第3章-10 歪んだ愛の終焉

 結局、取り残された僕ことユウヤはツカサ君達の現場には間に合わなかった。スバルの奴が片付けを僕に押し付けて、ツカサ君達を探しに行ってしまったからだ。ここから書くのはスバルやツカサ君、レイカさんの三人から聞いた話を総合したものだ。ただ回想するのもなんなので、ちょっと文学的にまとめてみようと思う。


 ここは公園の名前の由来となった翡翠色のタイルをちりばめた森を象った壁画がある休憩所。その場所に二人は対峙していた。


 一人は金髪の少年。一人は制服姿の陰気そうな髪の長い少女。その姿はまるで陰と陽を表しているようだ。


 少年が鋭い目付きで睨むのに対し、少女は押し黙る。


「お前、三組のヌマカゲだろ?」


「……」


「俺が学校に居ると思って油断しただろ、あいにくだな」


「……」


「アズマにやったのと同じ手口をスバルさんにもするとは間抜けだな」


「……」


「また差し入れするつもりだったのか? その箱。今度は何を入れたんだ」


「……」


「お前のしていることは恋愛じゃない。自分の欲望を満たしたいだけの自己満足の激しい野郎だ」


「……」


 相変わらず少女は押し黙っている。まるで言葉を知らないようだ。


「何とか言えよ」


「……」


「何も言えないのか? それとも言う必要がないと思ってんのか?」


「……」


「バカにしているのか? 言えって言ってんだろ!」


 少年は黙る少女に苛立って詰め寄る。しかし、少女はやはり何も言葉を発しない。


「この野郎っ!」


「待ったぁぁぁぁ!!」


 少年が拳を振り上げた瞬間、彼の脇腹に『Stylish-3!』のペットボトルが当たった。


「ぐおっ! 痛ってえ!」


 ツカサが脇腹を押さえて呻いていると、レイカとスバルが息を切らして休憩所に現れた。


「ちょっと乱暴だけど、間に合ったわ」


「レイカさん!? スバルさんもどうしてここに? って、マジで痛いんですけど」


「スバル君の案で公園事務所の防犯カメラ映像を見せてもらったのよ。それで二人の移動した方向がわかって場所が特定できたの。間に合って良かった」


「な、なんとか間に合って良かった。ツカサ君、無茶しすぎだよ」


「だからってペットボトルを投げなくても。いてえし」


「大丈夫、一番小さなサンプルの125mlペットボトルだから。万一の武器として350缶サンゴーかんも持ってるけど、さすがにそれは死ぬでしょ」


「いや、そういう問題じゃないぜ。ぜってーアザになってるし」


 ツカサの抗議は無視してレイカは続けた。


「いいこと、これだけは覚えていてツカサ君。如何なる理由があろうと男子が女子を殴ってはいけないわ。その瞬間から男はクズになるから。現に今のも痛かったでしょ。自分が痛いことをその子にやろうとしていたのよ。ところで、この子がヌマカゲさん? 一連のことは彼女の仕業で間違いない?」


「あ、ああ。多分のその箱が例の差し入れだと思う」


 ヌマカゲと呼ばれた少女は箱を大事そうに持っている。その表情は戸惑いと動揺が見えているのは明らかだ。


「悪いけど、中身を見せてもらえる?」


 レイカは言い終わるか言い終わらないうちに箱を素早く取り上げ、開封を始めた。

 中身はやはり以前ツカサが処分したのと同じ形状の菓子であった。


「これが例のやつか。割ってみると……うわあ。本当に異物入ってるのがすぐわかる。じゃ、一連のことは彼女の仕業確定と。ならばこうするか」


 ツカサに箱を預けると、レイカはつかつかとヌマカゲに近づき、そして。


『パァンッ!』


「れ、レイカさん?!」


「レイカさん?!」


 乾いたビンタの音が一帯に響いた。


「ツカサ君には言ったけど、この子は発達障害か何らかの障害があると思う。自分の勝手な仮説だけど、こういうトラブル起こす輩は大抵は診察させれば何らかの名前の発達障害の診断が下りるはずよ」


「発達障害?」


 スバルは初めて聞いた言葉に復唱する。


「そう、知能には問題ないけど、脳の一部がうまく発達していない状態を指すの。それによる弊害は例えば遅刻、忘れ物やミスが多いなどいろいろあるの。中でも特徴的なのはコミュニケーション能力に問題あること。この子はさっきから全く口を利かないから多分、ね」


