エピローグ

エピローグ

 水上人工都市・クリプト全土を巻き込んだ未曾有の大災害は、結界発生装置の不具合に端を発したものとして報道された。想定を超える存在に突破されたよりも、単なる不具合であれば、結界そのものを突破されたのではないと、強引とはいえ説明をつけることができるからでは、と颯人はイリスから聞かされた。そのとき、一緒にいたティナはなにも言うことなく、黙ってその場から去っていってしまったことは記憶に新しい。

 表になることはなかったが、都市を救ったという手前、颯人、ティナ、シエラとその守護獣にかけられていた容疑については晴れることとなった。もとより、事実ではないことなので当然といえば当然のことなのだが。それに伴って颯人が拘置所から抜け出した件も不問となった。

「ああシエラ。ちょうどよかった。雪花を見なかった?」

 あの決戦から一週間。颯人を含めた三人は日常に戻っていた。今でも悪夢だったように思える大事件だったが、悪い影響ばかりではなかった。

「雪花ちゃん?」

「今朝から見当たらなくてさ」

 あの日以来、雪花との距離はさらに近づいたと、颯人自身その自覚があった。それも召喚術師と守護獣という主従関係ではなく、互いに対等な立場で。

「彼女なら、さっき校舎裏のほうに走っていったのを見たわ」

 突然さらっと会話に入ってきたティナの声に驚いて、ふたりはほぼ一緒に振り返る。

「校舎裏?」

「ええ。そんな辺鄙な場所になんの用があるか知らないけど」

 たまたまその方面に走っていくところを見かけたとティナは付け加えた。

「校舎裏か……」

 その単語で思い出すのは、まだ雪花が守護獣になる前に他の生徒から絡まれた出来事だ。あれ以来、そんなトラップのようなことを仕掛けてくることは一切ない。これも曲がりなりにも都市を救った恩恵だろうか。まさか、雪花がそんなブービートラップに引っかかるとは思えないが、そんな人気のない場所でなにをやっているのか、気になるところである。

「とりあえず、そこに行ってみるよ」

「そう、なら私もついてくわ」

「え、ベレスフォードさんも?」

「なによ、文句ある?」

「いや、別に……」

 彼女の印象も変わったなと颯人は思う。最初こそ、会って突然決闘を挑んでくるようなとんでもない奴だと思っていたが、彼女の助力はおおいにシヴァ討伐に寄与したといっていい。彼女の手助けがなければ、雪花の元へはおろか、あのまま建物の崩壊に巻き込まれて死んでいただろう。

「じゃあ、みんなで行こっか」

 総括する形で明るい声でシエラが言う。

 彼女にもまた助けられた。ショッピングモールで床の崩落から救ってくれた恩は感謝してもしきれない。そうして考えてみれば、雪花も含めて様々な人に助けられたものだ。この恩はいつか自分が強くなったそのとき、返していくべきことだろう。

「じゃあ、まあみんなで」

 みんなで揃っていくなんて多少大げさすぎるような気もするが、彼女たちの同行を拒む必要もない。そのまま三人で行くことした。


 さきほどいた場所から校舎裏まではさほど距離はなく、ものの五分程度で到着することができた。雪花はどこにいるかと探していると、校舎の角を曲がったところでそれらしい姿を見つけた。

「ゆき――」

 声をかけようとしたところで口を閉じた。どうやらなにかをやっているようである。

「なにをしてるんだろ?」

 小声で言う。

「さあ? 別になんでもいいわ。それよりあなた、彼女を探していたんでしょ。なら、早く行ったら?」

 そう言いつつ、ティナはポンと背中を叩く。シエラもうんうんとうなずいている。ふたりは言わば付き添いで来たようなものだ。実際に探していたのは颯人だ。

 背中を押されて一歩前に出る。ゆっくりと雪花に近づく。そうして分かったことがある。なにかを作っていた。それはまるで故人を偲び、お参りをする場所――墓標のようだった。

「それは?」

「うわっ!?」

 急に声をかけられて、こちらの予想以上に驚いた声を雪花は上げた。

「い、いや! あの、これは……」

 どうやら突然声をかけられたことよりも、作っていたものを見られたことのほうが恥ずかしいようで、必死にその小さく華奢な身体を動かして隠そうとしている。それはどこか小動物のようだ。

「……人はこうやって弔うんでしょ?」

 隠しきれないと悟ったのか、少し顔を逸らしながら言う。颯人は彼女がなにをしたいのかを理解した。それは人となんら変わりのないとても純粋で真っ直ぐな想いだ。

「そうだね。大切な人を忘れないように、こうやって帰る場所を作って、その人をずっと想い続ける」

 そう言って颯人は雪花が作った墓標に近づき、彼女の隣で屈んで手を合わせる。雪花に手本のようにやってみせる。こうしてみると、手作りの墓標は少し土を盛った場所に名前の書かれた木の板を立ててあるというとても簡素のものだ。煌びやかでもなければ、一般的なもの比べて粗末ではあるが、これは出来不出来の問題ではないのだ。どれだけ想いを込めて雪花が作ったかは、拙い字であっても丹精込めて書かれた彼の名前から伝わってくる。

「……こう?」

 こちらの反応をうかがいながら、見よう見まねに同じ動きをする。颯人はうんうんとうなずきながら、その様子を温かく見守っている。

 しばらくのあと、雪花は立ち上がった。手を合わせている途中、なにかを言っていたような気がしてそれについて尋ねると、

「な、なんでもいいでしょ!」

 いつもと同じ気が強い口調で一蹴されてしまう。気にはなったが、それ以上は言及しなかった。雪花のあの性格からして素直には答えてくれないだろうし、なによりそんなことを根掘り葉掘り訊くのも野暮というものだ。そっと胸の内にしまっておくほうがいい。

「あれ?」

 もう一度、手作りの墓標を見て颯人は気づく。

「雪花、あれって源一郎さんから貰ったペンダントだとを思うけど……いいの?」

 最初に見たときにはなかったペンダントが墓標の前に置いてあった。

「あ……、うん。もういいの。だって……アタシにはもう必要ないものだから」

 穏やかな笑みを浮かべる雪花の手には、首からかけた颯人から貰ったペンダントが握られていた。

「そっか」

 それを見て颯人はそれ以上なにも言わなかった。きっと整理がついたのだろう。これまでのことも。そして、これからのことも。

「じゃあ、そろそろ戻ろうか。みんなも待ってるし」

「そうね。……みんな?」

 怪訝そうな視線を颯人に向ける。

「実は雪花のこと探してるって聞いたら、みんなついて来ちゃって」

「みんなって……。迷子を捜しているみたいに来ないでよ。恥ずかしいじゃない!」

「あはは、ごめんごめん」

 そんな他愛のない会話を交わしながら、ふたりが一歩踏み出したとき。


――頑張れよ。


 ビュウ! と突風が吹き抜ける。ふたりは驚いて顔を見合わせる。

「い、今のって……」

「聞き間違いじゃないわね……」

 幻聴などではなく、間違いなく源一郎の声だった。

「……ほんと、どこまでもお節介よね、あの男って」

「そうだね」

 聞こえてきた声にふたりは思いを馳せる。

 去り際に颯人がもう一度だけ墓標を見たとき、雪花が置いた源一郎から貰ったペンダントは、まるで悔いはなくなったかのように静かにその姿を消していたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幻獣使いの召喚術師 moai @moai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