第3章-3 ユウヤ、ツカサ君の黒歴史をえぐる
それから数日後、僕とユウヤは相変わらず演奏活動をしていた。夏休みだから活動時間はいつもより長めだ。熱中症対策に日差しの当たらない東広場に移動していたけど、リスナーは増えている。
「ふう、今日はかなり汗をかいたね。レイカさんの
汗を拭きながらユウヤがつぶやいた。僕も差し入れの山を見つつ答える。
「最近は差し入れもさすがに生物は無くなったね。でも、クーラーバッグに保冷剤とか気を使ってるなあ、みんな。」
まあ、ツカサ君にかかれば全部廃棄モノなのだろうけど。もったいないとは思うけど彼は厳しい。
「いらっしゃいませ~。」
「はあ~、今日も暑かった。アイスコーヒー二つね。あ、僕はパンケーキの『秀吉』をセットで。」
「…『秀吉』、ですね。」
ツカサ君は心の中で黒歴史を上書き更新されているのだろう、歴史モノパンケーキのオーダーの時だけ声がひきつっているのがわかる。
僕はそっとしておこうと思ったが、ユウヤが天然砲を放った。こいつは時々、悪気は無いがこういうことをする。
「そういえば、信長、秀吉と続いたけど、『家康』は無いの?」
ツカサ君はガックリとうなだれて絞り出すように答えた。
「……聞かないで欲しかった…。」
やっぱり、なんかあったんだ。
「俺が却下しましたが、店長は諦めずに試行錯誤してますよ。当初の案だと鯛の天ぷらをモチーフにしたとかで、鯛の形のパンケーキにあんこを挟むというシロモノで…。」
「それ、巨大な鯛焼きじゃないの?」
僕が突っ込むとツカサ君は同意を得たりという顔で答えた。
「そうなんですっ!どう見ても巨大鯛焼きなんですっ!もはやパンケーキじゃありませんっ!しかもっ!鯛の天ぷら食べて家康は死ぬんですよ!不吉の中の不吉じゃないですかっ!だから問答無用で却下したのですが、店長はまだ懲りずに作ってるんですよ…とほほ。」
…ツカサ君の全力での否定ぶりが尋常ではない。やはり触れないであげた方が良かったのに。しかし、どうやって鯛の形に焼いたのだろうか?まさか鯛焼きの型を特注した訳ではないよな。すごく気になるが、ツカサ君の様子では聞くに聞けない。
「ん~、家康は静岡出身なんだからわさび風味にすればいいのに。」
ユウヤはきっと何も考えていないな、燃料投下してどうすんだか。
「それは二度目の試作品で却下しました…。わさび風味パンケーキにわさび生クリーム、わさびソフトにわさび漬けがトッピングなんて。…うっ、ううっ、思い出すだけで吐き気が…。」
ヤバい、なんだか余計に傷口を広げてしまったようだ。なんか話を逸らさないと。
「じゃあ、桜えびやウナギ…。」
「つ、ツカサ君っ!いつもの検疫頼むよっ!」
ユウヤが余計なことを言う前にいつもの依頼しよう、話を逸らすにはそれが早い。
「あ、はい。オーダー伝えたらチェックしますね。」
良かった、店長に新たなアイディアという名の燃料投下せずに済んだ。ユウヤの奴、店長が本当に桜えびやウナギの粉入りのパンケーキなんて作ったらどうすんだよ。
「はい、まずはアイスコーヒーです。じゃ、いつもの仕分けを行きますかね。」
立ち直ったツカサ君は手慣れた手つきで差し入れを仕分けて行く。この真夏にはさすがに生物はないが、手製のお菓子は相変わらず却下している。
「今日はこんなものですかね。じゃ、こちらは廃棄処分していきますね。」
相変わらずツカサ君は手厳しい。過去に食中毒でも起こしたのかもしれない。でも、いつかの剣幕からして引っかかる。
ツカサ君が引っ込み、入れ替わりにパンケーキを持った店長が来た。
あ、このパターンだと…。
「店長さん、家康の完成楽しみにしてますね。」
「あらん、ユウヤ君嬉しいこと言ってくれるわねえ。いろいろ作るけどツカサ君が厳しくって。」
「大丈夫ですよ、店長なら素晴らしい作品としてパンケーキを作ってくれるの期待してますよ。そうだ、家康は漢方薬オタクだったから、漢方薬系スパイスを効かせるのはどうですか?」
「あらあ、その考え方は斬新ね。」
…ツカサ君の防戦というか、苦労はまだまだ続きそうだな。
ホールへ戻ったツカサは、差し入れを廃棄処分しながらひとりごちていた。
「うーん、人気出てきたのはいいけれど、客のマナーが悪くなってきたかもしれない。こないだの件もあるし…。ヤバいな。」
Constellationの人気が出ると共に新たな問題も起き始めていたが、まだ僕はそれを知る由もなかった。
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