第3章Stand up!~スバルとユウヤの場合~
第3章-1 Stand up!~スバルとユウヤの場合~
「へえ、ツカサ君は大胆な進路変更したんだねえ。」
演奏を終えて、機材を片付けしながら僕から話を聞いたユウヤは答えた。
「いや、もうびっくりしてろくな返事できなかったよ。」
「僕たちもそろそろ進路を決めないとね。まだ迷っているの?」
僕はドキッとして片付けの手が止まった。
「…ああ。」
「僕はこのままスバルと本格的に音楽活動してもいいと思っている。いや、思っているって曖昧だな。ちゃんと音楽活動しないか?」
「ユウヤ…。」
「あとは君次第だよ。ま、うちは親が『法律に反する職業で無ければいい』と緩い方針だから言えることだけどさ。ハハハ。」
ユウヤは笑いながら機材をてきぱきと片付けて行く。僕は答えに迷い、動きも遅くなってしまった。そんな僕をカバーするように僕の分までユウヤは片付けを済ませていく。
僕は、できればこのまま音楽を続けていきたい。たくさんの人に僕が作った曲を聴いてもらいたい。何よりもバイオリンは大切だ。
でも、両親は堅い職業に就いて欲しいようだ。他の兄弟に示しが付かないと言う無言の圧力もある。確かに売れるかどうかわからない不安定な要素が沢山あるから、いい顔しないのは仕方ない部分もある。
両親の期待に答えればいいのか、自分の心に素直になった方がいいのか。僕はまだ迷いが拭いきれずにいる。
「さ、機材や楽器はしまった。車はまだ置いておけるからR,s cafeに立ち寄って未来のマネージャー君に会いに行こうか。まずは美味しいコーヒーでも飲もう。」
ユウヤの声で我に帰った。片付けはほとんどユウヤに任せてしまったようだ。
「あ、ああ。悪いな、片付けさせちゃって。」
「別に構わないさ。それからツカサ君にまた検疫通してもらわないとね。増えていくねえ、スバルへの差し入れ。」
ユウヤは冷やかすように笑った。
「いらっしゃいませ、お疲れ様です。」
「いらっしゃ~い、待ってたわ~ん。」
「店長、その挨拶はいかがなものかと思いますが。」
「あら~ん、若いイケメン二人が来れば嬉しいじゃないの~。」
「…。」
このカフェに立ち寄るようになってもはや風物詩ともいえる店長達の掛け合い漫才のようなやり取りを見つつ、席に着く。
注文をしようとした時、ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。今日は早いですね、レイカさん。」
「今日はノー残業デーだから真っ直ぐ来ちゃった。あ、Constellationのお二人もお疲れ様です。」
「レイカさんこんばんは~。じゃ、二人がけテーブルから四人のテーブル移ろうか。隣座りませんか?」
「え?ユウヤ君いいの?」
「いいですよ、キレイなお姉さんがいた方がパンケーキも美味しいってものです。」
「ユウヤ、彼女にチクるぞ。」
「ああっ、ミソノちゃんには内緒にしてぇっ!これは言葉のあやってもので!」
「なんか楽しそうですねえ、バイトで無ければ、この席に混ざりたいくらいです。ご注文をどうぞ。」
僕のことを『バイオリンの君』と呼んでいたレイカさんはツカサ君の熱中症事件以来、彼と仲良くなったらしく、よくこのカフェに来るようになっていた。
そして、こうやって一緒になると三人でテーブルを囲むことになるのが、最近の流れであった。あの大立周り事件から時々差し入れはもらっていたけど、彼女の名前すら知らなかったから、ツカサ君を通して交流が生まれたと言える。そうして僕を含む三人は四人掛けの席に座り直し、各々注文をした。
「最近、お二人への差し入れ増えてますねえ。」
ツカサ君が冷やかすと、ユウヤが嬉しそうに答えた。
「まあ、比率はスバルへのプレゼントが多いかな。でもこの時期に一番助かるのはレイカさんのドリンクだね。やはり昼間の演奏は暑いからすごく汗をかいて。あれはちょうどいい水分補給になるんですよ。」
「あら、ありがとうございます。やはり熱中症は怖いから水分補給はしっかりしてもらいたくて。それからうちの製品を是非ともよろしくお願いいたします。」
レイカさん、しっかりしているなあ。
「確かに既製品だから安心の差し入れですねえ。」
出た、ツカサ君の『お手製恐い。』なんで、彼はこんなにこだわるのだろう。
「シビアな高校生ねえ。学校で神経質と言われない?」
「神経質で当たり前です。この時期の手製はおっかないの一言ですよ。レイカさんも仮にも食品扱っている会社ならわかるでしょ?」
「うーん、作るのは工場だしなあ。私は社員のあれこれをする総務だし。」
…レイカさんは意外とアバウトなのかもしれない。
「さ、そろそろ注文の品ができますから、その前に恒例の仕分けしますか。これはセーフ、セーフ、ギリギリセーフ、アウト、…あれ?」
ツカサ君の顔が一瞬変わった。
「これ、食べ物じゃないですね。」
指摘されて気づいた。かわいいパッケージだけど、中身は20センチくらいのぬいぐるみだ。
「へえ、テディベアだ。かわいい。ちょっと中身を見せて。」
レイカさんは女性らしく、反応が早く開けて手に取る。
「これは…俺にもちょっと貸してください、レイカさん。…これ、店長の好みかも。呼んできますね。」
ツカサ君はテディベアを持って奥にひっこみ、しばらくして注文した品を持った店長が来た。
「はいお待たせ。それからねえ、スバル君。このかわいいテディベアちゃん、うちのカフェにぴったりだからアタシに譲ってちょうだい。」
え?まあ、この店長ならそういう趣味もありそうだ。
「いいですよ。な、ユウヤ。」
「うん、男の僕らにはちょっと合わないし、ミソノちゃんにあげたらなんだし。あの子はテディベアよりプーさんが好きだしなあ。」
「ちょっとユウヤ君、ファンとはいえ、他の女から貰ったプレゼントを彼女に横流ししたらフラれますって。」
「ええ?そうなんですか!?レイカさん。」
「ユウヤ君、もうちょい女心考えましょうよ。」
レイカさんがユウヤに説教を始めそうになったその時、ツカサ君がとりなした。
「まあまあ、二人とも。じゃ、このテディベアはうちのカフェに置きますね。店長、ぬいぐるみだから念のため洗って“消毒”しますね。あと、手製のお菓子はいつも通り食中毒が恐いので廃棄と。」
そういうとツカサ君はテディベアを奥へ持っていき、店長と共にホールの奥へ引っ込んだ。なんだろう、ツカサ君がいつもより厳しい気がする。
「ツカサ君、相変わらずの厳しさだね。」
「あの子、いつもああなの?」
「うん、こういうバイトしているから食中毒には敏感なんだって。」
一方、ホールに戻ったツカサは食器やふきんなどを煮沸消毒するための鍋を取り出していた。本来は閉店後にする作業なので、閉店前にあがるツカサは行わない仕事なのだが、今回はちょっと違う。
「店長、この鍋でいいんですね。」
「そうそう、水をたくさん入れて沸騰させたらそれを入れてね。中にもダニがいるかもしれないから念入りにね。」
「新品なのに、いるんですか?」
「本人は新品と信じていても、オークションで買うと中古品をつかまされるケースもあるからねえ。念のためよ。」
この時、ツカサ君達が裏で行っていたことや、僕を守ってくれていたことにまだ気づかなかった。
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