第1章-3 後輩の忠告
「レイカ先輩、最近スズヤさんと仲良いんですかぁ?」
就業時間も過ぎて7時を回った総務課の閑散としたフロア。残業していた私は同じく残業中のミカちゃんから話しかけられた。彼女は本当は
「ミカちゃん、声が大きい。それにあっちが寄ってきてるだけよ。」
そう、あれからたびたびスズヤさんが公園ランチをするようになってきた。あからさまに無視すると要らない波風立ちそうだから、話には応じている。そして途中で外回りだとか取引先に連絡とか言って去っていく。
バイオリンの君の演奏に集中できないのは残念だが、ちょっとだけドキドキもしていた。やっぱりイケメンに言い寄られいるというのはまんざらでもない。しかし、こんな簡単に揺らいでしまうなんて、我ながら耐性がない。かといって、どうやって恋愛耐性というか経験なんて身に着けるものなのだろうか。
「そうですかあ?レイカ先輩も楽しそうに話してそうですぅ。もしかして付き合っているんですかあ?。」
ミカちゃんの変な日本語で我に帰った。とことんひるまずに突っ込んでくる。
「付き合っているかって、気になるわけ?ケン君とやらはどうしたの?」
「あ、ちゃんと現実わきまえてますからぁ。ケン君は現実に付き合う用の人、スズヤさんは観賞用ですぅ。」
うわ、こういう人が現実にいるのか。って付き合っていないことを言わないと。誤解されると噂が立って面倒くさいことになる。でも、スズヤさんと付き合ってると言えば自慢になるのかしら。
「付き合っていないわよ。本当に。」
その時、残業していた課長補佐が退社してフロアから去り、女二人きりになった。
「ならばいいです。彼は本当に観賞用にした方がいいですよ。」
ミカちゃんが急に語尾をはっきりさせ、おバカキャラが引っ込んだ口調で話を切り出してきた。
「ミカちゃんあなた、まともに話せたの?」
「私のことはどうでもいいんです。スズヤさんは確かにイケメンですが、女性関係が派手みたいです。私が知ってるだけでもこの社内に元カノが五人います。範囲を他の支社や営業所も広げると増えそうですが。まあ、モテる証拠なんでしょうけど。」
「ご、ごにん…」
思わず復唱してしまう。彼のここでの在籍年数を知らないが、さすがに多くないか、それ。
「別の噂では美人と言われている人は一通り彼と付き合ったことあるとも聞いてます。」
美人しか付き合わないといっても、これで自分が美人認定という訳ではない。だって、社内の美人を一通り当たったら、やがては尽きてくるからどうしてもランクを落としてくる。そうしたら、こんなサダコの私でも声をかけられる仮説も成り立つ。しかし、ランクの落とし方が突飛ではないか。AクラスからいきなりEクラスくらい落としているような。彼の真意が今一つ見えない。
いろいろ考えている私を見て、ショックを受けていると思ったのか彼女は言葉を続けた。
「多分今も手を出して…いえ、誰かと付き合っているはずですよ。ところでレイカ先輩、身の回りで変わったことが起きていませんか?」
「うーん、上履きがゴミ箱に突っ込まれていたり、引き出しに入れた予備のストッキングが破かれていたり、傘の中に水が大量に入っていたけど、変わったことは無いわよ。」
「…レイカ先輩、大物ですね。」
なんだか褒められてるのか貶されているのかわからない言葉だ。
「だって上履きはアルコール消毒すればいいし、ストッキングは薄いから破れるものだし、傘は刺す前に重かったからさすがに開く前に気づいたけど、あの日は大雨だったから誰かの雨水がはいったのでしょ。」
私はキョトンとして答えた。ミカちゃんはなんだか頭を抱えている。
「先輩…もうちょい気づきましょうよ…いえ、もういいです。とにかく妬まれて湯沸しポットやマグカップに異物混入される前に、スズヤさんとは距離置いた方がいいですよ。失礼ですが、スズヤさんの元カノ達とレイカ先輩の見た目…タイプがあまりにも違い過ぎるんです。何か裏がありますよ。」
地味で悪かったな。しかし、異物混入とは穏やかではない。ミカちゃんは過去に何かあったのだろうか。いや、余計なことは詮索してはいけない、私はそう思い簡潔にお礼を言うことにした。
「わかったわ、忠告ありがとう。ミカちゃんもいつもその話し方すればいいのに。」
「ええ~、だってえ、このキャラの方が立ち回りやすいんですぅ。」
女ながら、恐るべし女性。ケン君にもこの作ったキャラで付き合っているのだろうか。ケン君、どこの所属か、いや名字すら知らないがちょっと心配になってきた。
さて、情報屋のミカちゃんが言うからにはある程度信憑性はありそうだ。言い寄ってくるスズヤさんはやはり警戒した方がいいのか。
ただ、まだ少し揺れていた。もしかしたら付き合っている彼女とはうまくいっていないのではとも、こんな自分でも何かを気に入ってで近づいてきているのではないかと。
このチャンスを逃すとまた恋愛から遠のきそうだとも。
今思えば、この頃の私はかなり自分に自信がなくて卑屈だったし、イケメンに言い寄られるなんて人生初めてであったから、舞い上がっていたのは否定できない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます