第2章-6 店長との攻防、そして新メニュー
「ツカサ
遅刻は怒られなかったが、店長は相変わらずおネエ言葉で話しかけてくる。やはり昨日無理して呼び出した負い目があるのだろう。
「いえ、気にしてませんから。」
時刻は午後6時。俺は客席を背にして洗い物をしながら受け答えしていた。ティータイムが終わり、先ほどから雨が降り始めたこともあり、客足は落ち着いていた。
とはいえ、雨が止んだらまた客は増えるだろうし、7時に近づくにつれ今度はパスタセットやサンドイッチセットを頼む客が増えてくる。それに備えるためにも溜まった洗い物をしていた。
「そおぉ?ならよかったわぁ。それでねえ、昨日のツカサ君の台詞をヒントに『本能寺の変パンケーキ』を試作してみたのだけど、どうかしら?」
俺は洗いながらずっこけた。危うくカップが割れる所だった。これ、値段は知らないが高そうなんだよな。給与天引きはないとは思うが、万一割ってしまったら心臓に悪い。
「安土桃山時代の代表的なお菓子であるカステラと金平糖を使って、カステラっぽい風味のパンケーキ、金平糖を散らした生クリーム、敵は生クリームの中にありだから中にチョコアイスを仕込んで、本能寺の変の業火をイメージして花火を刺してみたのだけど。」
「…店長、うちは一体どこへ向かっているんですか。」
めまいを起こしそうになりながら体勢を立て直し、俺は異議を唱える。
「うちはオシャレカフェなんですよ!そんなイロモノに走ってどうすんですか!」
「ダメかしら。みんな分かってくれないのよねぇ。発案者のツカサ君ならば、と思ったのだけど。」
冗談じゃない。そんなメニューが採用されたら、俺の黒歴史が常に更新されてしまう。なんとしても阻止せねば!
「勝手に発案者にしないでくださいよ。ダメに決まってます!第一、そんな酔狂なメニューを注文する客なんていますか!却下です、却下っ!」
「すみませ~ん、その本能寺の変パンケーキ注文していいですか?」
うおお!誰だ!店長を援護射撃して俺の背中を撃つ奴は!
振り向くと、先ほどの公園でのユニット二人組が席に着いていた。
「えっと、ユウヤさんとスバルさん。いらっしゃい…ませ。」
「やあ、早速来ちゃった。」
ニコニコとユウヤさんがお手拭きで手を拭いている。
「演奏していたら、雨の予報がスマホに入ってきたから早めに切り上げたんだ。」
スバルさんが言葉を引き継ぐ。
「そうなんだよ。急にスマホにアラートが入ってね。ほら、僕達の楽器は雨厳禁じゃない。だから演奏を切り上げて急いで機材は車へしまったんだよ。本当に片付けが間に合うかヒヤヒヤだったな。それで、ツカサ君のカフェでせっかくだからコーヒー飲んで雨宿りしようかと思ったら、何だか面白そうな会話が聞こえてきて。聞いた感じ美味しそうだし。」
確かにティータイムと夕食時の
「だからユウヤ、話が長い。それに試作品なのだから客には出さないだろ。」
そうだ!スバルさんの言う通りだ!
「まああ!アタシのアイディアに賛同してくれるのね!いいわ、今回は特別に提供してあげる。」
な、何ぃ!!店長ぉぉぉ!止めてぇぇぇぇ!
「あ、でも業火なら花火よりも、フルーツフランベを乗せてお皿の上で火を付けるなり、パフォーマンスっぽく提供するテーブルの上までフライパンを持ち込んで、その場にてフランベして乗せる方がいいのじゃないですか。ゆらゆらした炎の方が幻想的だし、ブランデーの香りがついて風味が増すと思います。花火だと火薬の匂いが付くからこっちがいいですよ。」
「確かにそうね、いやぁねぇ、アタシったら、見た目ばっかり気にしちゃって。」
なんだか二人は生き生きと意見を交わしている。マジかよ、黒歴史がメニュー化して更新され続けてしまうのか。うう、俺のライフポイントがどんどん削られていく。
「あ、あの、名前は変えた方がいいのじゃないかな?本能寺の変ってやはり人が討ち死にしている訳だし。」
俺のライフポイントがゼロになっているのが分かったのだろう、スバルさんが援護射撃してくれた。果たして戦況は変わるのか。
「それもそうねえ、じゃあ織田信長の最後の晩餐…。」
「『信長』にしましょうよ。ごちゃごちゃ入れずにシンプルに!それでイラストあればバッチリです!」
天然なのか、ユウヤさんがさらに背中を撃ちにくる。スバルさんの援護も空しく今、俺のライフポイントはマイナスになった。
「そうね、シンプルに信長!」
「店長…、うちはオシャレカフェ…女子に受け入れられませんよ…。」
もはや無駄だと思いつつ、俺は最後にあがいてみる。
「あらぁ、そんなの、タカバタケ君がイラスト巧かったから、メニューに乙女ゲーっぽいイケメン信長を書いて出したら女子に受けるわよ。そうだわ、第一弾は信長で、第二弾は『秀吉』かしら、そうなると『家康』も考えないと。」
う゛わ゛あ゛あ゛あ゛~!!変な方向に行ってるよ!ライフポイントマイナスの屍にさらに剣を突き立てられてるよ!
「あ、いいですねえ。そしたら僕、全シリーズ食べます。」
「まあ、嬉しいわ。是非とも食べにきてね。」
盛り上がる二人を尻目に、俺は頭を抱えて屍になっている。もはや俺はRPGで言うところの剣を突き立てられて、さらにドラゴンの炎をくらって黒焦げになって、教会行っても蘇生できないくらいのダメージだ。燃え尽きた灰になっていると、スバルさんがこそっと話しかけてきた。
「ごめん、あまり力になれなくて。アイツは悪い奴じゃないんだけど、天然でね。」
「いえ、いいんです。助けようとしてくれただけでも。」
俺は涙目になりながら答えた。
(「信長」ですが、これもstyle-3!の曲です。CD「style-3! on Orchestra」に収録されてます。)
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