。親も説得するし、夏休み明けたら学校にも進路希望出す」


「おお! ついに決心してくれたか! スバル!」


「わ、良かったスバル君、Constellation続けてくれるのね」


「うおおお! よし! 俺が信じたとおりだった! 俺も早く専門学校行って音楽業界のことを学びます!」


「よし! これからの活動に祝杯だ! マスター!お酒出して! スバルも飲むよな!」


「じゃ、私も」


「じゃ、俺も」


「ツカサ君は高校生だろうが!」


 三人同時にツッコミが入る。人が少ない時間帯なのに一気に騒がしくなった。


「あ、でも車で来てたよね、僕達。飲めないんじゃないか?」


 ふと、気がついて僕がつぶやいた。


「あら、あたしが代行運転の料金おごってあげる」


 不意に店長が会話に割り込んできた。


「店長?!」


「こういう節目のお祝いはケチケチしちゃだめよ。これはアタシからのお祝いってところね」


「店長、ありがとうございます」


 僕は店長にも頭を下げる。この店長にもお世話になったし、本当に僕は幸せ者だ。


「アタシもリョウコちゃんもあの音楽は気に入っているからね」


「リョウコちゃんって、誰ですか?」


「アタシの奥さん」

「奥さん!? 店長、既婚者だったのですか!?」


 僕を含めて四人同時にセリフを発する所からして、衝撃的だったのは僕だけではなかったようだ。


「あら、言ってなかったかしら。このお店のRもリョウコの頭文字から取ったのよ」


 言われて見れば確かにそうだ。


「えっと、店長、リョウコさんってちゃんと、じょ、女性ですよね」


 ツカサ君が頭を抱えながら確認する。


「何を変なこと聞いてるのよ。当然、女性よん。今、出産で実家に帰っているからお店に出てないけど。CDが出たからリョウコちゃんに贈って胎教にConstellationの音楽を愛用させてもらっていたのよ。とても癒されるからと気に入っているのよ」


「えええ?! こ、子供?!」


 なんだか一気に訳がわからなくなった。なんか今夜はいろいろなことが起きてついていけない。


「と、とりあえず僕達は祝杯あげるぞ、スバル」


「お、おう」


 雨降って地固まる、いや、禍福は糾える縄の如しかな。

 とにかく、今夜は忘れられない日になりそうだ。僕はそう思った。


(「家康」も曲名です。ミニアルバム「家康」に収録されています。)

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