第23話

「どこに行っちゃったんだろ……」

 雪花が姿を消してから数日。ついに戻ってくることさえなくなってしまった。今までは朝には戻ってきていたのだが、あの日から一度も颯人の元には帰ってきていない。例の事件の被害者も雪花が消えた日から、まるで雪花が犯人とでもいうかのように急増している。本心では犯人ではないと思いたくても、状況だけを考えればそうとしか思えなくなってくる。そして、頭の片隅でもそんなふうに思ってしまう自分が許せなかった。

 雪花は今どこにいるのだろうか。ふと視線を落とす。手の甲にある狐の盟約印はその問いかけには答えてくれなかった。

「はい颯人くん」

 唐突に頬を冷たい感覚が襲う。振り返ると、シエラが缶ジュースを両手に持って立っていた。

「隣り座っていい?」

 うなずくと、片方の缶ジュースを差し出してシエラは座った。

「雪花ちゃん、まだ帰ってこないの?」

「……まだ一度も」

 ぐいっと一気に呷る。口の中にジュースの甘さが広がるが、今なお心に残る苦さまではかき消してはくれなかった。

「……俺、あのとき少しだけとはいえ、雪花を疑ってた」

「えっ?」

「あのときだけじゃない。夜にこっそりと部屋を抜け出すようになった日から、心のどこか雪花を疑ってたんだ」

 視線を落としたまま滔々と語り出す颯人に少しだけ驚いた素振りをするシエラだが、懺悔にも聞こえるそれにただ黙って耳を傾けることにした。

「雪花はそれを感じて……。ほんと、召喚術師失格だよな。守護獣なら自分が一番信用してあげなきゃいけないのに……」

 紡がれる言葉は懺悔を越えて次第に自虐へと変わりつつあった。その様子は当事者ではないシエラでも胸に刺さるものがあった。

「もういいよ、颯人くん」

 見かねたシエラが優しく止めに入る。

「でも……!」

 だが、シエラの制止でも颯人は止めようとはしなかった。きっと自分で自分が許せないのだろう。贖罪のつもりとして己を責め続けているのだ。それが召喚術師としてもっとも危うい行為であることすら忘れてしまうほどに。

「颯人くん、落ち着いて」

 少し声を張り上げて、半ば強引気味に止めさせる。

 珍しく声を荒らげるシエラを見て、そこでようやく颯人は我に返った。

「……ありがとうシエラ。落ち着いた」

 少しぬるくなったジュースを一気に喉へと流し込む。少し不快な甘ったるさが残るが、今はそれがいい具合に意識を逸らしてくれている。

「こういうとき、ベレスフォードさんはどうしてるんだろうなぁ……」

「ベレスフォードさんが?」

「あ、いや、こういうとき名家というか実力のある人はどうしてるんだろうと思ってさ。召喚術師としての心構えっていうのがあるのかなって」

 決闘でティナに勝利したとはいえ、総合的な強さでいえばティナに軍配が上がるだろう。そもそもついこの間、守護獣を持つことになった颯人と比べれば召喚術師としての経験値は雲泥の差があるはずだ。実力を得るその過程ではきっといくつもの困難だってあったに違いない。先を行く人の知恵を借りるのは悪手ではないだろう。

「確かにベレスフォードさんの知恵を借りるのはありかもね」

「そうだよな。今どこにいるんだろう?」

「今の私たちは学院の外に出るのは良くないから学院内にいるんじゃないかな」

「そっか。じゃあちょっと行ってくるよ」

 そう言って颯人は立ち上がる。その際、ジュースのお礼を言ってその場を離れようとする。

「うん。私はなんの力にもなれなかったけど……。応援してるから」

 ティナの元へ行こうとする颯人を少し寂しそう瞳で見送る。颯人よりは先に守護獣を従えているシエラではあるが、それでもティナよりは劣ってしまう。颯人が自分よりティナを頼ろうとするのは当然のことで納得のいくことだった。少し羨ましいようなそんな感情を抱くもシエラはそれを言葉にすることはなく、ただ颯人を見送っていた。

「……そんなことないよ」

 少し行ったところで唐突に颯人は立ち止まった。

「シエラのおかげで頭が冷えた。冷静になれたよ。ありがとう」

 顔だけを向けただけだったが、それは確かにシエラへの言葉だった。

 呆然とした面持ちで聞いていたシエラだったが、しばらくのあと、口許を緩めて、去っていく颯人の背中を見えなくなるまで目で追い続けた。

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