第2章-3 俺、大失態する

 店に出たら開口一番に「いらっしゃいませー。」と挨拶鬨の声を告げる。

 スイーツ系のカフェは夕食前の5時までがピークだ。それ以降は、客はドリンクのみの注文や軽食セットが中心となる。しかし、夜のそれは飲み屋に人が流れるからか、昼間の喧騒に比べると穏やかだ。一応、アルコールは置いてあるが、その注文が出始めるのは二次会組が来る夜9時以降となるし、いずれにしても昼間のそれとは比べ物にならない。

 だから、俺がバイトに入った2時から3時という時間はまさにピークであった。

「はい、バニラストロベリーパンケーキお待たせしました。」

「チョコパフェセット2個注文でーす。」

「ありがとうございました。」

「ツカサくーん!レジお願いー!」

「ツカサ君、これ3番へ持っていって!」

 この混みかたはやはり戦場だな、俺は今、戦っているんだ。って何に対して戦っているのだろう。忙しくてなんか混乱しているな。そういや、明日は日本史のテストなんだよな。何時代が出題範囲だっけ?戦うってことは戦国時代?本能寺の変とかの時代だったっけ?そう言えば信長は新しもの好きだったから、現代にいたらこの女ばっかりのカフェの中で怯まずにパンケーキを食べるに違いない。それに対して明智光秀が敵は生クリームの中にあり!とか言って鬼の仇のようにクリームをそぎ落として、ただのパンケーキを食べるんだ。その食べ方を巡って信長と光秀は対立して…。

 いや、順番がおかしいな。敵は生クリームの中にありと言って討ち入るから、その前に対立の原因がなんかあって、えーと。


 ごちゃごちゃテスト絡みのことを考えいたのはハッキリ言って失敗だった。

「お待たせしました。『本能寺の変パンケーキ』をご注文のお客様ー。」

 口にした瞬間、空気が凍るのがわかった。笑いさざめく店内は一気に沈黙し、俺に視線が集まるのがわかる。痛い、視線がおもいっきり痛い。

「いや、違った、えっとハワイアンパンケーキのお客様…。」

「あ、それ…えっと、はい。私です。」

 沈黙が痛い中、ひきつった顔で手を挙げる女性のもとにお皿を置き、足早に引き上げようとしたその時。

「ぶわはははは、本能寺の変ってどんなパンケーキだよっ。」

 唐突に男性の笑い声が店内に響いてきた。声の方向に目をやるとこのカフェには珍しい男子2人組の客だ。メガネ男子なサラサラ髪さんとツンツン頭のイケメンさん。あれ?イケメンさんはストリートライブしてるバイオリンの人だ。ならば、メガネ男子さんは時々いるコントラバスの人だな。

 ということは、今日はこれから演奏なのか。だからさっきは公園にいなかったんだな。

「お、おい、ユウヤ。声でかいよ。」

 ユウヤと呼ばれたメガネ男子さんはまだ笑いが止まらないらしく、続けた。

「ぷぷぷ。だ、だってさ、本能寺の変だよ。あーおかしー。『敵は生クリームの中にあり!』なんてな。あっはっは。」

 ううう、メガネ男子さんに思い切り笑われている。しかし、その笑い声を皮切りに、店内が笑い声が増えて、やがて盛大な笑い声が店内を埋めた。まあ、ひきつった沈黙より、こうやって盛大に笑ってくれた方がいっそ気が楽だ。照れ笑いを浮かべながら俺は持ち場に戻った。

 戻ると店長が苦笑いしていた。やっぱ聞こえていますよね、とほほ。

「やっちゃったねー、ツカサ君。やっぱテスト前に呼ぶのダメだったわね。これ、あっちで飲んで休んでいいわよ。」

「すみません、店長。」

「いいのよぉ、アタシが無理言ったのだから。」

 店長がそっとアイスコーヒーを入れてくれた。ああ、俺って駄目なやつだ。

 しかし、『敵は生クリームの中にあり!』と言ったあのメガネ男子さんとは感覚が似てそうだから、仲良くなれそうだなともぼんやり考え事しながら、店長特製の水出しアイスコーヒーを飲んでいた。



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