第3章-6 歪んだ愛情
(注意・一部不快な表現があります)
ユウヤに強く言われてカフェに戻った僕たちはツカサ君の話を聞くことにした。その内容は強烈かつ衝撃的だった。
「俺の高校で友人が巻き込まれた事件です。アズマと言う奴なんですが、陸上部のエースだからモテるんですよ。だから差し入れの数もすごかったです」
「その差し入れの中に問題の品があったのね」
レイカさんが言葉を継ぐようにツカサ君の話を促す。
「はい。あれはバレンタインデーの時でした。チョコやお菓子の差し入れがいつもよりたくさん来ていて、さすがに食べきれないからとアズマは放課後にクラスの皆に分けてくれたんです。みんな腹減らしてますからね、すぐにあちこちで開封して食べようとしました。
でも、食べようとしたクラスの女子が……あ、うちはほぼ男子高だけど女子がいない訳ではないんです。うちのクラスには二人しかいないですけどね。『食べちゃだめ! これ、髪の毛が入っている!』と叫んで。その子はお菓子を直接かじらずに割って食べる子だったから、口にしないで済んだのですが」
「なんだって、そんなものを」
ユウヤが薄気味悪そうな顔をして尋ねる。
「それから差し入れは全て先生が回収して、騒ぎとなりました。クラスの女子から聞いた話では、おまじないの一種で髪の毛や血を入れたものを食べさせると恋が叶うとかなんとか」
「やだやだやだやだ、気持ち悪い、占い好きでもそんなのやりたくない!」
レイカさんが腕組みをしてすくみながら叫ぶ。
「さらに他のお菓子にはガラスの欠片が入ったものがあったそうです」
「げげ、そんなの食べたらケガで済まずに口内や内臓が傷ついて救急車ものじゃないか」
ユウヤが身震いする。
「それからが大変でした。アズマやクラスの俺たちのメンタルを考慮して、学校側は臨時休校して犯人捜しが徹底的に行われました」
そこまで話すとツカサ君は水を一気に飲み干した。トラウマになっているのだろう、呼吸も荒くなり、わずかに震えているのがわかる。
「犯人はすぐにわかりました。ガラス片の方はアズマのライバルと付き合っている女子が独断でやったと。傷害未遂ということで退学になりました。親戚の家から通っていたというから、実家へ帰ったと聞いてます」
「ま、待って。ガラス片のお菓子と髪の毛入りお菓子の犯人は別ってこと?」
僕は思わず遮って質問する。そんな強烈なのが同じ高校に二人も居たのか?!
「……はい、残念ながら。それから異物入りお菓子とセットで盗聴器入りのぬいぐるみもありました。相手を傷つける動機と歪んでいるとはいえ、愛情を得ようとする動機は相反しますよね」
確かにそうだ。
「髪の毛……異物入りお菓子の方はヌマカゲという同学年の他のクラスの女でした。学校側の聴取ではクラスの女子が言ってたとおり髪の毛と血を混入させたと。
ただ、こちらはガラス片の子とは違って停学処分になったと聞いてます。処分に差が出た理由はわかりませんが、まだ学校にいるはずです。それからうちの学校は差し入れが全面禁止となりました」
「ツカサ君、なかなか強烈な学校に通っているわね。店長、ツカサ君にホットココアを持ってきてください」
レイカさんは真っ青になって震えているツカサ君の背中をさすりながら、追加オーダーをした。
「すみません、レイカさん」
「いいのよ、必要に迫られているとはいえ、辛いことを話させているのだもの。続きは話せそう?」
「はい。数日前にぬいぐるみを見つけた時に中に機械が仕込まれているのには気づきました。盗聴器だと思った俺は、とっさに店長にお願いして一芝居打って、ぬいぐるみを釜茹でにして中身を破壊したんです。犯人にしてみれば盗聴失敗にはすぐ気づくでしょうから、そこであきらめてくれれば、と思いました」
「ツカサ君……」
全く気づかなかった。人知れずツカサ君にそんな気を遣わせていたなんて。
「でも、今日の差し入れの中にアズマがもらったものと似た特徴のお菓子があり、割ってみたら髪の毛が入っていました。多分、血も混ざっていたのではないかと思いますが、気持ち悪いからすぐに生ゴミと一緒に捨ててしまったので」
「それって、そのヌマカゲって子がスバルを狙っているってことか」
ユウヤが苦々しく尋ねる。
「その通りだと思います。ぬいぐるみがスバルさん宛でしたから。失敗に気づいておまじないを使ってきたのだと思います。スバルさん、本当に気を付けてください。俺、明日にでも学校の先生に相談します」
「私も会社の法務部の子に何か対策がないか聞くわ。警察に相談すべきかも」
「このカフェは多分ですが安全です。あいつは同じ高校の俺がいるから姿を現せないと思いますし、実際俺のバイト中には見かけたことはありません。また何かしたら退学処分は間違いないですから。いざという時はこのカフェを避難場所にしてください」
その時、店長がホットココアを二つ持ってきた。ツカサ君と僕の前に置く。
「え? 僕に? 店長、ツカサ君の分だけでは?」
店長はゆっくりと首を振り、僕に向かって諭すように話しかけてきた。
「スバル君も顔色が悪いわ。それに手が震えているわよ。だから君も飲みなさい。ホットココアはミルクも相まって心を落ち着けて、ストレスに効くのよ」
自覚が無かったが、ホットココアを手にしようとして気づいた、カチャカチャと震えてうまくカップが持てない。
得体の知れない人に狙われている。その事実に僕はひどく動揺している。
「スバル、落ち着けというのは難しいだろうが俺がガードしてやる」
「ユウヤ……」
「俺だけじゃない、ツカサ君やレイカさんもスバルを守ろうとして動いてくれている。お前は一人じゃない。とりあえず、しばらく演奏を休もう。公園への演奏キャンセル届は僕がしておく」
「あ、ああ」
演奏してたくさんの人に聴いてもらいたかった。ツカサ君のおかげでリスナーも増えて嬉しかった。でも、まさかこの僕がストーカー被害に遭うなんて思いもしなかった。
僕は演奏を続けていいのだろうか?
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