第1章ー2 謎のイケメン営業

「オオヤさんはよくここへ来るんですか?」

 ドライカレーを頬張りながら、スズヤさんは話しかけてくる。

 ここへは毎日来ている、バイオリンの君の演奏が目当てだ。そんなことをバカ正直に答えたら、なんだか彼もここに入りびたりそうだ。イケメンではあるが、演奏を聴くことを邪魔されたくない。ここは慎重に答えなくてはならない。

「時々、ですね。こう、いい天気の日とか。」

 よし、無難な答えだ。

「へえ、確かに。こんな晴れた日はいいですね。」

 なんだろう、普通の受け答えなはずなのに、なんだかざわりとした違和感を感じる。

「オオヤさんって、いつもランチ時に会社にいないと思ったらここに居たんですね。」

 私はギクリとした。なんか観察されている?いつも居ないって、自分の事を探していたの?

 「あ、レイカ先輩、お疲れ様です。」

 あ、後輩のミカちゃんが向こうから来るのが見える、良かった、彼女も公園ランチかしら。もし合流できればこの気まずさは回避でき…。

「ミカちゃん待ってよ、足速いよ。」

「もう、ケン君がお昼に入っても仕事してたからでしょ。走らないとあのお店の限定ランチに間に合わないよ。」

 そう言いながら二人は走り出して去ってしまった。

 まさかの男子の同僚連れか。会話からして彼氏だか彼氏未満のようだ。去ってしまった以上は声をかけられない。ああ、SOSは気づかれなかった。

 「え?オオヤさんって、下の名前で呼ばれているの?」

 しかも、スズヤさんにさらなる燃料を与えてしまった気がする。いや、与えてしまった。

 「ええ、苗字は読み間違われやすいし、ややこしいことに総務に大谷オオタニさんという人がいるから、区別するために下の名前で呼ばれてます。」

 「じゃあ、僕もレイカさんって呼んでいいですか?」

 爽やかな笑顔でスズヤさんは尋ねてきた。

 「え?そ、それは…。」

 普通なら馴れ馴れしいと警戒するのだが、やはりイケメン。そんな爽やかな笑顔で言われたらドキッとする。まずい、こんなシチュエーション慣れていないから妙にドキドキする。

 その時、公園の時計台から1時の時報が鳴った。うちの会社はお昼時間が12時半からだからまだ余裕はある。しかし、スズヤさんはハッとしたようにお弁当のからを片付け始めた。

 「そろそろ午後の営業へ行かないと。じゃあ、僕はここで。ゆっくりしていってくださいね、レイカさん。」

 そう言って、スズヤさんは立ち去って行った。って、ちょっと待って、まだ名前のこと何も言っていないのに勝手にレイカ呼びしている。強引な人だ。

 これって一体どういうことだろう。正直言って自分はオシャレにあまり興味が無い。最低限の身だしなみはしているが、髪は某ホラー映画主人公かってくらい長い(髪型を考えるのが面倒なのだ。実際、陰では総務のサダコと呼ばれているらしい。)し、化粧も最低限だ。

 服だって、制服はともかく、出勤の私服は安いファストファッションばかりだ。こんな地味女に寄ってくるなんて何なのだろう。物好き現る?!まさかの春到来?

 ダメだ、とりあえずバイオリンの君の演奏を聴いて心を落ち着けよう。

しかし、今日は演奏を終えてしまったのか、会社に戻る時間になっても演奏は聞こえてこなかった。ああ、やっぱり付いていない。

そして、あのイケメン営業さんは何のつもりなのだろう。

私は困惑するばかりであった。


 


 

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