「コミュニケーション能力の問題……距離感無い人や空気読めない人ってたまにいるけど、それなの?」


「そう、この子はそれにいわゆる中二病も混ざったのでしょうね。でもね」


 レイカはヌマカゲに向き直り、二発目のビンタが炸裂した。


「私の大切な人を怯えさせた罰は受けてもらわないとね。危うくバイオリンを弾けなくなるところだったのよ。あんたがいくら拗らせようと彼からバイオリンを奪うのは許さない」


「男の暴力はアウトで、女のビンタはいいのかよ……」


「しっ、ツカサ君。今はそんなこと言える雰囲気ではない」


 二人はレイカが本気で怒っているのを感じた。


 僕は以前、スバルからはレイカさんが本気で切れてこの公園で大立ち回りをしたこと、レイカさんからはその人を結果的にではあるが、と前置きされた上でネット環境が覚束ないくらいの僻地へ追いやった話を聞いたことがあったが、きっとその時と同じくらいの怒りだと僕は思う。この手の人は普段怒らない分、怒ると辺り一面ペンペン草も生えないくらいの焦土と化すくらい凄まじいからね。あ、いけね、文学的にするつもりが僕の感想が混じっちゃった。戻さないと。


 そうするとヌマカゲストーカーが逆にピンチとなる。さっきから様子を見るとツカサと対峙した時とはうって変わってヌマカゲは怯えている。そしたらストーカーを助けなくてはならないのか? とツカサが迷い始めた頃、レイカが思わぬことを口にした。


「とは言え、この子を見ていると昔の自分みたいだわ。ここまで拗らせてはいなかったけど、これ以上は自分に制裁を加えているみたいだからできないわ」


「昔の自分?」


「ちょっと前までこの子と似たような髪型だったの。地味過ぎてサダコと陰口叩かれてたくらい」


「えええ?!」


「二人とも何を驚いてるのよ。ともかくツカサ君、打ち合わせ通りスクールカウンセラーに連絡して」


「あ、はい」


 ツカサ君はスマホを取り出し、連絡を始めた。話からして予め事情を話していたようで、すぐに来るとのことだった。


「警察ではなく高校に突き出すというのは、こういうことだったのか」


 スバルが納得したようにレイカに話す。


「そ、この手の輩は処罰より治療でしょ。下手に退学にさせると所在掴めなくて危険だし、失う物が無いと暴走しかねない」


「確かにそうですね。あ、オオサキ先生が来た!」


 こうして僕らが話している間も彼女は立ち尽くしていた。レイカさんのビンタと迫力が相当効いたようだ。そして駆けつけてきたスクールカウンセラーによって、学校に連行されていった。


「これでヌマカゲアイツも改善するのか?」


「わからないけど、このまま放置したらとんでもないことになるのは目に見えているしね。現時点で打てる手段はこれしかないわ」


「……本当に終わったんだね」


 スバルが確認するように尋ねる。そこには安堵の表情があった。


「ええ、恐らくは。あと、それから」


『パァンッ!』


 そう言い終わるとレイカはツカサへ向き直り、大きなビンタを一発かました。


「れ、レイカさん!?」


「ちょっと、レイカさん?!」


 スバルが止めようとするが、レイカはガシッとツカサを抱き締めて泣き始めた。

「本当に、本当に心配だったのよ。いくら相手が女子高生でも何か危害が加わるのじゃないかって、不安だったのよ。もう無茶しないで。良かった、ツカサ君に何もなくて本当に良かった」


「れ、レイカさん。わかりました、わかりましたから。は、離して。」


 ツカサはどぎまぎして真っ赤になりながら答えた。


 ……って、レイカさん。ツカサ君が誤解するんじゃないか?ただでさえ女性に免疫無い男子高校生だし。あの年代は大人の女性に憧れるのもいるし。……でも、レイカさんは多分……うーん。

 ま、僕は三人を暖かく見守るよ。あれこれ口を出すとややこしくなるからね。


 こうして見守れるのもミソノちゃんという彼女がいるからかな。ふふふ、早く日本へ帰ってこないかなあ。昨日のメールだとネパールに着いたとあったけど暑くないのかな? 熱中症大丈夫かな? 日本のグッズでも差し入れしようかなあ。しかし、ホントに世界一周するのかなあ。マチュピチュやギアナ高地にも行きたいと言ってたけど、治安や病気も心配だよ。でもゴビ砂漠はクリアしたと、こないだのメールにはあったし、ワイルドだよね、ミソノちゃん。

 いけね、また話が逸れた。全然文学的じゃないや。元に戻さないと。

 こうして、僕達が巻き込まれたストーカー事件は終結したのであった。


(ストーカーの病理的分析はあくまでも仮説です。実際には複雑多岐に渡る要因や病名などが診断されます。)

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