第3章-2 待ち構える者

 ツカサ君がホールへ戻っていき、僕はスバル達と他愛のないおしゃべりをしていながら考えていた。

 まだスバルは迷っているのかな。十分に音楽の才能はあると思うし、ツカサ君のおかげでリスナーも増えてきた。何よりもツカサ君の人生すら変えてしまっているのに、スバルはまだ気づいていない。

 そりゃ、売れるのか、やっていけるのかという不安はあるだろうし、堅い仕事に就いて欲しい両親との話し合いなどもあるのだろう。しがらみって大変。

 いや、反社会的で無ければなんでもいいといううちの親が寛大なのかいい加減なのか。

 しかし、スバルの態度は僕から見ると本当にもどかしいな。音楽を続けたいのはわかるのに何を浚巡しているのだろう。

「そういえば、二人は何の学校に入ってるの?」

 レイカさんの声で、僕は我に帰った。

「ああ、ビジネス系というか法律系。」

 僕はシンプルに答える。

「宅建や税理士、ロースクールや公務員などのやつ。ほら、藍青らんじょう法律専門学校って所。」

 スバルが会話を引き継ぐ。

「へえ、お堅い系なのね。って、あれ藍青らんじょうと読むんだ、知らなかった。」

「『青は藍より出でて藍より青し』から取っているんだって。師匠を越えろという意味らしいよ。」

「なかなかハイスペックそうな学校ね。」

「まあね。だから、音楽やってる僕らはちょっと異色だね。な、スバル。」

「ああ、そうだな。」

 なんだか、スバルは元気がない。やはりツカサ君の報告で揺らいでるのかな。

 まあ、まだ卒業まで時間はある。僕も念のため資格を取るつもりだ。音楽活動するならば、税理士の資格を取って自分で経理する方が便利だし、資格まで行かなくても行政書士や司法書士の知識もあれば運営会社を専門家に頼まなくても自ら立ち上げることもできる。

 音楽活動が万一できなくても、資格を活用してどこかの法律事務所への就職もできるだろう。

 まあ、一番はスバルが決心してくれることだ。待つことにしよう。…なんだか、告白して返事を待ってるような気持ちだな。ミソノちゃんの返事を待ってる時もこんな風にどっかりと構えて待ってたなあ。ふふふ。

 ちょっとした回想が顔に出ていたらしく、スバルに突っ込まれた。

「ユウヤ、何をにやけているんだ?」

「え?ええ?あ、あれ。ちょっとミソノちゃんとの思い出に浸ってた。」

「ノロケは要らないからな。」

「そういえばさっきの発言からして彼女いるんだ、ユウヤ君。どんな人?演奏には見に来ているの?」

「前のバイト先の人だよ。今は休学してバックパッカーやって世界一周に行ってるから、遠距離恋愛ってやつ。」

「ああ、そりゃ確かに遠距離だわ。でも、いいなあ。恋人いるって。スバル君はいるの?」

 僕はスバルの代わりに答えた。

「ああ、ダメダメ。こいつはモテるけど、音楽一筋だから人に好意持たれても全然ぜんっぜん気づかないよ。専門学校ガッコでも何人もの女性が影でクラッシュしていったよ。」

「え?そうだったの?」

「ほら、気づいていない。」

「うわあ、スバル君って罪な人。」

「なんだよ、ユウヤ。ミソノちゃんに告白した時は『フラれるかも、嫌われたかも、どうしよう。』っておろおろしてたクセに。」

「う、うわあ。ばらすなよ、スバルっ!」

 せっかく思い出を美化していたのに真相をばらされてしまった。うう、穴があったら入りたい。

「ついでに言えば、公園に一時期来なかった理由もミソノちゃんとデートしてたからだよな。」

はううっ!さらにバラさなくてもいいじゃないか!スバル!そりゃ、ミソノちゃんが旅に出ちゃうのだから会える時には会いたいじゃないか。

「お熱いねえ、ユウヤ君。」

レイカさんが、羨ましそうに言ったことで笑いに包まれる。僕は恥ずかしいけど。


 楽しい一時ひとときを過ごしていたが、その一方で僕は気づいていた。ぬいぐるみを見つけた時のツカサ君の一瞬の変化、そして奥のホールでぬいぐるみを鍋の中に投入する瞬間も見てしまった。ぬいぐるみを洗う時は普通はそんな洗い方はしないのはさすがにわかる。まさか、ぬいぐるみに炭疽菌がいたわけではあるまいし。一体なんだというのだろう。


 僕たちが寛いでいる間、その裏に渦巻くものの気配にはまだ気づく由もなかった。






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