第1章晴れ空~レイカの場合~

第1章ー1 晴れ空 ~レイカの場合~

 ここは街の中心にある『翡翠の森公園』。私の勤める会社から徒歩5分くらいの場所にある。

 中央に噴水があり、花壇やベンチもあるちょっと大きめの公園。

 お昼には美味しいお弁当を売るワゴン車がいくつか来ることもあり、周辺の会社の人達もランチを求めに集まるので、お昼前後はこの公園はなかなかの賑わいとなる。

 私こと、大谷レイカもここのランチ常連だ。ちなみにオオタニではなく、オオヤと読むため間違われることが多く、敢えて下の名前で呼ばれることが多い。レイカという名前も子供のころは「冷夏」や「冷菓」にひっかけてからかわれたものだった。

 話を戻すと、この公園にはいつからかバイオリンを弾く青年がいる。コントラバスの子がいることもあるけど、バイオリンの子がいることが多めのようだ。

 曲はクラシックを弾くときもあるが、大半はオリジナル曲のようで、ただ弾くだけではなく、軽やかにステップを踏み、時にはジャンプする。バイオリンってあんなにアクティブに弾くものなのかと最初は驚いたものだ。

 私はその演奏を聴きたくて、よくこの公園でランチをとる。

 と、言うのも会社の人達とつるんでランチというのが面倒なのだ。人間関係が悪い訳ではないのだが、同期の中には結婚や出産する人、総合職を狙う人も出てきた。対して私は二十代も半ばに差し掛かり、お局様というにはまだ早い(と思う)が、後輩の雑な仕事が目につく。

 かといって、出世するというほど仕事ができていないのも自覚している。彼氏いない歴…もはや数えたくない。地味な恰好しかしない自分も原因があるのだろうけど。

 つまりは、いろいろ煩わしいしがらみから逃れるために、私はここにランチに来ていたが、彼の演奏はとても心地好いため最近は彼の演奏を聴きにきているようなものだ。バイオリンは不定期にしか聞こえてこないから、今日はラッキーデーだ。

 彼の名前は知らないから勝手に『バイオリンのきみ』と心の中で呼んでいる。もちろん、こんな呼び名は周りに知られてたら悶え死ぬ自信はあるから聴きにきていることを含め、会社の人には言ってない。

 近くに行けばリーフレットくらいあるのだろうけど、なんとなく億劫で近づいてはいない。CDくらい出しているのかな、今度買おうかしら。

 そんなことをぼんやり考えながら、今日の成果でもあるエスニック風弁当のガパオを広げていた。5月のGWも終わり、ちょっと暑くなってきたから辛い物が美味しいはずだ。


「あれ?総務のオオタニさん?お疲れ様です。」

 うわ、会社の人と出くわしてしまった。ラッキーデー撤回。今日はバッドデーか。

「えっと、営業のスズヤと言います。総務にはよくお世話になっているのだけど、分かります?」

 分かるも何もスズヤさんは有名だ。イケメン営業、成績はトップクラス。仕事はできると評判だ。でも、女性関係が派手そうで、なんとなく近寄ってはいけないような、近寄りがたいとも言うのか、一言で言えば違う世界の人という感じだ。少なくとも私のような地味女には用はないはずだ。

「さあ、営業一課の人は総務には沢山来ますから。それに私の苗字はオオヤです。」

 とりあえずサラッと流す。

「あ、失礼しました。良ければここいいですか?」

 スズヤさんはこちらの返事を待たずに近くに座り込み、近くで買ったらしいランチを広げ始めた。

 ゆっくりバイオリンの君の演奏を聞きたかったのに…心の中で私はため息をついた。

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