第22話
深夜の都市はどこまでも静かだった。人間の気配は全くしないが、雪花の求めている気配もしない。
あれは勘違いだったのだろうか。不意にそんな考えがよぎる。それならそれでいいのだ。むしろ、そうであってほしいとさえ思っている。
だが、その必死の願いは次の瞬間には粉々に破壊されることとなる。
「いやああああ――」
録画されたテープが突然止まるようにぶつ切りなった悲鳴は嫌な予感を増幅させる。声のした近くへと走り出す。無事であってほしいと、そう願うばかりだった。
「……遅かった」
鮮血を流し倒れている人間。その倒れている人間の傍らに立つ影。雲に月明かりが阻まれてよく見えず、その全貌をうかがい知ることはできない。
「動かないで」
小太刀を構え威圧する。
姿はよく見えない。が、このまま逃すわけにはいかない。近くにいるということはなにか関わりがあるはずだ。まずは、そこで倒れている人間について詳しいことを訊かなければならない。
その影はおもむろに振り向いた。相変わらず月は顔を出してくれず、近くにいながらも見ることができないことへのもどかしさが募る。両者は見あったまま、互いを探るように動かなかった。
「お前は何者なの? そこの人間を殺したのはお前なのか?」
逸る気持ちからここぞとばかりにまくし立てる。影は変わらず黙ったままだ。
「黙ってないで答えなさい!」
いい加減に痺れを切らした雪花が声を上げて詰め寄る。
「……いずれ時が訪れたら」
影が声を発した、その直後。
「――雪花」
聞き覚えのある声がした。颯人の声だ。
「颯人……」
反射的に振り返った先には颯人がいた。どこか驚いたような面持ちで雪花と――その奥にある血を流している女性を見つめている。
その瞬間に雪花は悟った。
「これは……アタシじゃなくて――」
狼狽えながらも雪花は振り返って真犯人を指差そうとする。雪花が来た時点で女性はすでに事切れており、そのすぐそばにいたのはあの影だ。
ちらりと空を見る。もうすぐ雲の切れ間に月が顔を出しそうだ。影の全貌は明らかになっていないが、月明かりが照らせば、おのずと分かることだろう。
――が。
雪花が大きく目を見開く。
月明かりによって照らし出された場所には誰もいなかった。あるのは倒れている女性だけ。身体には刀で切り裂かれたような傷がある。その光景はまるで――。
「雪花……?」
その声に振り返り、
「違う……違う……」
怯えるようにして後ずさる。柔らかい感覚が伝わってくる。足が女性に当たったのだ。
自分ではない。自分ではないのに怖くて怖くてたまらなかった。颯人の顔を見ることができなかった。そんな気持ちに突き動かされるように雪花はその場から逃げ出してしまった。
「――ッ!」
慌てて颯人は駆け出すが、すでに姿はなく、雪花がどこに行ってしまったのか分からなくなってしまった。
雪花を探したい気持ちはやまやまだったが、倒れている女性をそのままにはしておけず、信頼のおけるイリスに連絡を入れることにした。元々疑われている身の上だ。彼女なら上手いことごまかして伝えてくれるはずだ。
ふと、見上げた月は満月だった。
例の事件についてもそうだが、倒れていた女性についても雪花が関わっているのか。その答えを知っているのは常に空から地上を見ているあの月だけなのかもしれない。
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