第21話
草木も眠る丑三つ時。大半の人間は眠りに落ち、都市はまるで時が止まったように寂然としていた。
そんな静かな暗闇の中で蠢く影がひとつ――雪花だ。深夜にバレないよう颯人の部屋から抜け出した雪花は都市の中央区まできていた。昼間は行き交う人で賑わう中央区だが、今はその騒がしさはなく、辺り一帯が薄い闇に落ちている。
「今夜こそは……絶対に」
意気込む雪花だが、今回のようなことは一度や二度ではなかった。ショッピングモールでのあの事件以来、ほぼ毎日密かに部屋を抜け出しては中央区を訪れていた。その目的はただひとつ。ショッピングモールで感じた異様な気配の正体を探ることだった。この時間帯ならば人間はほとんどいないといっていい。余計な気配は探るうえで障害となる。それを排除する意味もあって深夜での決行だった。
「あの気配は間違いなく……」
不意に胸の奥がズキリと痛んだ気がした。記憶の底で疼く古傷をぐっと抑え込み、今はあの気配を見つけるために全神経を研ぎ澄ませる。
「早いとこケリをつけないと」
焦る雪花の脳裏に浮かぶのは颯人の顔だ。
「……巻き込むわけにはいかない」
深夜に行動を起こした理由はもうひとつあった。それは颯人を関わらせないようにすること。過去の清算をつけるのは他の誰でもない自分自身だ。ゆえに悟られてはいけなかった。知ればきっと彼は喜んで手を貸すというだろう。そうなれば、無関係のはずだった颯人を危険に巻き込んでしまうことになる。
昼間にこっそり陰から見ていたが、シエラとのやりとりから察するにそろそろ颯人も深夜の不審な行動に気づき始めているようだった。タイムリミットはあと少しといったところか。時間はあまり残されていない。
「……シヴァ」
もう二度と口にすることはないと思っていたその名を言う。
「もし……。もし、本当に奴がまた現れたんだとしたら、今度こそこの手で……!」
少しでも早く決着をつけるため、深夜の都市を駆けていった。
本当にこんなことをしても良かったのかと、雪花を追う中でも自問自答は続いていた。
直前まで雪花がいた場所に立つ。そこから見上げるビル群には明かりはなく沈黙を守っている。雪花が見ていた方角にも同じようなビルが見えるだけで、これといった違いはない。いったい雪花はなにを見て、なにを感じ取っていたのだろうか。
「なにを隠してるんだろ……」
そう口にしたところで、自分の中に募る雪花への不審感を振り払う。
雪花のことを疑っているわけではない。いや、疑いたくなどなかった。だが、連日起きている不自然な事件と雪花が夜な夜なこっそりと出かけ始めた時期があまりにも近すぎるのだ。これは偶然の重なりだろうか。偶然であってほしいと颯人はどこまでもそう思う。それと同時に雪花が全くの無関係であると確かめたいがため、このような尾行じみた行動に出た。
「ちょっと卑怯な気もするけど……」
無関係だと分かれば、あとでいくらでも怒られよう。そう心に誓い颯人は尾行を続けた。
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