第1章-7 対決
「あれ?レイカさん髪型変えたんですか?すっごくいいですね。」
今日は水曜日。スズヤ氏は相変わらず褒めてくる。そしてバイオリンの君も相変わらず今日も演奏している。普段なら心地よいBGMだし、癒しになるなのだが、今日は多分聞き入ることにはならない。せっかくの演奏なのにもったいないが仕方ない。
スズヤ氏の言葉に返事せずにため息をつくと、彼は悲しそうな顔をした。
「なんか素っ気ないですね。切ないなあ。」
なんかも何も、私は今日は最初から素っ気ない。あれから急激に事態は動いた、いや動かした。課長も仕事が早いし、ミカちゃんも業務外の仕事なのに突貫で頑張ってくれた。私もスズヤ氏と顔を合わせないように火曜日は社内でランチを済ませて準備を済ませた。とはいえ、ほぼ2日でお膳立てしてくれた二人には感謝だ。
「月曜日の休暇、楽しかったですか?」
私は問いかけてみる。途端にスズヤ氏の顔が明るくなった。
「え?情報早いなあ。僕のこと気にかけてくれてたんですか?」
「ええ、いろいろと。」
「そうか、嬉しいなあ。」
あからさまに嬉しそうな顔をしてくる。次の一言でそれは崩されるとは知らずに。私は大きく息を吸って準備してから臨戦体勢になり、彼にとっての滅びの呪文を口にした。
「受付のトキワさんとデートとか。私と違ってミスコン優勝の美女とのデートは楽しいでしょう。別れたとか言ってた割には仲がよろしいですね。」
急に名前を出されたためか、スズヤ氏は動揺しているのがわかる。
「や、やだなあ。ど、どっからそんなデマを。」
言葉を噛み、目が泳いでいるのに、シラを切ろうとしている。こうなったら追撃だ。
「いえ、火曜日に出勤してきたトキワさんを締め…問いただしたら白状しましたよ。裏で二人で私のことを笑っていたって。なかなかなびかない私に業を煮やして、嫌がらせ行為も営業の人たちと手分けしていたと。そこをあなたが優しく慰めて私がいつ落ちるのか賭けをしていたことも。まあ、芳香剤事件が起こるまで嫌がらせに気づかなかった自分も相当ですが。」
「そ、そんな、でたらめでしょ。」
「いえ、営業課の人達からも言質は取っています。ナカオさんとキタハラさんと言いましたかね。あの二人は火曜日から来ていなかったでしょ?芳香剤事件でそれぞれ呼び出しくらって謹慎処分を受けているのですよ。営業課の人達が何もあなたに言わなかったのは、私があなたに話すまではそのまま泳が…黙っていてくれと総務課長が箝口令を敷いたためです。急に営業が二人減って大変ですよね。」
共犯者も暴かれて、もはやスズヤ氏は顔色が青ざめるを通り越して白くなっていた。何か話を逸らそうとしている。その材料を探している風だ。オロオロしているのが滑稽ですらありイケメンも台無しになっていた。
その時、バイオリンの君の演奏が途切れてしまった。また弦が切れてしまったらしい。激しい曲もよく弾いているものね。
「あ、あれ、あれ!バイオリンやっと止んだね。いやあ、いつも気になってたけど、あれ下手くそで耳障りだよね。」
スズヤ氏にとって話を逸らす好機だと思ったのだろう。しかし、大好きな音楽を貶められたことに私は本気で怒りを覚えた。
「…あんたに何がわかるのよ。」
自分でも普段よりトーンが低い声で話しているのがわかる。私は昔から滅多に怒らない分、切れると怖いと言われてきた。今、その“滅多”なのだ。
「あのバイオリンは何よりも美しく尊いものよ。あんたのような
立ち上がりながら、さらに低いトーンで凄むのが自分でもわかる。
「あ、あ、ああ。」
スズヤ氏は私の迫力に圧されているのだろう、後ずさりを始めている。周りが注視しているがもはや構わない。それほどまでに私の怒りは凄まじい。
「あんたが土足であの音楽を踏み荒らしたのが許せない。あんたにあのバイオリンを批判する権利はない。二度と私とあのバイオリンの君に関わるな。去れ!去ってしまえ!」
周囲より一際大きな声で怒鳴ってしまった。
「あ、あ、は、はい。す、す、すみませんでしたっ!」
私の迫力に圧されたのだろう、たじろぐようにして足早にスズヤ氏は去っていった。
彼には伝えていなかったが、トキワ嬢と営業課の人たちからは念書を取ってある。私から報告を受けた課長が営業課に乗り込み、洗いざらい話して念書に書けば警察には被害届を出さないでやると書かせたものだ。課長は強面で迫力満点だから素直に彼らは応じたらしい。
そうして得た念書は確かに警察には出さなかったが、書面はミハシ部長に全てプレゼントしておいた。おまけとしてミカちゃんがネットワークをフル稼働して作成したスズヤ氏元カノと今カノ達の氏名及び付き合ってた期間リストも付けた。それを見ると二人、三人と同時進行は当たり前、元カノの人数も五人なんてものじゃなかった。多分お昼を早めに切り上げていたのも、女の子たちと連絡をとっていたのかもしれない。
推測だが芳香剤事件の時も、私が早くお昼を切り上げたから共犯者のナカオだかキタハラ辺りに慌てて連絡していたのだろう。それで素早くできるコーヒーと芳香剤ぶちまけに至った。もしあの時早くあがらなければ、さらに手の込んだ嫌がらせを受けていたのかもしれない。
ま、あとは上層部に任せよう。スズヤ氏がしたことは悪質でもあるからクビまでいかなくても、何らかの処分が降りるはずだ。ミハシ部長の姪御さんは間一髪で助かったけど、人事課の人は三人も抜ける営業課の補充とか大変だろうな。
修羅場が終わったことにより、ギャラリーはそれぞれ目を反らし自分達の世界に戻り始めた。
一味にバカにされていたことより、バイオリンの君の音楽を貶されたことの方に怒りを覚えた自分にも少し驚いていた。
こんなにもあの音楽を大事に思っていたのかしら自分。
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