第1章-6 厄払いは効果絶大

 今日は月曜日。普段なら憂鬱な月曜日だがのだが今日は違う。スズヤさんが公園にいないのだ。どこかに潜んでいるのではないかと疑心暗鬼になってキョロキョロしたが、どこにもいない。やった!今日は外回りで出先から戻っていないのか出張なのかわからないが、いないのは確かだ!

 おかげで今日のランチは久々にバイオリンの君の演奏がじっくりと聴ける。今日はコントラバスの子もいるからきっと楽しい演奏だ。

 思わずテンション上がって小走りになりそうなのをこらえつつ、彼らの姿が見えるベストポジションに座り、お弁当を広げていた。

 疲れた心に優しい音楽の調べはとてもよく染み込む。


 芳香剤事件、あれは散々だった。ミカちゃんと何人かの人は名探偵ばりに犯人を捜すと息まき、課長補佐は事なかれ主義でなあなあにしようとした所、強面の課長が一喝したりと一気にカオス化してしまった。課長は強硬派だから、総務課の業務がマヒしたことを業務妨害と捉えて警察への被害届も辞さない構えらしい。自分もその案には賛成だ。嫌がらせするような矮小な奴にはきちんと制裁を科すべきだ。

 そして、スズヤさんの一件が総務課の皆に知れわたることとなり、周りからはスズヤさんと付き合う気がないのなら彼氏ができたアピールをすれば寄ってこなくなるのではないかとアドバイスも受けたが、そんなウソはうまく付けないし、バレるに決まっている。

まあ、彼がいなくて嬉しいと思っている時点で私には彼に対する恋愛感情は無いな、うん。

 そして、黒くて長すぎる髪が余計に鬱々としてくるので、切れと先輩に言われた。余計なお世話と反論しようとしたが、伸びた髪を切ると厄払いになって運気が上がるわよと言われると、スピリチュアルや占い好きの私は弱い。

 半ば言いくるめられるように週末は先輩御用達のヘアサロンに連れてかれて、ホラー映画の主人公ばりの黒い髪をバサッと切ってセミロングにされ、髪を明るい栗色にした。来週はウェーブをかけるためにまた来いと言われた。なんでも、カラーとウェーブは連続してかけられないそうだ。おかげで頭と肩が軽い。

 それから、これはたまたまだが、度数が落ちてきたので作り直していた新しいメガネも出来上がったので取り替えた。今の流行りとかいって、店員に勧められたウェリントン形のフレーム、見映え良くなると言われてレンズを薄くするオプションの仕上がり。こういうのは勧められるとなかなか断れなくて作ってしまった。

まあ、そんな感じで出勤したら総務課の面々もかなり驚いていたし、ぱっと見は別人に見えるのだろう。 ミカちゃんは大絶賛していたし、自分ではわからないが、相当見た目が変わったらしい。

 メガネが改善されたため、以前よりよく見えるようになって気づいたがバイオリンの君とコントラバスの子は若いようだ。バイオリンの君はスラっとしてツンツンな髪型、コントラバスの子はメガネ男子。二人とも大学生っぽい雰囲気が出ているから音大の人かな。

 バイオリンの君は今日も軽やかにステップを踏み、ジャンプしながら弾いている。それはとても楽しそうで、生き生きとした表情で弾いているのを見るとこちらも楽しくなってくる。コントラバスの子も今日は一緒に演奏しているから音に厚みが出ていい感じ。彼も負けじと足でコントラバスを持ち上げている。やはり相変わらずアクティブで元気なユニットだ。うん、こんな演奏が見られるなんて今日はいい日だ。

 この調子で運勢が好転するといいなあと、ちょいスピリチュアルな考えに耽っていると営業課の人が二人ほど隣のベンチに腰掛けてきた。

 まあ、顔は見たことあるけどあまり親しくない人なので、挨拶はしないでそのままランチを食べ続ける。挨拶するといろいろ面倒じゃないか。ただでさえ芳香剤事件でうんざりしているのだから。

 いろいろ考えていたその時、バイオリンの音色が不意に聞こえなくなった。彼の様子をよく見ると弦が切れてしまったらしく調整をしている。しばらく演奏はなさそうだ。

 静寂になると周りがよく聞こえる。人様の会話なんか聞きたくはないのだが、自然と耳に入ってしまった。

「そういえばキタハラ、今日は総務のサダコは来てないの?」

「いないみたいだな。あの黒くて異様に長い髪は目立つから、ウォッチングするの楽しみだったのに。」

「スズヤさん、そろそろサダコを落とせるとか言ってたけど、どうなのかな。」

「まだまだじゃね?嫌がらせも効いてねえし、サダコだから感情がぇんじゃね?」

「えー、俺は三週間で落ちるに賭けてるんだよ。しくじったかな。」

「そういや、スズヤも朝からいないな。ナカオ、なんか聞いてる?」

「ボードに書いてあったろ。あいつは休暇。本命彼女とおでかけだってさ。」

「いいよなあ、受付のトキワちゃん。大学時代ミスコン優勝の美女。」

「でもよお、ミハシ部長の姪と見合いするって話も聞いたぜ。部長もそろそろ本社へ戻って重役昇進って話だし、逆玉ってやつ?」

「イケメンは得だねえ。」

 …確かに髪を切っての厄払い効果は絶大だった。イケメンに言い寄られて舞い上がっていた自分がバカみたいだ。わずかに残っていたスズヤ氏への恋心は完全に打ち砕かれたが、いろいろ真相がわかって気分は晴れやかなものでもあった。

 自分の中で「ゴゴゴゴゴ…。」とどっかの漫画みたいな擬音が聞こえてくるのを感じた。こうなると自分は手が付けられない。この状態怒りモードでいろいろやって、あんたを敵に回したくないと言われたこともある。

「さて、どうしてくれましょうか。」




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