第3章-8 スバルの葛藤、そしてライブ再開

 あれから数日間はいろいろと僕達は落ち着かなかった。


 警察や管理している公園に相談はしたが、反応はどちらも鈍かった。まだ実害が出ていないからだろう、レイカさんは警察の使えなさに怒っていた。

 ツカサ君は学校に相談したが、僕が校外の人間であること、犯人がそのヌマカゲという子と同一人物か特定ができないと言うことで動きは芳しくない。夏休み中で先生達が揃わないのも一因だろう。

 ツカサ君が本当に申し訳なさそうに頭を下げてきたのは胸が痛んだ。

 むしろ、僕の方が二人に迷惑をかけているのに。


 迷惑をかけていると言えばユウヤにもかけている。

 ユウヤの提案で念のため、最近は帰り道を迂回するようになった。元々車で移動が多いから女子高生が車をつけ回すとは思えないが。

 自宅は突き止められてはいないと思うが、家族に話したら『だから音楽活動なんか止せと言ったのに』と言われて喧嘩になってしまった。両親は僕のバイオリンを辞めさせるいい口実ができたと思ったのだろう。

 バイオリンは失いたくない。弾くことを邪魔されたくない。こんなことで音楽を奪われたくない。何よりも僕にはバイオリンが大切だ。

 かと言って、音楽を止めさせようとする親を説得できるのかどうかと言われると自信がない。

 僕は、僕は一体どうすればいいのだろう。


 数日間演奏を休んでいたが、弾けなくなって落ち込む僕を見かねたのか、ツカサ君から聞いた特徴の子が聴衆にいないか目視してから演奏する方法で活動を再開しないかと提案された。しかし、この方法は演奏の途中から観客に加わってしまうと意味がない。

 だが、今はそれくらいしかできないだろうと諭されて再開することにした。確かにバイオリンが弾けないことに対する不安感を抱えて自粛するよりかはいいのだろう。

 差し入れも表向きは食中毒対策のため断るようにしようと決めた。

 しかし、一律に断ると言ってもぬいぐるみの件があったから食べ物でなくても受けとれない。ファンの人が花束とか持ってきたらどうすべきなのか。まあ、ストリートで演奏している男性に花束のプレゼントなんてそうそうないだろうからこれは杞憂だろう。

考え過ぎて煮詰まっているな、僕。これから演奏なのに。

 

「ほら、スバル君。お客さん集まっているわよ。チェックしたけど、例の子らしいのはいないから、そろそろ演奏始めたら?」


 レイカさんの声で我に返った。


「すみません、レイカさん。夏休み中なのに」


「いいって、いいって。どうせ元々夏休みの予定なんてなかったんだから。むしろConstitutionの音楽三昧ってご褒美よ。差し入れできなくなったstylish-3!もスタッフとして持ち込めるし」


 一週間だけだが、レイカさんがスタッフとしてついてくれるようになった。ストーカー対策として「STAFF」の腕章をつけて見張ってくれている。


「でも、Constitutionの音楽三昧か、それもいいなあ。会社辞めてこのまま専属マネージャーになろうかしら」


「れ、レイカさん?!」


「それは俺がやるんでダメです!」


 不意に聞き覚えがある声が乱入した。振り替えるとやはり『STAFF』の腕章をつけたツカサ君がいた。夏期講習はツカサ君の高校で開催されると聞いていたから制服姿のはずなのに、今の彼は私服姿に帽子を被っている。そこから見える髪の毛は金髪だ。


「え? ツカサ君?? なんでここにいるの? 夏期講習は? その頭や格好は?」


 いないはずの人がいた驚きと、普段の彼から想像できない変わりように僕は思わず矢継ぎ早に尋ねる。


「んなもん、フケてきましたよ。途中で着替えて荷物は駅に置いてきました。ここ、学校から近いから先生にバレないように私服と帽子、髪を染めて変装です。あ、髪の毛はスプレーだから洗えば落ちますよ」


「ツカサ君、仮にも親が出してくれたお金をドブに捨てるようなことは……」


 僕はさすがに申し訳なくて、止めようとする。しかし、ツカサ君の決心は固かった。


「いや、スバルさんの安全が最優先です。何かあってからじゃ遅いんです」


「え……でも……」


「そうよね。高校生でも男手は必要だし、犯……不審者情報詳しいのはツカサ君だからね」


 レイカさんまでツカサ君を援護する。これは止めようとしても無駄ということか。


「そうだな、ここは二人に任せよう」


「ユウヤ!」


「じゃ、二人ともくれぐれも頼んだぞ」


 そう言うとユウヤは持ち場へ向かう。ユウヤまでツカサ君のサボりを容認するのか、僕は戸惑いながらも慌てて戻り、演奏準備を始めた。

 ユウヤの奴、前に比べてキャラが変わったな。以前は天然なやつと思ったのに。

 機材を調整し終えて観客の前に立つ。聴衆の一番後ろ、右側と左側にそれぞれツカサ君達が立つことになっている。知っている顔があると安心する気持ちがある僕はまだ動揺しているのかもしれない。


「ツカサ君、この作戦でうまく行くかしら」


「五分五分ですね。でも、これしかないです」


「単独行動は禁止よ。何かあったらLINEでもなんでもいいから連絡よ」


「わかっていますって」


 この時、僕はまだ裏で何が起きているか知らなかった。

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